2002年3月

 

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ホテイ草
売り車

 


2002年3月17日(日) 晴れ

夫の同僚のアメリカ人で、会うといつもほっぺたにキスする男性がいます。最初はびびったものですが、だんだんそれにも慣れてきて、だいぶ抵抗感もなくなりました。アメリカ人の親しい友達(女性の方が多い)に会ったときに、キスこそしませんが、ほっぺたを合わせて抱きしめ合うハグにも慣れました。郷にいれば郷に従えです。でも日本人同士ではできません。もしも夫の同僚の日本人男性がハグしてきたら、一目散に逃げます。日本人同士だと、顔から火が出るほど恥ずかしいという感覚です。

今日のお昼は、日曜日だというのにオフィスに仕事に出かけた夫と一緒に食べようと、急いでお弁当を作りオフィスに駆けつけました。どうせだれもいないだろうと、家で働いたまま、顔も上気させた素顔で行きました。すると、そのハグ野郎のアメリカ人が玄関にいたのです。それこそ、パーティーでドレスアップしててお化粧もバッチリというときなら、、金髪男性のハグも気分がいいですが、今日のように重たいお弁当を持って、こんな変な格好して立っているときは勘弁です。

しかしハグ野郎の習慣ですから、私の肩に手を回し、ほっぺたにキスしたとたん、「ギャーーー」と足下ですごい泣き声がしました。何と紘右が焼き餅を焼いて泣き出したのです。感激。うちの夫といえば、「焼き餅」という感覚が皆無の人ですから、こんな風に焼き餅を焼かれるなんて初めての経験です。弱冠2歳の若い男性から慕われ、女性冥利に尽きました。


2002年3月15日(金) 晴れ

すばるオフィスで送別会がありました。頻繁にスタッフの出入りがある「すばる」ですが、この3月いっぱいで一気に6人帰国し、4月に、帰る人より多い人数のスタッフが渡航して来る予定です。今日は、6人もの送別会だったので、夕方から、大勢のスタッフとその家族が集まってきました。そこで、今まであまりお話したことがなかったN子さんに、「ホームページ見てますよ」といわれ、久々に、「HPを持っててよかったなぁ」と、嬉しくなりました。N子さん、今度ゆっくりお茶しましょうね。

さて、ご報告。なんとそこで車が売れました

実はこの年度末、すばる観測所の所長の交代もあります。その4月1日からヒロに来る次期所長が、今日は車探しをしていたそうです。そのK教授は中古車が好きで、今日、ワーゲンの94年型パサード、4000ドルを見つけ、それにしようとしたけれど、今一問題があって諦めたそうです。そんな折り、うちがボイジャーを売りに出しているという話を聞いて、ボイジャーに試乗し、「これにする」といったそうです。やったー、遂に車が売れた!

しかしお値段の方は・・・2000ドルで。今朝まで4500ドルで売りに出ていた車ですが、まあ身内ですから仕方ないですね。私たちがハワイに来て15000ドルで買って、乗っている間、いろいろなところが壊れましたが、その度ていねいに修理し大切に乗ってきた思い出の車です。その車に次期所長がお乗りになるなんて、光栄なような、恐縮するような、ちょっぴり複雑な気持ちです。しかしながら、お買い上げありがとうございました。


2002年3月12日(火) 晴れのち雨

笑い転げました。
ときどき夫の実家から、笑点を貯め録りしたビデオテープが送られてくるのですが、今日は一気に4回分見てしまいました。もちろん、テレビの前にじっと座って観る時間はないので、キッチンで仕事をしながらでしたが、声を上げて笑うことしばしばでした。

日本にいたときは、はがきを出して、スタジオまで観に行ったこともあります。そのときのゲストはケーシー高峯で、本番中は、やれ「年寄りばっか」とか、「きれいな女性がいない」と、観客をこき下ろしましたが、番組収録の前後には客席にやってきて深々と頭を下げ、きちんと挨拶をする辺り、「真の芸人なんだな」と感心させられたことを思い出します。

今日見た笑点の中で、「笑点の謎」という本が出たことが紹介されていました。35年も続く人気番組・笑点が好きで好きでたまらないという人が書いたとか。これは次に日本に行ったとき一番に買う本です。早く読んでみたい!

しかし、声を上げて笑うというのは、何て楽しいことでしょうか。末期の癌患者が、一日中笑えるビデオを見続けたら、ガン細胞が消えたという話しを聞いたことがあります。私だったら、笑点を見よう−と、ビデオテープは永久保存版にしました。


2002年3月9日(土) 晴れ 

ずっと気懸かりだった、池のホテイ草取りをしました。以前の日記に書きましたが、ホテイ草は最初は1個なのですが、倍々と増えていくので、ちょっと油断するとあっという間に膨大な量になります。そして、常夏のハワイでは、一株の大きさも尋常ではありません。今回は、今までで一番長くほっておいたため、池全体がびっちりホテイ草に覆われ、淵の乾いたホテイ草は半分土になり、池の水は干上がっているかと思われました。池にあんなにたくさんいたグッピーたちは、一体どうなったのでしょうか。

ウォーター・ヒヤシンスとも呼ばれる美しいホテイ草ですが、水中にびっしりと髭のような根を伸ばし、持ち上げると水をたくさん含んでいて重たいのです。5〜6個ずつ手に持ち、それを陸に放り上げるのは重労働です。でも、アメリカ型の小さな鍬でホテイ草を手前に引くと、30個くらい固まりでずすずずっと移動してきます。それが結構快感です。

「まるで島を引き寄せるハワイの神様みたい。人生に於いて、一度もホテイ草を引き寄せたりしない人が多い中、私はこうして何回もやるなんて、これって貴重な経験かもしれない」−などと、取り留めのないことを考えながら働くうち、陸には高さ2mほどのホテイ草の山ができました。池の水面も出てきて、いないかと思ったグッピーたちも盛んに泳ぎ始めました。

「よし、最後のひと寄せ」。池の奥の方に鍬を入れましたが、一番奥のホテイ草には届かず、諦めて鍬をひょいと引き上げると、足下に、夜店の金魚ほどに成長した巨大グッピーが落ちてきました。鍬で魚をすくい捕る私がすごいのか、グッピーがバカなのか・・・。疲れましたが、青空の下、楽しいお仕事でした。

【木曜日の日記の続き】
気質な性格の夫は、結局ボイジャーを、夜は家まで持って帰ることにしました。朝夕の日課、2台の車で公園の駐車場と我が家を往復。手間の掛かり過ぎです。4500ドルに値下げしましたよ〜。


2002年3月8日(金) 晴れ 

NHKラジオ第一放送の「地球ラジオ」という番組の中で、鯨類学者のKeikoが生放送でインタビューを受けました。放送時間は、日本の土曜日午後6時30分なので、ハワイ時間では金曜日の夜11時半でした。夜の用事をさっさと済ませ、私も11時にはPCの前にドキドキしながら座っていました。残念ながら私は短波ラジオを持っていないので音声はなし、10秒ごとにPCに映し出されるスタジオの様子と、Keikoが送った写真を沈黙の中で眺めていました。

Keikoは、すばる望遠鏡に来た数少ない芸能人、森田健作や村野武憲のサインをもらいに行ったときも、ものすごく上がってしまい、茹で蛸みたいに顔が真っ赤になるタイプです。でも今回は、顔の見えないラジオだし、落ち着いて話しているに違いありません。音なしで入れ替わる写真だけ見ているのは淋しかったです。

インタビュー終了後Keikoと話をすると、「上がっちゃったわよ。後で、『声が震えてましたね』っていわれちゃった」と、いっていました。でも、親戚が録音してくれた放送を聴くと、なんのなんの、約束の10分間に、いいたかったことをきちんと話してました。さすがKeiko!

自分が話していて、インターネットが見られなかったKeikoのために、音無ですが、画面をビデオカメラで撮りました。週明けにはKeiko先生にお見せする約束です。フォトジェニックなKeiko先生、次はテレビデビューしてくださいね。


2002年3月7日(木) 晴れ 

日曜日の午前中、ヒロで『For Sale』の車が一番多く止めてある駐車場にボイジャーを止め、その日から、我が家の電話は鳴りっぱなしになると思っていたところ、今日まで、一件も問い合わせがありませんでした。世の中、そんなに甘くはないのですね。

しかし今日の午前中、やっと我が家の留守電に、「貴方の車に興味があります。電話番号は・・・」と、年輩の女性の声でメッセージが入っていました。やったー。仕事で山に上がった夫に、「もう3000ドルにしてもいいから売ちゃおうよ!」と、すぐ報告の電話を入れました。もちろん、お互い即決できることではないので、そう簡単には決まりませんが。

そして久しぶりに、「もちろんボイジャーは、無事な状態で駐車場にあるかな」と、行ってみると、警察から警告の紙がワイパーに挟んでありました。見ると、「この車、放棄されているとみなす!24時間後、同じ場所に止めていたら、けん引する。法律で、同じ場所に24時間、またはそれ以上止めてある車は、捨てられたとみなされる」と、書いてありました。なんと警告の日付は、3月4日夜11時半。3日前のことです。

そこで、夕方、お茶をしにきてくれたKeikoに頼み一緒に駐車場まで行ってもらい、大慌てでボイジャーをうちに持って帰ってきました。再びボイジャーが駐車場にあるのを見るまで、今、この瞬間にけん引されているかもしれないとドキドキしました。

帰宅した夫にこの紙を見せると、「こんなの、毎日、隣の場所に移せばいいだけだよ」と一言。いわれてみれば、今日、回りに止めてあった車は、日曜日にあった車と殆ど同じです。そして確かに、微妙に位置がずれていて、他の車には警告の紙が貼られていませんでした。

明日からの課題:ボイジャーを毎日動かす、1メートルだけ(字余り) 〜お願い、早く売れてください〜


2002年3月4日(月) 小雨 

夕方、ちょっといやなことがあって、夜寝る前、気分転換にドライブすることにしました。東京にいたら、間違いなく首都高をやみくもに走るところですが、ヒロだと一体どこにいけばいいかなと思案に暮れました。取りあえず、海の方に行こうと、夜中の12時に家を出ました。CDは、心落ち着く、ジュエルのアルバム。ああ新車って快適。

ダウンタウンを通ると、真っ直ぐ歩けないピッピーがよたっていて、「やっぱり夜中に歩いている輩は違うなぁ」と感心しつつ、道を曲がって海沿いの道を走り始めると、道ばたに青いランプをつけた警察がいました。スピードも出してないし、大丈夫と思ったのに、私を見ると、パトカーは発進し、ランプを回しながらピタッと後ろについてきました。「な・何で、止められちゃうの?」。でも、お酒も飲んでないし、免許も携帯してるし、大丈夫のはず・・・

と、心臓がバクバクしているのを隠し、平気な振りで窓を開け、「ぐ・ぐっど・いぶにんぐ(あれ、この時間はモーニングかな?)」というと、恐い顔したポリスが、「ライトをつけずに走っているぞ!」。大変、新しい車で、ライトのことなんてすっかり忘れてた。「ごめんなさい。新車なので忘れました」というと、ナンバーがまだ紙なのを確認し、「どこから走ってきた?」と聞きます。「ヒロ病院の上です。ごめんなさい」と謝ったら、「これからは気を付けるように」と、見逃してくれました。よかったー。

すっかり変な気分転換になり、走るのは止めて、空港を見えるところに止まっていることにしました。静かな音楽を聴きながら、しばらく暗い滑走路をぼーっと見ていました。さ、もういい加減帰ろうーと、思ったとたん、目の前に広がる滑走路にぱあ〜っと明かりが付きました。その美しいこと!私の心にもパッと明かりが点き、「私の人生、まだまだ捨てたもんじゃないじゃん・じゃん」とつぶやきながら、家に戻って気持ちよく眠りました。単純な私です。


2002年3月3日(日) 晴れ 

車を新しくしました。ホンダのオデッセイです。この車は長い間、私の憧れの車でした。思い出せばオデッセイが初登場したころ、私たちはまだ日本にいて、私が、「今度のホンダのワゴン、素敵」というと夫は、「うなぎ犬(赤塚不二男のマンガの)みたいな形で格好悪い」と、けなしました。

しかし現在では、アメリカの最も信頼のおける消費者レポート雑誌で、ミニバン部門堂々第一位(ちなみに、二位はトヨタ・エテルナ。三位は、ボイジャー・キャラバン)の高い評価。そして、ハワイではオデッセイを購入しようと思っても、次の本土からの入荷を待つという状態です。うちの車の色は、グラナイト・グリーンという、名前からは想像もできない色でしたが、届いてみたら渋いグレーでした。

金曜日の午後に車が到着し、土曜日はコナまでドライブしました。前のボイジャーだと55マイルも出すと激しく振動していましたが、オデッセイは静かで快適で、往復しても全然疲れませんでした。私が付けた名前は、もちろん「オデオ」です。

さて、今まで乗っていたボイジャーを売らなければなりません。ハワイでは自分で車を売る場合、ポピュラーな順に書くと、○走りながら「FOR SALE」と看板を出す。 ○駐車場にインフォメーションを貼って車を止めておく。 ○最低価格を決めオークションに出す−という方法があります。

今日の午前中、ボイジャーをきれいに掃除し、売り車がたくさん置いてある海岸の駐車場に止めに行きました。隣は、84年型350ドルの乗用車、「よく走ります」と書いてあるところが本当に動くか怪しい。その隣は、ワーゲンのワゴン車800ドル、「壊れて動きません」と書いてあります。ところが、午前中、ボイジャーを置き、夕方様子を見に行ったら、そのワゴンは売れていました。本当に売れたの?ちゃんとした車もあります。5000ドルの立派なトラック、BMWなどもありました。

さて、我が家のボイジャー。95年型、希望売値4900ドル。さあ、売れるでしょうか?乞うご期待。