2004年8月

 

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海王丸

 


2004年8月30日(月) 晴れ

ペンキ屋さんの費用には、物をどけて、また戻す(←これは疲れる作業です)という料金も含まれています。しかし、キッチンだけは自分たちで物をどけなければなりません。最初からそういう約束でした。きっと、食器は割れたりしやすいので、お客さん自身にしてもらうことになっているのでしょう。

朝から、自分がもっている物の多さを罵りながら、ひたすら食器棚から物を出していきました。でもまだ終わっていません。もう明け方の3時です。何としても朝までに、キッチンをからっぽにしないと!

(火)のヨガは、きっとまた死体のポーズでぐーぐー寝てしまうでしょう。それでは、次回は金曜日に。


2004年8月29日(日) 晴れ

ペンキの塗り替えは、来週いっぱいで終わる(本当?)ということです。とにかく、ペンキ屋さんが来始めて1ヶ月を超えたというのに、作業はずっと続いています。 すでに私の日課となっている毎夕方の大掃除は、やっぱり大変です。この火曜からは、一番大物、キッチンの塗り替えに取り掛かるそうで、ペンキ屋さんとの協議の結果、3日間、家から逃げ出すことにしました。 −とうことで、次の日記の更新は、金曜日になりそうです。

私は、うちに作業に来ている4人もいい人たちで好きですが、元締め(社長ですね)の大ボスのファンです。大ボスは、1週間に1回くらい、仕事のチェックにやってきます。大ボスが来たとき、いつも働いている4人に緊張感が走るのがわかります。それもそのはず、大ボスは、「ここ、やり直し!」と注意したり、先延ばしにしているところを目ざとく見つけ、「今すぐペンキを買ってきてやりなさい」と指示したりします。

大ボスは、70歳くらいのおじいさんで、実にカッコイイ年の取り方をしています。そして、センスのよさがにじみ出る服装をしています。シルバーグレーの長髪を一本に結び、耳には片方だけピアス、いつも格好いい帽子を被り、それが よく似合っています。最初に大ボスを見たとき心の中で、「うわー、ペンキ屋さんというのは芸術家なんだ。こんなセンスのいい人に頼んだら安心だ!」と思いました。

大ボスは、「キッチンのペンキは油汚れが付かないように、表面がつるっとしたものがいい」とか、「リビングの天上は、ざらっとした光らないペンキを使うと上品になる」など、専門的で的確なアドバイスをしてくれます。

でも、そんな大ボスと私は、屋根の色を塗るとき大変にもめました。彼は、「この薄いブルーの壁には、薄いグレーの屋根の色が合う」といい張りましたが、私は、どうしても濃いグレーにしたくて、「この色」と見本を指すと、「これじゃあ黒だよ!合わない」と、対立してしまいました。しかし最後に強いのは発注側。結局、夫の賛成も得て、大ボスが大反対 だった、「黒」といわれた濃いグレーで屋根を塗りました。でもそのときから私は、「大ボスに、アドバイスを受け入れないいやな客」と思われているだろうなと 、ちょっとだけ気になっていました。

ところが、大ボスがやって来て、「屋根の色に関しては、私の間違いだった。この濃いグレーの屋根は壁の色に実によく合っている」と、絶賛してくれたのです。やったー!私は絵の先生に 作品を褒められた生徒のように、飛び跳ねて喜んでしまいました。ペンキを全部塗り終わったら、新しく生まれ変わった我が家の写真を公開しますね♪


2004年8月28日(土) 晴れ

約一週間、山に泊まり込みだった夫をお迎えに、マウナケア山麓まで行きました。夫は、夜、4200mの山頂で仕事し、朝、2800mのハレポハクまで降りてきて、天文関係者用の宿泊施設で眠るという生活をしていました。山頂は、空気が地上の6割しかありませんから、眠ってはいけません。眠ると呼吸数が減り、体に取り込む酸素が減り、脳細胞が破壊されるといわれています。

夫から、相当疲れているし、アメリカ式の食事に嫌気が差しているとメールが来ていたので、心を込めて和食の弁当を作って行き、分岐点まで降りて(そこで標高2000mくらい)、ランチと昼寝をしてもらいました。それからヒロに戻りました。ヒロは爽やかな風が吹く、いいお天気で、夫は、「やっぱりヒロはいいな」と、くつろいでいました。


2004年8月27日(金) 晴れ

懺悔します。数日前、グリーンハウス・ガエルが死んでしまいました。いつもいる石の下にカエルがいなくて、「大変、逃げちゃった」と思ってよく見たら、もう煮干しくらいに干からびていて、土と見分けがつかな くなっていました。水が足りなかったのだと思います。カエルくん、ごめんなさい。

青虫といい(慣れないコナのホテルで脱走し、チェストから墜落死)、このカエルといい、私には小さな生き物を飼う資格はありません。もう二度と飼いません・・・ 飼わないようにします。というか、ことカエルに関しては、飼ってはいけないのです。

実は、『グリーンハウス・ガエルを飼育している』と、日記に書いたら、「増えすぎで困っているカエルを許可なしに飼うことは、ハワイでは禁止されている」と注意されてしまったのです。でも、元いた場所に戻すわけにもいかず(それも違反)、かといって、殺すこともできず (既に特別な情が)、寿命がつきるまで(たぶん、そんなに長くないだろうと)、餌と水をあげ続けようと思っていました。でも面白半分に捕まえて飼ってしまったことを後悔していました。

今も夜になると、「あ、虫をあげなくちゃ」と思い出し、「私が殺してしまったんだ」と反省します。


2004年8月26日(木) 晴れ

みなさんは、自分の健康のバロメーターを何で計りますか?朝、最初のいっぱいの水の美味しさ?(以前、私はそうでした)ビール?たばこ?−今の私は、コーヒーの味です。体調の悪い日は、体がコーヒーを受け付けません。今日のコーヒーの美味しかったこと、そして、チョコレートも!今日は体が、「わたし、どこも悪くありませんよぉ」といっている感じでした。

午前中、ヨガに行くと、どのポーズをしてもびしっと決まる。そして気持ちいい。最後の死体のポーズでは、もちろんぐっすり眠ってしまいました(本当は瞑想しなくてはいけないのに)。先生に、「サバーシャで眠っていらっしゃるお顔が、観音様のようでした」といわれ、喜ぶべきか?ヨガが終えると、血液がさらさら流れてることが伝わってきました。

それから11時半のアポがあるホームドクターのところへ行きました。思い返せば、体調が変でここに駆け込んだのが7月26日。それから、検査、検査で、その検査の結果を聞くのがやっと今日。その間、薬の一個ももらっていません。病気かどうか知るだけでも1ヶ月掛かるのです。その上、11時半前にオフィスに着いたのに、順番が来たのは午後1時。すべて待たせすぎ。

そして先生には、「どこも悪くありません。甲状腺も異常なし。鉛中毒にもなっていません。健康そのもの」そういわれて終わりでした。それで終わりですか?でも、『健康』と太鼓判を押していただいのですから、感謝しなくてはいけませんね。これからは、もうちょっと、大らかに生きることにしました。家の中が多少汚くても、気にしないことにしました。


2004年8月25日(水) 晴れ

昨日、コナから元気に帰ってきて、そのままSumikoも一緒に夕食を食べ、「そうだ。2階の様子を見てくるから、紘右を見ててね」と、2階の寝室に行ったら・・・がーーん・・・寝るところがありませんでした。

この火曜も、室内(今は2階)のペンキ塗りの作業は続いていたのでした。2階には寝られる部屋が3つあります。最初に作業に取り掛かったマスターベッドルームは、ペンキ塗り たてで臭い。いつも紘右が寝ている部屋は、漂白剤の臭いと、ベッドの上に荷物が載せてあり、それをどけるのが大変そう。紘右の遊ぶ部屋にもソファーベッドがあるのですが、その部屋は、荷物がぎっしり入っていて、足を踏み入れることさえできませんでした。

しばらく考え、一番楽なのは、マスターベッドルームを掃除し、ペンキの臭いを抜くために、相当冷え込むだろうけれど、窓全開(ヒロでは、夏でも窓は閉めます。寒いんです)で眠ることです。そこで、マスターベッドルームを大急ぎで掃除し、紘右には腹巻きをし、ごっそりと羽布団を掛け、窓を全部開け放って寝ました。夜中、何回寒くて目が覚めたことでしょう。ああ、寒かった、ぶるぶる。ハワイの夏は、朝夕は大変に冷え込みます。


2004年8月24日(火) 晴れのち雨

・・・コナに行ってきました。週末、2回続けてコナに泊まりがけで行っていたくせに、ガソリンがこんなに高くなっているくせに、どうしてもコナに行きたくて、行ってきました。理由は・・・

1.週末に見つけた、KENICHIという新しい日本レストランが素晴らしくて、平日にしかやっていないランチをどうしても食べてみたかった。→ランチスペシャルの「 ダイナマイト・シュリンプ」。見た目はゴージャス、味も最高でした。

2.8/23〜29にしか使えないコスコの割引券で、買いたい物があった。→しかしこれはコナまで2時間半、高いガソリン代をかけて買いに行き、本当に得しているのか?−と考えると空しくなるので、「あー安く買えてよかった」とだけ考えることにする。

今回は、一人ではなく、Sumikoと2人で行きましたが、長い道中も、おしゃべりしていたらあっという間で、またランチも2種類を交換したり、ドトールコーヒーでお茶もしたり、とても楽しかったです。Sumiko、また行こうね♪

ドトールコーヒーのスタッフに、「そういえば、能丸さんが植えたコーヒーの木(2年ほど前に植樹したもの)、弱っているんですよ。他の回りの木は元気なのに、植え替えますか?」といわれました。お隣りが、スケート選手だった渡辺絵美さんの木なのですが、Sumikoに、「そりゃ栄養を吸い取られちゃったんだよ」といわれ妙に納得しました。渡辺絵美さん、お手柔らかに。

水曜日に、モーニング娘。の一部が撮影に来るそうで、一日違いでした。


2004年8月23日(月) 晴れ

最近、ちあきのホームページへのヒット数が急に増えました。これまでは、ウィークデーが200くらいで、週末はぐっと少なくなる(きっと会社でしか見ない人がいるから?)というのが長く続いていましたが、8月の半ばくらいから、平日に240人くらい来てくださるようになりました。嬉しいけれど、なぜでしょう?知らないうちにどこかのサイトで紹介されたのでしょうか?

兎に角、たくさんのご訪問者様に深く感謝申し上げます。これからもより、ハワイの田舎らしい愉快な生活について書き続けたいと思っております。


2004年8月22日(日) 晴れのち雨

以前から、モッツァレラ・チーズが大好きな私でしたが、先日、イタリアから取り寄せたという水牛乳の最高にいけてるモッツァレラ・チーズを食べてから、どうにかハワイ島で入手できる一番美味しい(ましな?)モッツァレラを見つけたいと、片っ端から買っては食べていました。しかしどれも、アメリカ産の牛乳から作られた物ばかりで、これという物には出会っていませんでした。

ところが今回、コスコに行ったら、何と、アメリカ産ではありますが、バッファーローの乳から作られたモッツァレラ・チーズが手に入ったのです。崩れるような柔らかさ、舌触り、爽やかな中にある濃くのある味、これぞ水牛乳のモッツァレラ・チーズ。残念ながら、レストランでいただいたイタリア産にはちょっと敵いません が、でもこれから今まで以上に、コスコに行きたくなりそうです(ヒロにコスコができるという噂もあります、できてー!)。

今、モッツァレラを使って作る、簡単で美味しいスパゲティにはまっています。手抜きしたい主婦にはお薦めなので、レシピを紹介します。4歳の紘右も、夫にも好評なスパゲティです。

 1.スパゲティを茹でている間に、
 2.モッツァレラを2cm角に切り、オリーブオイル少々、塩、こしょう少々をまぶしておきます。
 3.トマトを2cm角に切り、オリーブオイルで、ガーリックと一緒に炒め、トマトに軽く火を通し、塩こしょうで味を調えます。種なんて取りません。それで出てきた水分がスパゲティに よく合います。
 4.フレッシュなバジルを洗っておきます。
 5.アルデンテに茹でた麺をお皿に盛り、各自の好みで、チーズ、トマト(汁も一緒に)、バジルをのせます。
 6.私はさらに、マウイ・オニオン(さらさずに食べられる玉葱)、バルサミコ酢、カイエンペッパーを掛けます。

以上、本当に味付けは塩こしょうだけ?と思うような、 こくのあるスパゲティになります。今の私、これを毎日食べても飽きないかもしれません。あ、分量がないですね。だいたい、3人だと、トマト3つ。モッツァレラやや少なめか同量くらい。 いい加減でごめんなさい。 


2004年8月19日(木)〜21日(土) コナ滞在

8月に入ってから本当に慌ただしく、ここら辺で一度息抜きしようということになり、思い立ってコナに行き、2泊3日の休養をしてきました。たびたび贅沢はできませんから、お手ごろ価格のスペシャルが出ていた、キング・カメハメハ・ホテルにしました。 夫と子供はプール三昧。私は、ウインドーショッピングと読書三昧でした。あー、のんびりしました。まだまだ続くペンキの塗り替えも、元気で乗り切ります。


2004年8月18日(水) 晴れ

ペンキの塗り替えは、今は室内に移りました。まずはあまり使わない部屋からということで、リビングルーム、ダイニングルームから作業を始めました。剥がれかけている古いペンキをサンダーで削り、それからペンキを塗り始めます。我が家は、廊下というものはなく、横に続いた部屋を抜けて移動していく構造です。作業中は、この真ん中にある2つの部屋に入れませんから、ここ数日、昼間は 2階に行くこともできず、キッチン、コンピュータルーム、紘右の遊び部屋の3つしか使うことができません。

ペンキ屋さんの4人(ずっと同じメンバー)は、毎朝8時前に我が家に到着。車の中で朝食を食べてすぐ作業に取り掛かり、10時に休憩、12時にランチ、夕方4時くらいには帰っていきます。この8年、いろいろな人(床削り、大工、水道屋、電気屋)が我が家に入りましたが、こんな気の良い人たちは今までいませんでした。いつの間にか、私を「ちあき」、夫を「じゅに(←じゅんいちといえない)」と呼び、いつも笑顔で挨拶してくれます。その上、みんなハンサム(関係ありませんが)。

日本で大工さんや庭師さんが入っているときは、家にだれかいて、お茶やお菓子を出しますよね?ハワイではワーカーがクーラーボックスに自分たちで冷たい飲み物を用意してきます。以前、日本の 感覚でお茶とお菓子を出したら、とても驚かれました。最近はこちらの習慣に従い、何も出しません。ペンキ屋さんたちは長期戦なので(すでに1ヶ月近い)、私は鍵を彼らに預けて出掛けてしまいます。彼らのことは全面的に信用しています。

彼らは仕事がていねいで、毎日、掃除機、雑巾で部屋をきれいにして帰ってくれます(しかし、私にはそれでも不十分で、もう一回床を全部拭きますが・・・)。昨日、カーテンが外してあったので、今朝、「カーテンは洗いたいから、窓に戻さずそこに置いておいて」と声を掛けると、何と、カーテンについていたフックを外し(これが指が痛くなるくらい大変なのです)ビニール袋に入れ、カーテンは洗濯機のところまで持ってきてくれました。うううっ(喜びの涙)、優しい、主婦泣かせ。

その上、「ちあき、冷蔵庫に寿司を入れておいたから、食べてね」といわれ、見たら、いなり寿司が入っていました。ありがとう、偽キアヌ・リーブス。こんにゃくのお礼?

− というのもこの間、こんにゃくをキッチンで切っているところに通りがかり、「一体これは何?イカ?生まれて初めて見た」と興味津々で聞くので、「芋からできててる」と 袋を見せて教えてあげました。田楽にして持っていってあげると、恐る恐る食べ、美味しいといっていましたが、本当にそう思ったかはなぞです。

彼らへ支払うお金は、事前に決まっています。だから仕事が長引けば長引くほど、時給が下がっていくことになり、できるだけ早く仕事を終わらせたいはず。なのに、カーテンのフックまで外してくれたり、ペンキ塗りもていねいだし、毎日、彼らなりにできるだけ掃除していってくれたり、私は彼らの働きぶりに脱帽です。4人でいつも楽しそうに仕事しているし(これはとても大事なこと。いやいや仕事している人の様子はすぐわかります)、4人が仲良しで(これも、いがみ合っている人同士ってすぐわかります)、いつまでもうちに仕事に来て欲しいくらいです。

ヒロで一番高いペンキ屋さんだと聞いていました。でも、中と外合わせて、25,000ドルというのも高いと思えなくなりました。いい加減な人に頼むと、途中で来なくなったり、物がなくなったりすると聞きます。ヒロ在住でペンキを塗り替える方、彼らをお薦めします。


2004年8月17日(火) 

日本にいるときから、私は車の運転が大好きでした。でも日本にいるときは、一人でドライブするより、だれかと一緒に、走る車の中という快適な空間を共有することが好きでした。ヒロに来て、だれもが一人一台車を持つ場所で、否応なし一人でドライブすることが多くなりました。

お気に入りのCDを掛けながら、すれ違う車もいないような道をひたすら一人で走っていると、亡くなった母のことを思い出します。母が元気だった最後の日、昼間に何で2人であんなに大笑いしたのかな・・・夜、母の横で酔っぱらって寝ていた私を揺り起こしてまで、隣の部屋に追い出したのかな・・・そのとき、私は母に、「おやすみなさい」といわなかった・・・

ここで涙が頬を伝わってきますが、運転しているのでそのまま流しっぱなし。だれかが、こういう涙は、ストレスも流し去ってくれるといっていました。普段、人に母の話をするとき、もう泣かずに話せるようになった私ですが、一人で運転する車の中でだけ、まだ泣いてしまいます。

来月は、もう三回忌です。


2004年8月16日(月) 

この8月から、紘右がスイミングに通い始めました。赤ちゃんのころから水好きだったので、1回30分ですが、週3回(月水金)もプールに入れて大喜びです。

クラスは夕方4時半から始まり、それまでに水着を着てプールサイドで待っています。4時からのクラスの子供たちが元気に泳いでいます。時間となり、4時半の子供たちがやる気満々でプールに入ろうとすると、「今日はこれでプールを閉めます!」と、コーチからストップが掛かりました。???

コーチがゴーグルをつけ、必死で、プールの底をかき回しています。???
網に入って上がってきたのは・・・うんち。それは入れませんね。

しかし、すっかり泳ぐつもりだった子供たちの気持ちを、他のことに反らせるのが大変でした。うちは、ヒロ・ホームメイド・アイスクリームを食べに行き、どうにか収めました。


2004年8月14日(土)〜8月15日(日) 

夫の友人家族がコナに遊びに来るということで、私たちも1泊でコナに行ってきました。日本のお盆と重なっているせいか、ホテルも満室、レンタカーも少なくて (彼らは15人乗りのバンしか借りられなかった)、夕食するところを見つけるのも大変という状態でした。

遊びにいらしたご夫婦は、2人とも夫の中学時代の同級生(すごい!長い恋愛を成就?)なので、夫が本当に嬉しそうにしていました。ハワイに遊びに来る私の友人と、夫の友人の比率は、9対1くらいなので、私も心を込めてアッシー君をしました。

さて、ヒロに戻ってきて、コナに行く前に、もうちょっとで食べごろ−と、楽しみにしていた庭になっていたホワイト・パイナップルがなくなっていました。我が家にしては珍しく大きい、今年、一個だけ実ったパイナップルでした。ああ、無情!財布からお金を抜き取られたときと同じ、金額的には大したことがなくても、心の中にどんよりしたものがたまります。

夫にいうと、「警察に届ければ新聞に載るよ。『パイナップルを取られた』とか、『何も取られていないけれど、確かに人が入った形跡がある』って、よく出てるじゃない」と、いわれました。私が、「さすがに警察には届けないけど、今度パイナップルが 生ったら、『これは心込めて育てたものです。お願いですから持っていかないでください』ってカードを付けることにする」といったら、夫に、「そんなの、美味しいに違いないって、もっと持っていかれるよ」と 、笑われました。

最近、日本の農家でも作物を取られる被害があることを思い出しました。慈しんで育て、もう少しで収穫だと楽しみにしていた物を取られるのは辛いことです。


2004年8月12日(木) 晴れ

昨日、今日の2日間、ヒロ総合病院で検査を受けてきました。どちらも日帰りの検査です。

事の起こりは、ペンキの塗り替えが作業が始まってすぐ、カビ取り剤の入った水を頭から浴びたことだと思います。それから、ブリーチの臭いが充満する家の中に数日いたこと。削った古いペンキに鉛が入っていると思い(調べたら、ペンキに鉛は含まれていませんでした)、神経をすり減らし徹底掃除を続けたこと。7月の終わりは心身共に疲れ果てていました。

すると、まず肩のリンパ腺が痛み始め、次に大地がぐるぐる回り、体が怠くて横にならずにはいられなくなり、耐えきれずにホームドクターに行ったのが7月26日。翌日、血液検査。その結果をドクターに教えてもらったのが一週間後の8月2日。そして、甲状腺に異常を示す低い血液数値が出て(つまり、バセドウ病の疑い?)、8月11、12日とヒロ病院で精密検査を受けることになりました。そして次に、この結果をドクターが教えてくれるのが、8月26日 です。ハワイの医療システムってどうなっているのでしょう?ここまで来るのに、1ヶ月も掛かるのです。重病だったらどうしてくれる!?

・・・と、憤慨していたのですが、昨日、ヒロ病院でMRI検査の写真を撮ったスタッフから、「甲状腺には全く異常なし。きれいな蝶の形してる。なんで精密検査受けたの?」といわれ、 その映像も見せてもらい一安心しました。目眩がしたり、リンパ腺が痛かったのも、7月の終わり の数日だけで、その後は、至って元気にしていましたし。

8月26日にドクターに見てもらうまでは、本当に大丈夫かわかりませんが、とにかく、心に重くのし掛かっていた憂鬱ごとがなくなりました。 今まで健康だっただけに、病気かもと思うと気が滅入ってしまいました。HPを見て、心配してメールをくださった方にも感謝しています。そして、生まれて初めて血液検査で引っかかり、一番落ち込んで電話したとき、「甲状腺の病気?だから大女なんだ」と 、笑った××子!もしも、××子が落ち込んだときには、同じように熱く励ましてあげるからね。


2004年8月11日(水) 晴れ

日本でもちょうど封切りになったという「華氏911」を観てきました。噂には聞いていましたが、観ている人たちが拍手したり、野次を飛ばしたり、そして映画館の出入り口には選挙登録申し込みデスクもありました。アメリカ人と、英語が堪能が日本人の友達2人で見に行きましたが、私たち日本人3人には、アメリカ人が笑うツボが理解できませんでした。

ブッシュとゴアが4年前の大統領選挙で争い、次の大統領はゴアかと思っていたら、どんでん返しでブッシュになった不思議な経験をハワイでしていたので、そのときのことを思い出しました。 亡くなったハワイ州のミンク議員の「この選挙は投票操作が行われた」と発言する映像もありました。リッキー・マーチンが空港で待ちぼうけしているシーンで騒いだのは私だけでした。余りにも胸が痛む映像、難しすぎて理解できなかった内容など、映画に関して はコメントする力量はありませんが、この映画を見に行くことはお薦めします。「華氏911」を上映する映画館があることが、アメリカがまだ救われるところだと思います。


 

2004年8月10日までの約2週間のできごと
 

  【シロアリ退治】 

半年以上も前にやったシロアリ定期チェックのとき、業者から、「シロアリは見つからなかったけれど、テントをもう8年くらいやっていないから、一度やった方がいいでしょう」といわれ、どうせなら、6月のシロアリ大量発生シーズンが終わってから−ということで、 去年、この8月に予約を入れておきました。 そんな先のこと・・・と忘れていたのに、あっというまにその時期がきました。

ハワイでは以前、液体性の強い駆除剤を撒いて、それから数年シロアリがつかないような処理をしていましたが、環境を考え、現在は、家をすっぽりテントで覆い、丸一日揮発性のガスを充満させ、その 時点でいるシロアリのみを殺すという方法になりました。これをやると、そのときいる全ての虫が死ぬので、アリや、ゴキブリ、ダニなどもいなくなるという オマケ付きです。

24時間ガスを散布した後はテントを外し、窓を開け、5時間後くらいには家に戻ることができるといわれました。でも、昼までガスが充満していた部屋で眠るのは気持ちのいいものではないので、私たちは、2日間ホテルに泊まりました。


 8月4日(水) 揮発性のガスは、乾いた物には残留しないのですが、水気があるとガスの成分が入り込んでしまうということで、この日は、いろいろなものを家から出しました。全ての食料品(缶詰、瓶詰めを除く)、化粧品、薬、石けん、洗剤、観葉植物などなど。ほぼ一日がかりで、4軒のおうちに、いろいろなものを避難させてもらいました。

 8月5日(木) 今日から2泊3日でホテル滞在なので、その用意もしなければなりません。「テントを張りに10時半くらいに行きます」といわれていたので、朝、のんびりしていたら、9時には業者が到着し、私たちは追い出されました。黄色と水色のストライプのテントですっぽり覆われた我が家。とてもシュール。

 8月6日(金) テント終了。窓を開けに室内に入ると、小さな虫がいっぱい死んでいます。何かしら虫がいるのがハワイの家です。再び戸締まりをし、今晩もホテルに泊まりました。

 8月7日(土) ガスの成分は、衣類や食器には残らないということですが、友人に聞くと、「衣類を全部洗濯した」(←本気ですか?)とか、「食器を片っ端から全部洗った」といいます。私はそんな大変なこと はしません。食器は、今は使う直前に洗っていますが、そのうち忘れてしまいそうです。

 

  【日本からのお客様】

卒業した学校のメーリングリストに2年ほど入っていたら、小学校3年生のときの担任の先生とメールのやり取りをするようになりました(先生も同じ学校の卒業生です)。こういうのがインターネットの醍醐味です 、小学校のときの先生とメル友になれるなんて!そして、今回は、先生とそのご家族が5人でヒロに遊びに来てくださいました。 旅行の打ち合わせを電話でしたとき、「まあ、声が大人になってる!」と、驚かれました。ヒロで姿を見たとき、大きな大人(170cm)になっていて、驚かれたでしょうか?

到着した日は、ハワイで着る服の買い物。翌日は、ヒロと近郊の観光。3日目は、火山見学(しかし残念ながら、流れる熔岩も、海からの蒸気さえ見られませんでした)。4日目は、午前中マウナケアに行き、そのまま 先生ご一行はカウアイ島へという過密スケジュールでした。

先生、今度はもっと長く、ハワイ島に滞在してくださいね。まだまだ紹介したいところがたくさんあります。

 

  【海王丸の寄港】

 青空にすくっと伸びる海王丸のマスト。

学生のビザ問題を克服し(どうやったかは知りません)、今年も日本の美しい帆船・海王丸がヒロにやってきました。5日には、全員を招待して地元での歓迎会(フラ、日舞、ラインダンス有りの派手なもの)がありました。そして日曜の夜は、今度は船上のパーティーに招待していただきました。

この船上パーティーには、日本から持ってきた貴重な材料で、ヒロでは滅多に食べることができない素晴らしい日本食が食べられ、船の中を見学できます。このパーティーは、船の偉い人しか出られないし、招待されるのも海王丸のお世話をした一部の地元の人だけです。うちの夫が、ヒロの日系人会に入っていて歓迎行事の一部をお手伝いしたので、お招きに預かりました。

そして、翌月曜日は、これも恒例の出港式を見に行きました。今年は自分のカメラで、いい写真が撮れました。

 

  【ペンキ塗り替え】

家の外壁はほぼ塗り終えました。屋根の色がなかなか決められず、お試し塗りを7回くらいしてもらい、やっと濃いグレーを塗ってもらいました。ペンキ屋さんたちには、「こんな濃い色にして、家が暑くなるよ」と脅かされていますが、だって素敵なんですもの、濃いグレーが。そんなこというから、暑くなったような気がするではないですか。

いよいよ室内の塗り替えが始まりました。きれいになって嬉しいけれど、ちょっと気が重いです。早く終わってほしいな。