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2005年は私にとって、生涯忘れられない年のひとつになりました。たくさんの方の助けを得て、『極楽ハワイ島の暮らし方』(2005年9月初版、山と渓谷社、1575円)という、ハワイ島 でのロングステイ用ガイドブックを出版できたからです。まさか私が1冊の本を出すことになるとは、夢にも思っていませんでした。 69歳で亡くなった父は、無類の本好きで、家中本だらけでした。「これだけ本を読んでるのだから、自分でも本を出してみたら?」と、娘の私が言うたび、「本を出版するというのは実に大変なことだ。とてもでき ることではない」と諭されてきました。なので、コーディネイター兼校正者である柳沢有紀夫さんから、「ハワイ島の本を執筆しませんか?」と連絡を頂いたとき には、父のことばが思い出され、『あの父ができないと言ったことが、私にできるのか?』と、逡巡しました。 しかしこの先、無名の私が1冊の本を出すという幸運は二度ないこともわかってました。今まで、何かやろうか、止めようかと迷ったときは、とにかく『やってみる』ことにしてきました。 夫も「いい話しだからやってみたら」と言ってくれました。一晩考え、天国にいる父にも、引き留められるどころか、背中を押されているような気がして、翌朝、「喜んでお引き受け します」と返事をしました。 出版行程もよくわからないままのスタートで、構成案から始まり、取材、執筆、データ集め、写真を撮る(一部は、友人たちに素晴らしい写真を提供してもらいました) 、地図作成など、どれも想像以上に大変な作業でした。よく家庭が崩壊しなかった(夫と息子には本当に協力してもらった)、寝込まなかった(胃に小さなポリープ、円形脱毛などは経験)と思います。しかし5月ごろには、「もう絶対に無理!」というスランプにも陥りました。 出版経験のある方に言われました、「執筆の神様が下りてきたら、スラスラ書けるよ」と。確かにスランプを脱してからは、エンジンフル回転でした。ほぼ1日おきの徹夜でしたが、全く苦になりませんでした。『力を出し切った』と言い切れる、全力投球でした。 7月、最後の最後まで、地図作成のためのやり取りが執拗に繰り返されました。それが終わり、編集者から、「校了です。これで全部終わりました」と言われても、「本当に?まだ何かありますよね?」と、全て終わったとは信じられない気持ちでした。やがて、ハワイにいる私に本が送られてくる前に、日本の書店に本が並び、それを購入した友人が写真を送ってくれ、そこで初めて、『本ができた、バンザイ』という、実感と喜びが込み上げてきました。あの嬉しさは、一生忘れられません。
家族、友人、関係者(校正の柳沢さん、編集の中尾さん、藤田さん、また同時発売だった、ポルトガル・スペイン編の執筆者)など、多くの人に支えられて『極楽ハワイ島の暮らし方』を出版できました。本を読んでくださった方にも深くお礼申し上げます。どうもありがとうございました。 2005年は、ハワイがわたしの人生に、さらに深く入り込んだ年でした。
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