2002年9月

 

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アンスリウム
02年9月8日火山
02年9月16日火山

 


2002年9月18日(水) 晴れときどき雨

ファーマーズマーケットで買うヒロのシシトウは、日本のと同じで美味しいです。母がたくさん野菜を買ったら、おまけに10本くらいシシトウをくれたそうです(私は車で待っていたので、現場は知らない)。肉を焼いた後のフライパンで、このシシトウをよく炒めました。こんがり焦げないシシトウは辛いときが多いのですが、これもなかなか焼き目がつきませんでした。でもよくよく焼きあげ、夫と私がほぼ同時に一口かじりました・・・

・・・・・かっ辛い!同時に叫びました。これはシシトウではなく、唐辛子。それも緑色の、強烈に辛い、その上、熱々という二重苦でした。夫はビールに飛びつき、私は麦茶をがぶがぶ飲みました。でもジンジンするような辛さは全然治まりません。いろいろなものを食べたり飲んだりして、やっと治まりました。頭の中までジンジンして、こめかみに汗が滲みました。私たち、辛い物にはめっぽう強いのです。それでも人生に於いて、こんな射すようなすごい辛さは初めての経験でした。丸一個、口に放り込まなくて本当によかった。

きっと母は、「これは唐辛子だよ」といわれて渡されたに違いありませんが、何せ英語がわかりません。母だけ被害に遭わず、笑っていました。


2002年9月17日(火) 晴れときどき雨

ロンドンに住んでいるクラスメートから電話が掛かってきました。「友人の結婚式がホノルルであるから、この木曜からハワイに行くの」という、嬉しいお知らせでした。偶然、今週の土曜日に帰国する母を見送りついでに、私たちもこの木曜からホノルルに行くことにしていたのです。前、私がロンドンに行ったときは、彼女の120年前に建てられたという立派なアパートに泊めてもらいました。それから見たら築66年の我が家なんて、まだまだ新築みたいなものです。もしかしたら、ヒロに一緒に来るかもしれません。

ということで、木曜日〜日曜日まで、ホノルルに行って来ますので、HPの更新は数日お休みします。日本もすっかり秋らしくなったと聞いて、母も安心して帰国できそうです。お陰様で、病み上がりの母でしたが、ヒロで元気に一ヶ月を過ごせました。


2002年9月16日(月) 雨のち晴れ

日本から、ヒロに単身赴任のご主人のところに「ひろ」が遊びに来ました。今日はお仕事があるご主人の替わりに、まだ流れる熔岩を見たことないという「ひろ」を連れて、火山見学に行きました。最近新聞に、熔岩が新しく作った駐車場も塞ぎそうと載っていましたが、確かに迫りつつあることを実感しました。流れている熔岩は一カ所だけでしたが、海から立ち上る蒸気もたくさんで、なかなかの迫力でした。今日は、熔岩周辺の様子を撮ってみました。

熔岩の上を歩いているとき、少しふらふらしてきて、ガスにやられたかと思いました。が、考えてみると、昨晩食べ過ぎ、今朝、全くお腹が空いていなかったので、珍しく朝食を抜きました。それでたくさん歩いたら、昨晩の食べ物のエネルギーが尽き、歩けなくなっただけだということに気が付きました。ボルケーノ・ロッジに行ってエネルギー補給したら、すぐ元気になりました。


2002年9月15日(日) 雨

週末、雨が降ると、コナに脱出してしまう我が家の行動パターンが一部の人に見抜かれているようです。今日も、午後から思い立って、コナ側の海に泳ぎに行きました。2時にヒロを出て、4時にスペンサービーチに到着。夕方の海水が温かくなった海で泳ぎました。

夕食は、ワイメアのコア・ハウス・グリルで。今日は、お気に入りの北京ダックはありませんでしたが、近くのパーカー牧場の牛の肉を食べたら、柔らかくてジューシーで最高でした。デザートのティラミスは、絶品。お腹がはち切れそうになって帰ってきました。幸せ。


2002年9月14日(土) 晴れのち雨

HPを続けていてよかったと思う日。それは、HPがご縁でいい出逢いがあった日です。

今日はイチエさんという、前からメールをいただいていた方が、ご家族四人で我が家に遊びに来てくださいました。イチエさんは、将来ハワイ島に住む予定で、すでに土地を購入。これから家を建てられるそうです。さっぱりした性格で、明るい女性。直感で、「この人とは気が合う!」と思いました。イチエさんたちが島民になられる日を、心待ちにする私です。Welcome to Big Island!!

【今日の紘右】

プレスクールで覚えた、「Good morning」の歌が大好き。まだ出だしのフレーズの、「ぐっもーにんぐ」を3回繰り返すところしか歌えない。本人も飽きるらしく、「ぐーーーーもーにんぐ」「ぐっもっにん」と、拍子をアレンジして歌っている・・・というか、ずっと唸っている。


2002年9月13日(金) 晴れ

昨日、コナの山側の道を歯医者に向かって走っていたとき、対向車のトラックの荷台から段ボール箱が一個、ボーンと落ちました。横の草原に転がり、中から黄色い中央分離線の巻きテープが転がり出ました。ちょうど後方で、アスファルトの塗り替えを大規模にやっていたので、そこで使う中央線に違いありません。帰りに拾って工事現場に届けてあげようと、歯医者の帰りも同じ道を使いました。見覚えある場所に近づくと、同じ場所に段ボール箱が落ちています。後ろの車がいないのを確認して狭い路肩に車を止め、箱を持ち上げようとしたら中身はからっぽでした。

えー、あの大量の黄色い中央分離線、持っていちゃう人がいるの?−と驚きましたが、でも実はさっき、うちの敷地のアスファルトの道にも、これで黄色い中央分離線を付けたら、紘右が喜んで遊ぶかな・・・なんてちょっと考えたので、同じようなことを考えた人が持っていったのでしょうね。

【今日の紘右】

熱が下がった後、しばらくプレスクールをいやがっていた紘右でしたが、また喜んで行くようになりました。今朝は、制服が2階になく、今は普段着を着せ、出かける直前に下で着替えさせようと思ったら、「がっこ、いくー!がっこ、いくー!」と抵抗し、オムツのままで下に降りてきて、制服を見つけ大喜びしていました。子供って不思議です。


2002年9月12日(木) 晴れちょっと霧雨

コナの矯正歯科のアポが、朝の8時10分でした。ということは、近道のサドルロード(マウナケアとマウナロアという二つの高い山の間を通っているくねくね道のこと)を通っても、朝6時には家を出なくてはなりません。昨日に引き続き、歯医者に通うのって、どうしてこんなに大変なのかしら。

で、行ってきました。明け方のサドルロードを走って、コナまで。朝7時ごろのサドルロードなんて、貸し切り状態かと思ったら、今まで経験したことないくらい車が多かったです。つまり朝の通勤道路なのですね。

それから、早朝のため、野鳥がたくさんいるのです。うずらを大きくしたような鳥の家族が道路を渡っていて、私も慌ててブレーキを踏みました。でも何羽も交通事故で死んでいました。どうしてハワイの鳥は、自分が飛べることを忘れ、走って逃げようとしてしまうのでしょう。可哀想に。

さて、今日は上だけ、すべての歯に接着剤で金具を付け、一本のワイヤーを通され、ゴムで固定されました。もごもご・・・まだしゃべにくく、甘いものも食べてはいけないし、何だか生活が変わりそうです。1年半(短くて、それくらい掛かる)の間は、笑顔に自信なし(というか、笑ってごまかせない人生)です。


2002年9月11日(水) 晴れ

前から、歯の矯正をしたいと思っていました。アメリカだと、日本の半額、またはそれ以下でできると、すばるの奥様たちも何人かされています。私の場合、ぱっと見にはそれほど乱れてないのですが、上の下のセンターがずれ、一カ所、下の歯が上より前に出ています。突発的に起こる腰痛は、そこか辺からきていると思われます。歯並びを直すと、痛み関係の病気は結構治るそうです。

一度、ヒロの矯正歯科で見てもらったら、「4本抜きます」といわれ、日本では、『80歳で20本自分の歯!』キャンペーンをやっているというのに、今、歯を4本も失うなんてできない−と、諦めました。でも、虫歯で掛かり付けの歯医者に行ったとき、「抜かない矯正の先生はいないのですか?」と聞くと、ワイメア(車で1時間半も掛かる)のマスナガ先生ならできるだろうと紹介されました。

「歯医者に行くのに往復3時間も掛けるなんて」とも思いましたが、日本でも同じくらいの時間掛けていっていたし、ここで、子供の眼科のために毎回ホノルルまで飛行機で行く人もいます。大義名分の元、大好きなワイメアにも行けるしと、お昼のアポ目指して、ワイメアに行きました。

そして、「歯を抜かなくてもできます」と、お墨付きをいただき、ついに念願の歯の矯正をすることにしました。明日、コナで装着です。


2002年9月10日(火) 雨

思いっきり乙女チックなワンピース(薄いピンクに、バラの花が咲き乱れるロングドレス←日本じゃ、「ネグリジェですか?」といわれるかも)を着ました。その服を着ると、一様に小さい女の子から好かれます。プレスクールに行くと案の定、いつもは手を振っても反応しない女の子たちが、立ち止まって手を振ってくれます。この少女漫画チックなワンピース、日米問わず効果絶大です。年の頃、2歳〜5歳くらいの女の子にモテます。


2002年9月9日(月) 雨だったり晴れだったり

見事な虹と共に朝を迎えました。つまり朝から雨だったということです。でも雨が上がるとカーッと強い日差しが照りつけるので、窓を開けたり閉めたり、忙しい一日でした。すこんと晴れないと、またコナに行っちゃうぞ!さえないお天気にうんざりして、午後はKeikoとお茶しました。気だけ晴れました。


2002年9月8日(日) 雨

土曜日に引き続き、半日仕事をしていた夫が、「終わったぞ!よし、雨のヒロを脱出して、火山にでも行くか」といい出しました。急いでおにぎりを作り、明るいうちにボルケーノに到着するように家を出ました。夕方5時に国立公園の入り口に着き、先日買ったばかりの一年間有効パスを出そうとしたら、忘れてきたことに気が付き、痛い10ドルを払い入場。雨も降り続けているし、これはさい先悪そう・・・と思ったら、今までになく、素晴らしい眺め、映像が撮れました。今日は写真だけですが、近日中ビデオ映像もアップします(最近、こんなことをいったまま、先回のをアップしていないような気がするけど、きっと気のせいだろう)ね。


2002年9月7日(土) コナは晴れ

またもや夫が仕事モードで迎えた週末でした。ということで、邪魔にならないよう、しぶしぶ(しぶしぶですよー、本当に)母と紘右を連れてコナに行きました。

ワイメアで遊ぼうと思ったら雨でスキップ。「ちんちんバスに乗りたい」という紘右のリクエストで、まずはヒルトンへ。オープン・バス、モノレール、ボートに乗る。続いてフレンチベーカリーという2時には締めてしまう美味しいパン屋に駆け込み、サンドイッチをゲット。次は、コナにしかないKマートに行くと、ずっと探していた足置き付き、リゾートチェアーを発見、購入。そして、コスコで買い物。ここで帰ろうとしましたが、すでに5時前。電話すると夫もまだ仕事をしているいうことで、夕食も3人でコナで済ませて帰ることにしました。そこで、夕食には少し早かったのでダウンタウンの海辺で、砂遊び。6時になったので、日本人経営のコナ寿司に行くと、ハワイの魚の王様といわれている(たぶん、日本人だけだと思うけど)モイのにぎり寿司が食べられました。とろけるような美味しさでした。2時間半の道のりをドライブして、9時過ぎにヒロに戻ってきました。

あーあ、しぶしぶコナに行った土曜日でしたー!


2002年9月6日(金) 晴れ

実は三代目、人参をあげにいく馬(名前;こがた)が、随分前から姿を見せなくなっていました。痩せていたので、病気だったのもしれません。四代目を探さなくてはと思っていたら、初代うまこに戻りました。というのも、うまこに近づくのに、人丈ほどの草をかき分けて行かなければならず断念したのですが、決まったところに轍があり、そこからなら紘右でも歩いていけることがわかったからです。

二代目、三代目(他、一回だけ、人参をあげた馬も)と続けて馬に接し、懐かしのうまこに戻ってみると、この馬が一番性格がよく、人に懐いていることがわかりました。鼻を撫でてもらうのが好きで、手のひらを舐めるのが好きで、今すっかりうまこに夢中です。人参をポリポリポリと大きな音をさせて食べ、口は人参で真っ黄色に。そしてその黄色くなった歯を笑うように見せるのが最高に可愛いです。


2002年9月5日(木) 晴れときどき雨

水曜日のファーマーズマーケットで、以前、ヒロに住んでいらいた、現在は日本で私立大学の教授をされているA先生にバッタリ出会いました。大学の生徒たちを引率してのヒロ訪問だそうで、女子大生5人と、そのお母さんらしき2人の年配女性と一緒でした。水曜の晩、先生から電話があり、「明日、彼女たちと夕食をしますので能丸夫人もご招待したいのですが」と、嬉しいお誘いを受けました。

そこで今晩は、快諾してくれた夫と母に紘右のことを頼み、ヨット倶楽部という会員制のレストランで、ディナーをしてきました。なぜか昔は、ヨット倶楽部に行く機会がたびたびあり、その有り難みも薄れていたのですが、気が付くと最近は3年くらい行ったことがなく、思わず道に迷ってしまいました。

久しぶりに食べるヨット倶楽部の食事は豪華で美味しく、久しぶりに話す女子大生は明るく素直で、おまけに皆とてもきれいで、思わぬ楽しい時間を過ごしました。本当は、笑えるエピソードもいくつかあったのですが、彼女たちにこのHPを教えてしまった手前、名誉のため書けません。残念。


2002年9月4日(水) 晴れ

我が家のコンピュータルームには、今、4台のPCがあります。そのひとつは、今から9年前、結婚してすぐに買ったPCで、当時、70万円もしました。それは、ペンティアム90メガ。メインメモリー96メガ。HDが4ギガという、今や骨董品のようなPCです。今日、「もうこれは捨てよう」ということになったのですが、フリーセルとピンボールゲームしかやらない母ならまだまだ使えるということで、二階の母の部屋に運び込みました。大喜びの母にガンガン遊んでもらって、PC冥利に尽きるというものです。

しかし私がMacを使っていたころ、たった100メガのHDを10万円も出して買ったのです(当時のラブレターEメールが保存されていたりするので、今もどこかに置いてあります)。そのころはまだ、9インチのFDを使っている人もいたといっても、そんなもの知らない人が多いことでしょう。こんな昔話をして、年がばれるというものです。


2002年9月3日(火) 晴れ

以前、ローズアップルという実がなる巨木がありました。たくさんの実が落ち、ショウジョウバエがわくので、3年ほど前に根元からバッサリ切ってしまいまいました。ところが、その落ちた実から、勝ってにローズアップルが恐ろしいくらいに発芽して、今、我が家の裏庭は、ローズアップルの逆襲にあっています。

庭仕事の労苦のひとつは、そのローズアップルの苗木を抜いたり、切ったりすることでした。熔岩の間から出ている、一本のローズアップル(だと思った)をハサミで切ったとたん、シナモンのいい香りが辺りに広がりました。びっくりしてよくみると、葉っぱに3本の太り葉脈が通り、ローズアップルとは明らかに違います。インターネットで調べたところ、シナモンの木でした。大きいのはうっかり切ってしまいましたが、気を付けて探したら、離れたところに、更に4本見つかりました。嬉しくなって、これからシナモンの木を大事に育てることにしました(でも少し、驚異的に増えそうな、悪い予感もします)。


2002年9月2日(月) 晴れ

Labor dayの祝日でした。

掲示板にも書いてきましたが、ここ何年もほっとらかしにしていた、家の裏側にある巨大シダ(高さが2mくらいある)の茂みの草取りを4日掛けてやり、今日やっと終わらせることができました。パチパチ。最初は、ヘクソカズラというツル草があまりに繁殖し、一本のシダ全体にからみついて枯らしてしまいそうだったので、それだけ取ろうと思ったのがきっかけた。でも、やり始めると徹底的にやりたくなる性格が災いし、ここ数日、庭仕事ばかりする羽目になりました。ツル草ばかりでなく、「ごぼう」と私が名付けた、地中を太い根が縦横無尽にはびこる草など、熱帯雨林に生えると思われる大きなしぶとい雑草ばかりでした。夫の1.5トントラックで3回捨てに行ってもらったということは?・・・4.5トンの草を取った!−まさかね。でもすごい量でした。

シダの下には、美しいアンスリウム、欄、カトレアなどを育ています。今まで雑草に埋もれていたそれらを救出しました。これからはここまでなる前に、草取りしてあげるから、みんな元気になってね。

先週のお客様たちと一緒に、ボトルがお洒落なイタリアの白ワイン(通常の2倍入っている)を開けました。そのボトルを花瓶にして、アンスリウムを生けてみました。懸念だった庭仕事が終わり、ほっと落ち着いた気分になりました。

【今日の紘右】

キッチンのキャビネットを紘右が勝手に開けないよう、今、観音開きの扉の持ち手にゴムを掛け、扉を固定しています。料理をしている最中、そのゴムをいちいち掛けるのが面倒くさくてぶらんとさせてたままいると、キッチンに入ってきた紘右が、満身の力を込めてゴムをひっぱり、両方の持ち手にゴムを掛けてくれます。それ、紘右が扉を開けられないように付けてるんだけど、やってくれてどうもありがとね。


2002年9月1日(日) 晴れ

ほぼ一日、庭仕事で終わる。