2002年5月22日(水)〜6月21日(金) 日本へ帰国
図らずもW杯で盛り上がっている日本に帰国していました。そして、他の日本人同様、俄サッカーファンとして、燃える日々を過ごしました。ああ面白かった。いい時期に帰国しました。
2002年5月19日(日) ヒロは雨 コナは晴れ
いつものように雨のヒロを脱出しコナへ向かい、いつものようにリチャードソン・ビーチで泳いでお昼にし、いつものようにコスコで買い物して、いつものようにヒロに戻ってきました。
ところが、今日はちょっとワイメアが新鮮でした。ヒロから車で1時間半くらいのところにある、人口4千人ほどの小さな美しい町なのですが、二つあったスーパーマーケットのうち、シュアセイブが店を閉めてしまい、KTAの独占状態になっていました。が、今日、フードコートというハワイ島で初めてのスーパーマーケットがグランド・オープンしていました。中に入ると、今、商品を並べましたという感じで、何もかもぴしーっと並びきれいで、とても気持ちがよかったです。新しいもん好きの島民は、KTAを背に、フードコート(道路を挟んで向かい側にある)にガンガン集まっていました。さて、これから競争してどうなるでしょう。
それから、韓国料理の店で簡単に夕食を済まそうと行ってみると、日曜日で閉まっていました。仕方ないので、その横にあるコア・ハウス・グリルという、気が向かず、6年間一度も行かなかったレストランに行きました。店内に入ると、バーがあって騒がしく、山盛りのフライド・ポテトを食べている人がいて、「ああ、やっぱりこんな料理か」と、がっかりっしました。でも、「ご夕食なら奥へ」といわれ、ついて行くと、奥にはコアの木をふんだんに使った雰囲気のいいレストランがありました。そして、メニューも魅力的で、私は、北京ダックのジンジャーライス添えを食べたら、今までこの島で食べたものの中で、一番美味しかったのでびっくりしました。デザートの5種類のシャーベット盛り合わせも、最高でした。
あーもう、6年間この店に行かなかったなんて本当に損した気分!どうしてここが美味しいって誰も教えてくれなかったの?これからは足繁く通うぞ。
2002年5月18日(土) 雨
雨の卒業式でした。卒業、おめでとう!Asakoが明日、ヒロを発ってもう帰ってこないかと思ったら、涙が出てしまいました。島に取り残される気分って、本当に寂しいです。ハワイ・スタイル、卒業式の大量の写真です。
2002年5月17日(金) 晴れ
このHPを見て連絡をくれ、それから親しくしていたハワイ大学の学生のAsakoが、明日、無事に卒業式を迎えることになりました。今晩は、Asakoと、卒業式のため日本からいらしたお母様を呼んで、我が家で夕食をしました。
献立は、イエロー・カレー、ビーフ・サラダ、生春巻き、グリーンパパイヤ・サラダ、オレンジゼリーでした。作りながら、「明日、卒業式を迎える人に、にんにくはちょっと」と思い、サラダににんにくを入れるのを止めました。イランに行った親戚からお土産にもらったサフランがあったので、ちょこっとご飯に入れたら、見事な黄金色のご飯ができ、私がこれまで使ってきた様々なサフランは、全部偽物だったことがわかりました。タイで買ったサフランなんて、大きなビニール袋に一杯入って、30円だったもんな。
Asakoへ!;Asakoがもうヒロにいなくなっちゃうなんて、今の私には想像ができません。コナやボルケーノに一緒に行ったり、お腹を抱えて笑ったり、泣きながら夜中に電話してきてくれたり、全部が大切な思い出です。たぶんこんないい出逢い、この先もうあまりないと思います。本当にいろいろどうもありがとう!
2002年5月16日(木) 晴れ
自らカゴに戻ってきたらラブは、外に出たいと暴れることもなく、新しいカゴに付いているブランコに乗って、ゆらゆらしている。そして、お気に入りの巣に入って昼寝をしている。たぶん、ラブは、カゴの中の生活を気に入っている。
2002年5月15日(水) 久しぶりの-1日中晴れ♪
昨日、紘右が室内用ジャングルジム(高さ約150cm)の一番上に立とうとして、二段下まで落ちました。背中をしこたま打ち、そのままそばにあるベッドの上に転がりました。ギャーとすごい声で泣き、顔を見ると、顔の中心が上から下まで青くなっていました。人の顔が青ざめるとは、まさにことことです。「頭を打ったんだ、ひきつけてる!」と、救急車呼ぼうとしましたが、すぐ泣きやみ、顔も普通の色に戻り(落ち着いて考えてみたら、上向きに落ち、背中しか打っていないので)、そのまま様子をみることにしました。でもこれで、ジャングルジムが嫌いな子になってしまったかもしれないと残念な気持ちでいました。
ところが今朝、5時半ごろ、「ママー、ママー」という声で目を開けると、足先まで布でくるまれた赤ちゃん用の寝間着(アメリカのアニメで、赤ちゃんがよく着てる服)を着た紘右が、ジャングルジムの一番上で仁王立ちになり笑っていました。どうやって、そのすべる布足で上まで上ったの?ジャングルジムから落ちるってこと、全然学習してなーい!
2002年5月14日(火) 曇りのち晴れ
昨日、突然、近所の日系人のおばあさんが来て、「親戚から日本の古い絵のコピーが送られてきて、付いてる解説が全く読めないんだけど、訳してもらえない?」と、ぺらぺらの日本語で頼みに来ました。おばあさんの日本語は完璧に近いのですが、読む方は殆どできないようです。しかし、彼女が持ってきたのは、「平家納経」のやたら難しい絵で、解説も古文みたいだし、わからない名詞だらけで、『こ・これは後でKeikoたちが来るから、三人集まれば文殊の知恵で解読しよう』と、昨日はお預かりし、今日、それをお返ししました。
昨日、三人で(もちろん、お母様を中心に)、あーだこーだと辞典を引きながら検討し、だいだいの意味は把握できました。葦文字(絵の中に、ことばが隠されている)というのは初めて認識しました。それから傑作だったのは、【この扇の絵には、金箔、銀箔、野毛、砂子が使われている】というところで、「砂子って、たなばたの歌の『金銀砂子』だよね。ただの砂のことだと思っていたけど、この高価な扇に砂を付ける?」ということになり辞書を引くと、「金や銀などを砂のような粒にしたもの」と書いててあり、三人で感心しました。「じゃ、野毛は?」と辞書を引いても載っていませんでした。「字の通り、野性動物の毛よ」ということになりましたが、どうも昨日から野毛が頭から離れなくなりました。
歴史に強い夫に、「平家納経の絵に使われる、野毛ってなに?」と聞くと、「いきなりなにいってんの?」と笑い出す始末。さっきインターネットで野毛を検索したら、「金箔を毛のように細く切ったもの」が正解でした。Keikoとお母様、一緒に笑いましょう。
しかし日系人のおばあさん、古典が嫌いだった私にこんな難しいこと頼まないでくださいな。
2002年5月13日(月) 曇りときどき雨
ラブが逃げ出して、早5日経ちました。ずっと我が家の外の餌台に餌を食べに来ています。餌台の横には、ラブが住み慣れたボロボロのカゴを、扉を開けて置いてあります。昨日は、夕方に餌を補充しなければ、このカゴの中の餌を食べるかもしれないと、夕方、外の餌台には餌を入れませんでした。すると昨日から空腹状態らしいラブが、今朝早くから屋根の上で、ギャーギャーギャー(ご飯がないよー) と絶叫していました。
仕方なく朝一番に外に餌を入れに行くと、餌台下の草の茂みの中を、這いずり回っているラブがいました。飼われていたときは、餌入れの中味を勢いよく飛び散らかし、下に落ちた餌には決して手をつけないプライドの高い鳥でした。しかし今茂みの中に居るのは、濡れ鼠で、草まみれの、お腹を空かせた小さなラブでした。「ラブちゃん!」、思わず手にあった餌を投げてやると、飛んでいってしまいました。しかし餌台に餌を入れると、すぐ戻ってきてガツガツと食べていました。
こんな生活力のない外鳥には、朝夕2回、しっかり餌をあげなくてはいけません。本当に困りました。なので夕方、Keikoとお母様に、一緒にラブを探してもらおうと来てもらいましたが、一度も姿を見せませんでした。「もしや隣の猫に・・・」と、不安がよぎる中、Keikoたちが帰ってすぐ外をチェックすると、なんとなくカゴが動いています。窓越しに中を見ると、ラブが中で餌を食べていました。そっと近づき扉を閉め、無事保護とあいなりました。
今晩は5日ぶりの自分の巣で、ラブはぐっすり眠っているに違いありません。しかし、外で自由にしている間、隣の家の軒下で、スズメに求愛していたり、3軒ほど先のインコ系の鳥と鳴いて呼び合ったり、思いっきり自由(恋愛?)を謳歌してきたようです。明日から、カゴの鳥に戻れますか、ラブちゃん。
2002年5月12日(日) 曇りときどき雨
海とつながっているラグーンのアヒルたちにパンを上げに行きました。湖につきだした足場からパンをあげていると、やけにアリが足に登ってきます。いやなので芝生に移動してパンを上げていると、潮が満ちてきました。すると、あれよあれよという間に、足場は水に浸水してし始めました。莫大な数のアリたちが右往左往しています。さっき、足に登ってきたのは、こうなることを察知していたからでしょうか。やがて足場は完全に水に浸り、アリは塊になりうごめいています。そのアリ団子が湖の中に浮遊し始めました。するとアヒルたちが集まってきて、それをどんどん食べ始めたのです。忙しなく動き回り一匹残らず食べてやるという勢いです。驚きました。これって貴重なたんぱく質?
2002年5月11日(土) 晴れのち雨
木曜日から隣の猫の世話をしています。朝夕2回、7匹の猫に餌をやります。世話の仕方を教わりに行ったとき、床が相当汚れていました。彼女も気になっていたらしく、「出かける前には床をきれにするわ」といっていましたが、行ってみたら、全然きれいになっていませんでした。仕方がなく、履いていないサンダルを持って行き、中に入ることにしました。しかし、そこにおいて置くと、猫がサンダルの上で寝るらしく、場所は動いているし、毛がいっぱいついているしで、履く前にサンダルの掃除からしなくてはなりません。
その上、ハエがたくさんいます。そこで今朝、日本式のくるくるリボン状のハエ捕り紙をぶら下げてみました。変なところに掛けると、猫がじゃれ付いて大変なことになりますから、明かりの紐に吊るしておきました。夕方、どんなにハエが捕れたかと楽しみに行くと、一匹もひっついておらず、相変わらず猫の餌にたかっていました。アメリカのハエには効果なし。明日は、ハエ叩きを持参しましょう。
でも、猫が少しずつ、「あ、餌をくれる人だ」と、遠くから私の様子を見るようになったので、そのうち触れるようになるかもしれません。猫の可愛さゆえに、タダでもいやな仕事ではありません。
2002年5月10日(金) 晴れときどき曇り
朝起きると、隣のスコットの家の巨大バニアンツリーから、ギャギャギャギャと生き生きとしたラブの鳴き声が聞こえてきました。昔は、夜、地面でしか寝られない鳥でしたが、今は木の上でも寝られるようになったみたいです(詳しくは、この漫画で)。よかった、まだ生きてる。そして、外の野鳥用の餌台に餌を補充しておくと、案の定、信号機みたいに派手な色の鳥がやってきました。ラブです。
急いで、カゴを持って外に行くと、200mも一気に飛び、またバニアンツリーに戻ってしまいました。家の中では、1mも飛べなかったのに、そんなに飛べたのね。私がいなくなると、また餌台に戻ってきたり、塀の上をひょこひょこ歩き、オヒヤの木の枝でぶらんぶらんと遊んだり、自由を満喫している感じです。その姿が、オーストラリアを自由に飛びまわっていたオウムたちに重なって、とても健気に思えました。熱帯のハワイなら、ラブも生きていけるでしょう。
仕方ありません。水飲み場も用意してやり、これからはラブを外鳥として飼う決心をしました。ラブちゃん、もう捕まえないから、せめて元飼い主と目が合ったときは、大慌てで逃げたりせず、にっこり笑ってよね。
2002年5月9日(木) 晴れのち雨
最近お気に入りの、ボルケーノ国立公園の側の公園に行きました。そしてお昼は、ラバ・ロック・カフェ(ハード・ロック・カフェを真似て、看板もそっくりに作ってあります)でランチしました。紘右の残したお子様ランチをボックスに入れてもらい持ち帰ろうとしたら、レジのところでウエイトレスさんがそれをひっくり返してしまいました。床に食べ物がぶちまけられると、紘右が、「まんま〜、まんま〜」と泣き出しました。彼女は、「新しく作るから待ってて」と、結局、丸々詰めて持たせてくれました。
その後、ごひいきの花屋さんに行ったら、「母の日の前で、今日は売る花がない。完売だから、ごめんね」といわれ、諦めて帰ろうとすると、「これプレゼント」と、花束をくれました。お金は受け取ってもらえませんでした。
今日のボルケーノは、タダでもらえる日でした。
家に帰ってきたら、ボタンインコのラブちゃんが逃げ出していました。我が家に迷い込んできてから初めての脱走です。夜、主の居ない大きなカゴは、やけにポツンと見えて、とても淋しくなりました。ラブよ、世間は怖いのよ、帰っておいで!
2002年5月8日(水) 雨
週に2回(水・土)あるファーマーズ・マーケットに行き、新鮮なニラ、枝豆、きゅうり、トマト、大根葉を買いました。枝豆は、日本でも食べたことないくらい、甘くて美味しかったです。明日は、ニラ玉を作ろう。ここは本当にハワイ?まるで日本にいるような献立の我が家です。
2002年5月7日(火) 雨
イチゴのジャムを作りました。
ちなみにハワイ島のイチゴは、ワイメアという標高1000mくらいのところにできるものが一番です。もちろん露地栽培なので、日本のイチゴに比べるととても硬く、酸味があり、でも香りが豊かです。紘右は、このイチゴが普通だと思っているので、日本にったとき、柔らかくて甘いイチゴを食べませんでした。私も今では、このイチゴの方が好きです。
イチゴ約4キロ分。お砂糖は2キロ使用。イチゴと砂糖を交互に入れ、2時間ほどほっておくとイチゴから水分が出てきます。それを火にかけ、ういてきた灰汁をていねいにすくい、20分ほど煮てできあがり。濃いイチゴの匂いをかいだら、小さいころ、母がよくイチゴジャムを作ってくれたことを思い出しました。焼きたてのトーストにバターを塗り、イチゴジャムを載せると最高です。朝の喜び。
2002年5月6日(月) ヒロは雨 コナは晴れ
KeikoとKeikoのお母様と一緒に、コナまでドライブしました。ヒロはずっと雨続きで、島中雨に沈んでいると思っていましたが、コナはちゃんと晴れていました。海の見えるイタリアン・レストランでランチをし、少しだけ浜辺で休憩し、コスコで買い物をして帰ってきました。帰りの車の助手席で、Keikoは眠りそうになるのをキシリトールガムを噛みながらがまんしていました。でも、返事をするふりをして、本当は寝ていたのを私は知っています。太陽の光を、久しぶりに浴びた気がします。
2002年5月5日(日) 雨
日系人会主催の「こどもの日」の大イベントが、新しくできた本願寺の大体育館でありました。朝から激しい雨(洪水注意報も出ていた)なので、人出も少ないかと思っていました。
イベントは10時半に、獅子舞、和太鼓などで盛り上がって始まりました。担当した「習字コーナー」は、私がコンピュータで名前を漢字で打ち出し、本人が習字でそれを書く−というもので、11時に始めたとたん、コンピュータの前に長蛇の列ができました。結局2時半の間に、200枚用意した紙がなくなってしまいました。
リクエストの中で、笑ってしまったものをいくつか。
(大男);「しんくです」。私が適当な漢字を当てると、「違う。しんは新しいという漢字」。(ち)「はいはい、じゃ「新久」でいい?」(男)「違う、久じゃない、こんな字」・・・四角い箱から傘が出ているような字を書きます。(ち)「え、これ?苦」(男)「そううそう新苦。これプロレスのリングネームさ」。(ち)新らたな苦・・・な弱そう。
(男);「ちん−ちん あいきどう」。(ち)「え、決まった漢字があるの?」。(男)「きっとあるけどわからない。看板を作りたい」。(ち)「えー違う漢字は使えないよ。それならまだ、ひらがなの方がいいかも」。そこで、「ちんちん合気道」。看板にしないほうがいいね、これ。
(少年)「ユニバーサル フィスト マッチ」。意味は、どうも空手の取り組みらしい。(ち)「わからない。技なの?んー」・・・「宇宙空手道場。これでいかが?」。漢字の美しさで、彼にはOKをもらいました。
(女)「トロピカル・ベンディングマシーンの意味を日本語に直して漢字にして」。(ち)「はい、じゃ熱帯自動販売機」。(女)「ありがとう!これ私の会社に張るの」。自動販売機で「熱帯」を買ってみたい。
あとは、英語の名前を発音から漢字にしたり(エドワードを、江戸和戸)、意味から漢字(ローズを、薔薇)にしたり、結構お互い楽しみました。アメリカ人にとっては、コンピュータの画面で、縦書きに文字が出て、それが行書体なので感激していました。私もコンピュータの画面に、アラビア文字が右から左に出たらやっぱり驚嘆すると思います。
日系人の方は若い人でもほぼ全員、ミドルネームに日本の名前をもっており、それを大切にしていることが伝わってきました。日本への望郷の念が彼らの中に強く欲流れていること感じた一日でした。200人に対応するのは疲れましたが、楽しい一日でした。
ちなみに紘右は、一人で太鼓を見に行ったり(目撃者の話によると叩いてもいたらしい)、他の人たちとお八つを食べたり、途中から余程疲れたらしく、和太鼓の鳴り響く中で昼寝もし、彼は彼なりに楽しんでいたようでした。紘右もお疲れ様でした。
2002年5月4日(土) 雨のち曇り
午前中は、明日の準備のために何年ぶりかに習字を練習したり、コンピュータの設定をして、午後からの雨の合間に、カウンティー・フェアに行きました。毎年、この季節、移動遊園地がヒロにやってきます。入場料2ドル50セント。乗り物券、16枚綴りで10ドル。だいたい券3枚でひとつの乗り物に乗れます。ちなみに乗り放題は15ドルです。
遊園地が一式運ばれてくるなんて、わくわくします。下はただのグランドなのでぬかるんでいましたが、久しぶりに乗り物に乗ったらディズニーランドに行きたくなりました。
2002年5月3日(金) 晴れのち雨
ちょっと時間ができたので、2チャンネル(掲示板が際限なくあるサイト)で、興味ある書き込みを読みながらネットサーフィンしていると、ある箇所に飛んだとたん(正直にいいます。モーニング娘。です)、死に神の絵が出てきました。「ヒヒヒ、こっちこっち」とメッセージ。「不味い」と思った瞬間、私のコンピュータの中で何かが作動し始め、動きが遅くなり、ユードラ(メールソフト)が暴走し始めました。架空の宛先に何個も何個もメールを送信しようとしています。やっとの思いでシャットダウンしました。
夫にしんぼり報告すると、怒ることもなく、ウイルスを退治してくれました。サイトを見るだけで感染してしまう、悪質なやつでした。取りあえず、他人に感染したメールを出すこともなく被害もなく修復されましたが、あのやられたとわかったとたんの最悪の気分。心臓がバクバクします。ああ、体に悪い。夫には大変感謝しております。これからはもう決して、モーニング娘.。のサイトなんて見たりしません!
2002年5月2日(木) 晴れのち雨
海沿いに、一億円で売りに出ている豪邸があります。オーナーは、大工さんのご主人(この家を自分で建てた)と、日本人の奥様です。前から、一度この超豪邸の中を見てみたいと思っていたら、日本人の奥様は友達の友達であるということがわかりました。それでやっとこの家の中を見せてもらいました。5年来の夢が実現。
玄関はステンドグラス。床は大理石。窓からは海が一望。外には、海に突き出したジャグジー。吹き抜けの途中、横に渡してある柱にはアイビーが植わり、家の中にある中庭には、アンスリウムなどが植わっています。室内にはヨークシャテリア。外にはレトリバー。巨大なベッドルームが4つ。
6月に生まれた一人息子のため、大きな鯉のぼりが取り付けてありました(この日は、前日の雨のため、ジャグジーの蓋の上に干してありました。鯉の日干し)。日曜日の新聞には、この鯉が掲載されるそうです。ああドリームハウス。ため息が出ました。
2002年5月1日(水) 晴れのち雨
今度の日曜日、日系人会の手伝いで、こどもたちに習字を教えることになっています。先月、バタバタしているときに来た話で、打ち合わせの不手際から、今日になって、習字の道具がないことがわかりました。
すぐにホノルルにいる女性の友人に電話して、マルカイの99セントショップで、筆、文鎮、半紙、墨汁を購入してもらい、ロンドンから戻る途中、乗り換えでホノルル空港にいるKeikoに、それを渡してもらうことになりました。間に合わなければ郵送してもらうことになっていましたが、彼女もKeikoも最後まで諦めず、ボーディング・タイムを過ぎても携帯電話で連絡を取り合いながら、必死で空港の中を駆けずり回り、やっとの思いで会い、荷物を受け渡してくれたそうです。
それから、セキュリティーチェックでその荷物が引っかかったり、Keikoは飛行機にあえぎながら乗ったりと、そのご苦労とお疲れぶりは、ヒロ空港で会ったKeiko様のお怒りから伝わってきました。エゲレスへのシックな旅のはずが、最後のホノルルで、このように駆けずり回らせてしまい、申し訳ありません!でもお陰様で、習字の道具はちゃんと揃いましたから、日曜日はしっかりいい先生を致します。このご恩、鶴・ちあきは忘れませんぞ、Keiko様。
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