2002年4月29(月) 雨
今回、ホノルルのウイリアムズ・ソノマで、可愛いパンケーキの型を買いました。今日は早速、卵を泡立て、粉を量って、本格的にパンケーキを作りました。できあがりはこんなの。紘右も、「コッコ!コッコ!」と、大喜び。でも、こういうのを一番喜んでくれるのが無邪気なKeiko(と、その旦那様も)です。早くロンドンから帰ってきて〜、つまんないよう。水曜日にはご帰島です。
2002年4月28日(日) 晴れのち雨
5月にお隣のイギリス人ちの猫の世話を頼まれているので、今日はどのように世話をしたらいいのか教わりにいきました。家の中は、7匹の猫・・・の気配だけ。みんなどこかに隠れちゃいました。しかし、家の中は、招き猫をはじめ、ありとあらゆる猫の人形、写真、絵、布、そして猫のためのおもちゃが散乱し、またキッチンの床には、猫の餌入れが11個も並び(猫は7匹なのに)、完璧な猫屋敷でした。
1日2回、小難しいキャットフードのやり方を説明され(ドライキャットフードが6種類。缶詰はあまたの種類あり。それを切ったり混ぜたりしなきゃいけない)、床を汚したときの拭き方も教わりました。これは1日10ドル払うといったわけだ、大変。床拭き命の私ですが、隣の家の床までは拭いていられません。だって、土足で上がり込む輩が7匹もいるんですから。
2002年4月23日(火)〜27日(土)
セミナーに出席の夫について、ホノルルに滞在しました。毎日、朝7時過ぎから4時過ぎまで、びっちりセミナーに行ってしまう夫は当てにできず、一人紘右のお守りを続ける日々。ワイキキを走るトロリーバス、4日間乗り放題チケットを買い、とにかく毎日、バスに乗っていました。田舎者の紘右は大喜び。屋根しかないバスなので、風の直撃で、私の髪は櫛も通らず、肌はボロボロに。母は辛し。
「24日からは連休に入りますから、バスの運行本数も倍になります」−って、何の連休?と思ったら、もちろん日本の5月連休のことで、本当にこの日から、ワイキキは日本人ばかり。日本にいるような錯覚に陥りました。ホテルのコインランドリーで、1回2ドルもする乾燥機を、使い方がわからず3回も回していた日本人カップル。「この緑のスタートボタンを押しましたか?」と聞くと、「えー、全然。生乾きじゃなくて、動いてなかったんだ〜、やだ〜」と笑っていっていました。
シェラトンに泊まるって聞いたのでついて行きましたが、1泊84ドルの格安なお部屋でしたから、部屋の様子は臆して語らずです。もう二度とついていかないぞー。
2002年4月21日(日) 雨のち晴れ
スーパーのレジに並んでいるとき、脇に並んでいるお菓子の中に、この間から試してみたかった酸っぱいお菓子を発見。先日、小さな子供がママにおねだりして買ってもらってたスプレー式のお菓子です。とても体に悪そう。でも、そのときはその子の直後で買いづらく我慢したので、今日は迷わず買っちゃいました。あは、これだから大人は幸せ。
レジのお兄さんは値段を入力した後、「これはベビーのだね」と紘右に渡してしまいました。後で取り上げるのにちょっと手こずりましたが、早速、車の中でひと拭きシュッ!うえー不味い。
2002年4月20日(土) 晴れ
ヒロで一番大きなモールで、アストロ・デーという天文関係の催し物がありました。一日を通して非常に大盛況で、ハワイの人々がいかに天文に対して関心が深いかを知りました。
そこに、「バルーン・アーティスト」という、細長い風船をひねって、プードルや花を作る人がいました(天文とは関係ありませんが、順番待ちの長蛇の列でした)。友人の話によると、彼は1時間60ドルで、誕生日会などに引っ張りだこだそうです。しかし彼は、決して笑わず声も出さず、ひたすら淡々、黙々と風船をひねっていくそうです。日本の芸人さんでは考えられないことでしょう。
私も長い行列に並びながら、彼を観察し続けましたが、確かに難しい顔のまま表情を変えません。でも、私の前の人が作ってもらった動物に棒をつけてくれと注文したら、ちょっとムッとした顔をしていました。相当疲れているに違いありません。怖くてどきどきしました。私は、私が知っている英語の一番ていねいな頼み方で、「蜂をお願いします」というと、一瞬、彼の表情が緩み、風船でさささとリンゴを作り私にくれました。それから蜂も作ってくれました。
風船でできたリンゴ一個で、こんなに心が和むかと思うくらい、私はとても幸せな気分になりました。ありがとう、無表情なアーティストさん。
2002年4月19日(金) 曇り
コンドミニアムのプール。それは滞在者たちのコミュニケーションの場。昼となく夜となく、紘右を連れ泳ぎにいった私たちは、ここに滞在中のアメリカ人や日本人と話しをしました。みなが口を揃えていったのは、「ここのタイムシェアリングの値段は高過ぎる!」。そして、ここの管理はいい加減だとか、もっと安くていい物件がある、というような話をしてくれました。
・・・ということで、今朝は、10時にチェックアウトをし(もちろんセールスオフィスにも寄らず)、もう二度と来ることがない(はず)のコンドミニアムを早々に後にしました。めでたし、めでたし。
2002年4月18日(木) 晴れのち曇り
グラス・ボートという船底がガラス張りになっている観光船に乗りました。1時間で20ドル。海岸沿いの高級住宅地の沖を漂っていると、「あれがマライア・キャリーの家です」と教えてくれました。「ああ最近、激太りの彼女の水着写真が撮られたというプライベートビーチはここだったのか」と妙に納得。帰り際、イルカの大群と遭遇。海面高くスピンターンする美しいイルカを見て、私も心が躍りました。みなが盛り上がる中、紘右だけ夢の中。
お昼は、ヒロから車を3時間弱走らせて、Keikoとお母様が遊びにきてくれて、楽しいランチになりました。往復5時間以上かけて訪ねてくれる友達がいることに感謝。Keiko、来てくれてありがとう。
締めくくりは、椰子の木陰に見え隠れする月を見ながらのプール。一番リゾートらしい一日でした。
2002年4月17日(水) 曇りどきどき晴れ
今日は10時半から、恐怖の「絶対参加説明会」でした。
向こうは、「250万円でタイムシェアリングのコンドミニアムをご購入いただくと1年に1週間使えるというのを今回は勉強させていただき、半額以下、120万円で2年に1週間使えるっちゅーのはどうでっか!」と出たのです。私は『それでも買うわけないじゃん』と、全然気持ちは動かなかったのに・・・大変、夫は揺れちゃったのです。
危うし、夫!結論は金曜日までに。おーこわ。
2002年4月16日(火) 曇りのち小雨
春休みのはずが、コンドミニアムでも仕事をしている夫の邪魔をしないよう、紘右と2人で遊びに出かけました。
ヒルトン・ワイコロアに行って、ホテル内を移動する船に乗っていると・・・日本人のおばさま、おじさまの5人連れが賑やかに乗り込んで来ました。その会話・・・
「あれ、モノレールの方が早いっていわれたけど、地図を見ると引き込み線が入ってるわ。他に連れてかれちゃったかも、船にしてよかった」(注)うそです。モノレールだって行ったり来たりしてるだけ。
(人工の島にキジのような鳥を見たとたん)「ありゃーここって極楽浄土みたいなとこだねぇ」
「しかしこの船遅いね。勝手に動いてんの?あ、違う、船頭さんいるわ」(注)セーラーを着た妙齢のお姉さんなのに!
おじさん、おばさん、必死に笑いをこらえていた日本人が同船してましたのよ。
2002年4月15日(月) 晴れ
諸事情により、今日からコナに4泊5日で来ています(思い出せる人は・・・例の、ほら、あの250万円でタイム・シェアリングのコンドミニアムをコナに買いませんかというセールス。そのとき購入まではいかなかったけれど、5万円でそのコンドミニアムに4泊5日お試しで泊まれるというクーポンを買った、あれですよ)。
今回も、3日目に、絶対参加の説明会があるのです。くわばらくわばら。
2002年4月14日(日) 晴れのち小雨
KeikoとKeikoのお母様を誘って、2年ぶり、マーク・マロリー主催のジャズ・コンサートを聴きに、パレス・シアタへ行きました。
私が久しぶりのジャズの演奏に酔いしれていると、Keikoが横で、「寝そうになった」などと不届きなことをいいます。呆れていると、後半、コナのグループになったとたん私にもすごい睡魔が・・・ジャズミュージシャン殺すにゃ刃物はいらぬ・・・何としても起きていなければ、と、目は開いているものの幽体離脱状態。隣のKeikoはといえば、もう椅子の背に頭を載せて寝ています。あ〜あな私たち。
でも、とっても刺激的な素敵なライブでした。マークが出ているときは眠くなかったのよ、だからどうぞ、またライブをやってくださいね〜。
2002年4月13日(土) 晴れのち雨がパラパラ
お隣の奥さんに、「5月に2週間ほど猫に餌をやってもらえない?」と頼まれました。猫の数は7匹。大量のキャットフードは用意しておくとか。「1日10ドル払います」といわれましたが、私も猫好きなので無料でお引き受けしました。
しかしこのイギリス人の奥様、足には派手な入れ墨。目は、「時計仕掛けのオレンジ」の主役のお兄さんみたいに、下に付けまつげをつけてるみたい。そして、「みんなは私のことをキャットで呼ぶの。貴方もそう呼んで」ですって。不思議なお隣さんです。
2002年4月12日(金) 晴れのち小雨
Keikoから借りた「モンスター」というマンガにはまってしまいました。取りあえず1巻から12巻まで。夜中に一人で読みふけっていると恐くなります。外で誰かが「うぉーーーー」と叫んでいる気がして震え上がると、猫でした。Keikoお願い、早く18巻まで揃えてよう。最終回まで読まないと恐くて夜中にトイレに行けなくなりそう。恐い話しには弱いちあきでした。
2002年4月11日(木) 晴れ
Keikoのお宅には現在日本からお客様。一昨日会ったとき顔に、「私泳ぎだい!」と書いてあったので、今日はお客様とKeikoのお母様を私がちょこっと観光案内することに。ボタニカル・ガーデンという崖をうまく利用して作られた熱帯植物園へ。
お二人が植物をゆっくり見ている間、私と紘右は岩に打ち付ける波がよく見えるベンチに座って待っている。ぼーっと海を見ていると、その荒れた波間に大きなウミガメが。感激。心休まる時間でした。
2002年4月10日(水) 晴れ
先学期の終わりからお休みしていた紘右の保育園。今学期も先週から始まっているはずです。申し込みも当日するつもりで8時半に園に行くと、教室が閉まっています。受付で聞くと、「子供が6人集まらなくて、今学期は閉鎖です」。ガーーン。週2回、2時間半とはいえ、母子それぞれ貴重な時間だったのにい。
仕方なく、9時からの私の歯医者に連れて行く。歯医者さんが棒を私の口に突っ込むと、膝の上の紘右が代わりに泣き出す。「大丈夫、気持ちいいんだよ」というと、大人しくなる。歯医者を気に入ってもらっても困るのよ。
2002年4月9日(火) 晴れ
日本から帰国。Keikoが空港に迎えに来てくれました。遅いなあと思ったら、車が一回止まり、エンジンが掛からなかったとか。高級車でも壊れるときは壊れるのですね(注意;ベンツではなくローバーの方)。
免許と小さな財布だけもって出かけ、そのまま思い立って買い物に。レジに行って財布を開けると、28ドルしかお札がない。レジの人に、「28ドルになったらストップといって。そこまでの商品までしか買えないから、必要度の高いものから置いていくね」というと、「それはとてもいい考えね」とニッコリ。
日本では絶対にできないけれど、ハワイでは全然平気。サンドイッチとスプラウト3種類を諦めて帰りました。
2002年3月21日〜4月9日 日本へ帰国
6年ぶりに、桜咲き乱れる日本に帰国していました。温かい春先で、記録的な早さで桜が咲いたと思ったとたん、ぐっと冷え込み、桜が散ることなく、長い間楽しめました。
成田に到着した3月21日・春分の日は、ものすごい風の日で、成田の上空に近づくと、地面から黄色い土埃が舞い上がるのが見え、一面黄色い砂漠のようでした。着陸直前まで強風で機体がゆらゆらし(何回も飛行機に乗りましたが、こんなに恐かったのは初めて)、それでもピシッと着陸し、機内は殆ど日本人ばかりだったにも関わらず、盛大な拍手が起きました。関係機関の友人の話しによると、ユナイテッド航空のパイロットは上手いのだそうです。食事も、JALよりよかったです。
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