2005年3月17日(木) 晴れ
今朝の新聞を見たら、斜向かいの、いつもクッキーの作り方を教えてくれるおばあさまが一面トップに出ていました。何でも庭の木に、ガーフィールドの顔のオレンジができたとか。すぐにマルガリータに電話して、「うちの通りのスターね!」というと、笑いながら、「まだ実物があるから見に来たら」といわれ、新聞をもって写真を撮りにいきました。平和なヒロに万歳!

2005年3月16日(水) 晴れ
今日も本の取材のため、釣り好きのTさんに教えて頂いた、TokunagaとItsu釣り具店に行ってきました。私もヒロに来た当初は、何回か釣りをしたことがあり、我が家にも釣り竿があります。しかし最近は、猫用おもちゃと化しています。
『釣り人に悪い人はいない?』と思うような、どちらも本当に人のいい店主で、「本に写真を載せたいから」といったら、最高の笑顔で写真を撮らせてくれました.。Itusのおじいさんが夢中になって釣った魚の写真を見せてくれ、まるで少年のように瞳をきらきらさせ(可愛かったです)、『釣りってこんなに人を夢中にさせるものなのか』と、私も釣りを再開したい気分になりました。
本執筆のための取材、毎日とても楽しいです。
2005年3月15日(火) 晴れ
留守中、私が管理を任されている白沢さんの家に、住む人が見つかりました。この方も、白沢さんたちのようにその業界では有名人。アマゾンの先住民としばらく暮らした、小浜由美子さんといいます。ランチは、由美子さんと母と私でしましたが、もうアマゾンの話にはびっくりしました。白沢さんといい、小浜由美子さんといい、何だか、自分がとても普通の人であることを感じました。
2005年3月14日(月) 晴れ
取材のために、今日はヒロを走り回りました。で、久しぶりに行ったお気に入りのお店で(行くと、こうなってしまうので、長く行かないようにしていたのに)、大好きなワッペンを見たとたん、ミイラ取りがミイラになってしまいました。おばさんが勧めてくれた椅子に座り、空のバケツも出してくれたので、ワッペンをそちらに移動させながら、ときを忘れ、バケツの底まで堪能させていただきました。お買いあげは23ドルなり。宝物。

2005年3月13日(日) 曇り
今晩は、母のリクエストで、餃子にしました。皮は、ヒロで手に入る、水餃子用の肉厚のものです。私はこの厚めの皮で作った、パリッとした焼き餃子が好きです。ところが紘右は、同じ皮で作った、蒸し餃子しか食べません。
作るときも、焼き餃子は私が閉じ、蒸し餃子は紘右が閉じ(蒸し餃子なら、多少口の閉じ方があまくても、中身が出ないので5歳児でもOK)、いつもなら皮1袋分の餃子で丁度ですが、母もいるので、それではちょっと足りません。今日は、2袋分の皮を使い、焼き、蒸し、ゆでの3種類の餃子(閉じ方が違うだけで、中身は同じで簡単)にしました。ガスコンロの火が足りないので、携帯コンロも使いました。
紘右は、やっぱり蒸し餃子しか食べませんでした。母は、水餃子が好き。私は、焼き餃子が好き。夫はまんべんなく食べていました。それにしても餃子って簡単で美味しいですね。ヒロでは材料がすべて簡単に手に入るので嬉しい限りです。
2005年3月12日(土) 大雨
9年近くヒロに住んでいるのに、これまでグリーンサンドビーチに行ったことがありませんでした。『いつか行けるから』と思っていると、そんなものでしょうか。しかし、原稿依頼された本に、是非とも緑の砂浜の写真を載せたいし、母も連れて行きたいしということで、今日は雨の中、お弁当を作ってグリーンサンドビーチへ向かいました。
サウスポイントの側にある駐車場に車を止め、片道1時間も歩けばグリーンサンドビーチに行けますが、四駆のトラックなら大丈夫と聞いていたので、そのまま車で3マイルの道のり
を進んでいきました。轍がついているだけの道なき道ですが、「さすが四駆、楽勝だね」と喜んでいたのもつかの間、「やっぱりすごい道だね」「これはまずいかもね」といった矢先、ぬかるみに填ってしまいました。前進もバックも、ただただ泥がはね上がるだけで、にっちもさっちも動きません。
すぐに紘右が、うわーんと泣き出しました。状況を把握していているのにびっくり。「ぉ、おうちにかえれない」と号泣しています。その通り。紘右を慰め、夫は雨の中外に出て、トラックを押し、私は窓から身を乗り出し、タイヤを見ながらバックさせました。しばらくもがいた末、ぬかるみから出られました。
雨の日にこの道を走るのは、無謀でした。
4人とも、精神的にすっかり疲れてしまい、今日は引き返すことにしました。近くのナアレフの町で、ぐったりしてお茶にしました。ヒロに戻ってから、ぬかるみ
で拾ってきた茶緑色の土を、ストッキングに入れ丹念に洗ったら、泥が落ち緑色の砂が出てきました。
右側はブラックサンドビーチの黒砂です。一緒に写真に撮ると、緑に見えるかな?

2005年3月11日(金) 曇り
コスコで買った箱を開けたら・・・新聞ほどの大きさもある防水シート(おもらし用)でした。間違えて買ってしまいましたが、箱も袋も開けてしまい、もう返すことはできません。一体何に使ったらいいでしょう?
私は、「ゴミ袋の底にいれて、水気とりかな」というと、母は、「ピクニックのときの敷物にいいよ」、ヨガの先生は、「海で泳いだあと、お尻が濡れたまますぐ車に乗るときに。いっそのこと、バスタオルの代わりに腰に巻いたら完璧」。どなたかいいアイデアはありませんか?これが78枚もあるんです。

2005年3月10日(木) 晴れのち雨
昨日の日記に対して、たくさんのメッセージをどうもありがとうございます。こうして一緒に喜んでくださって、まるで家族みたい。胸が熱くなりました。がんばります。
さて、今日は、ここのところ、私が書き仕事に勤しんでいたため、ろくに観光もできなかった母を、コナにつれて行きました。
ワイメアでイチゴを買い込んだり、カワイハエで鯨を見たり、そして、コナでは、いつもように楽しい時間を過ごしました。帰り、ワイメア付近で、こんなにきれいな虹を見ました。何もない草原からのびる虹。車を止めて、しばし二人で見とれてしまいました。
〜虹の彼方〜

2005年3月9日(水) 晴れときどき小雨
先日、初めてといっていいくらいのビッグチャンスが巡ってきたかもしれないと書きましたが、そのチャンスを掴むことができそうなので、早々ですが、いつもホームページを見てくださっているみなさんにもご報告しておこうと思います。
実は、ハワイ島に関する本を一冊書くことになりました。このホームページを立ち上げたときから、それはひとつの夢でした。このホームページを続けてきたからこそ叶った夢ともいえます。もうHPを続けられないと思ったことも何回かありましたが、そういうときに、「いつもHPを楽しく見ていますよ」と、温かいメールをいただいてきました。そして、『やっぱり続け
よう』と、みなさんに元気づけられてきたのです。心から感謝しています。
一冊の本を、自分が書き上げるのかと思うと、わくわくします。また、大きな責任も感じます。愛するヒロ、ハワイ島を紹介するために、精一杯がんばります。本当は、本ができてから書こうかなと思いましたが、やっぱりみなさんには早くお知らせしたくて
、書いてしまいました。まだ、着手し始めたばかりですから、出版は夏ごろになるそうです。どうぞこれからも、叱咤激励、よろしくお願い致します。
ひとことでいうと・・・嬉しい!!!
2005年3月8日(火) 晴れ
コンピュータルームに座っていたら、何かが視界の隅を横切りました。黒っぽかった・・・実はここのところずっと、何かが家の中いることを感じていました。ついに霊が見えるようになってしまったのか、はたまた飛蚊症が進んだか・・・
もう一度、目をこらして見てると、小さなネズミ!これは大変です。家の中にネズミだなんて。すぐにゴキブリほいほい二つを切り合わせて、ちあき式マウストラップを作ってみました。さて、真ん中に置く餌は何にしよう、やっぱりネズミといえばチーズ?エダムチーズのかけらと一緒に、ネズミが走ったデスクの後ろにねずみほいほいを置いてみました。
3秒後、ちうーちうーと小さな声がした気がしましたが、まさかそんなにすぐ捕れるはずはありません。でも、紘右が見にいったら本当に小さなネズミがひっついていました。私ってねずみ取り名人!?いやーこんなネズミが数日家の中をうろついていなんて、ショックです。水につけて安楽死させようと思いましたが、出かけている夫と母に見せてからにしようと、そのままにしておきました。
帰宅した二人もびっくり。さらにびっくりしたのは、夫が、「べたべたから取ってやらなくちゃ」。私、「え?」。
それから夫は、30分くらい掛けて、「お・・・ごめんごめん、耳が痛かったか。もう少しだがんばれ」とネズミに励ましの声を掛けながら、私の力作、ネズミトラップからネズミをはずしました。そして、「ネズミの家ちょうだい」。私、「え?」。
夫の方が情が深い・・・夫が地獄に堕ちたとき、このネズミが助けにきてくれるに違いありません。私は地獄に真っ逆さまです、きっと。

家の中に入ってきたりしなければ、私だってこんなことしなかたよぉ、ネズミ。
2005年3月7日(月) 晴れ
ファーマーズマーケットで、ワイメアのイチゴを買いました。ハワイ島のイチゴが美味しいシーズンです。しかし、こんな大きいのが入っていてびっくり。日本だったら、はじかれますよね。普通のイチゴが9つくらい合体している気がするのですが、いかがでしょうか。

2005年3月6日(日) 晴れのち曇り
ヒロ福岡県人会の新年会がありました、もう3月だというのに!去年、日本の練習船、海王丸の歓迎会に行ったとき、たまたま隣に座った方が福岡県人会の役員で、小倉出身の夫は、そに日からヒロ福岡県人会に入りました。今まで、日系人新年会、練習船歓迎会など、300人ほどの大パーティーには出たことがありましたが、福岡県人会の規模は予想が付きませんでした。
【さて、ここでクイズ】人口約4万人のヒロで、日系人はその三割といわれています。その中で福岡県人会員数は何人だと思われますか?
今日、話を聞いたら、登録している人が160人。今日のパーティーの出席者が100人でした。県人会の規模としては、沖縄、広島、山口、熊本に次ぐ人数のようです。現在、一世から五世までいて、しかし年配の方が多く、若い人は、おじいさん、おばあさんに
付いてきてるという感じでした。みなさん
が手作りしてくださった美味しい料理の数々。とくにデザートは甘さ控えめで素朴で、全種類制覇しました。
2時間半ほどの新年会でしたが、一生懸命やっている人たちの暖かさが伝わってきて感動してしまい、いつもは、「九州は外国」なんていっていた私が、「いいね、いいね、福岡!」と、すっかり染まってしまいました。これから私のこと、福岡県人って呼んでください。
古くからの会員の方に、「年何回くらい集まるのですか?」と聞くと、「役員は何回か。一般会員は新年会一回だけ」と、教えてくれました。だから、3月でも『新年会』なのですね。じゃ、『忘年会』でもいいってことか。とにかく楽しくて、ふくおか・ラブな一日でした。
2005年3月5日(土) 晴れ
午後から、夫と母が、マウナケアに上がりました。今回、紘右と私は里でお留守番。4200mの山頂で見る夕日は素晴らしく(もちろん日の出もに違いありません)、初めて山頂で
の夕日を見た母は大感激で帰ってきました。お土産の写真を見ていたら、思わず、「毎日、こんな美しい景色を見ているドームたちが羨ましい」と、つぶやいてしまいました。だって、こんな景色なんですもの。

ドームたちが、何かを語り合っているような気がしてしまいます。
2005年3月4日(金) 晴れ
ダウンタウンの郵便局に用事がありました。母も、郵便局の側の店で買い物したいということで、午後、一緒に出かけました。まず車の中から店の場所を教え、郵便局に車を止めました。窓口は長蛇の列だったので、買い物し終わった母が郵便局に来るという約束にしました。母は角を曲がってすぐのところにあるお店に歩いて行きました。
長い列は思いの外スムーズに流れ、私の用事もすぐに終わったので、車で母を迎えに行きました。途中、歩いている母がいないことを確認しながら。しかし、店の前まで行くと、さっきは確かに
扉が開いていたのに、今は閉まっています。時計を見ると3時5分。3時に閉まる店だったのでしょう。扉には、中から持ち手に金属の棒が差し込まれ、真っ暗です。
「えー、お母さん、郵便局に来てたんだ」−急いで車で引き返し、郵便局の建物の中をくまなく探しましたが、どこにもいません。壁に、『行方不明者探してください』という顔写真がいっぱい張ってあるのがやけに目につきます。『お母さん、どこに行った?どこを探そう?迷子?』−火山で、母が海に落ちたかと思ったのに続き、心臓がバクバクしてきました。まず店の周辺から探すため、
車は郵便局に置いたまま、走って店に行ってみました。
店の扉にはCLOSEDがぶら下がり、中は暗くてよく見えません。ガラスに顔を押しつけ覗いたら、店の売り子と思われる3人のおばあさんの他に、小柄な人影が服を選んでいるのが見えま
した。『あれ、お母さん!?』。ガラスをコンコン叩くと、一人の
おばあさんがゼスチャーで、もう閉まってる、だめだめとします。それでもコンコンし続け、母を指さしていると、「彼女は特別」というので、「私のお母さん」と、大きな声でいうと、やっと
扉の金属を抜き、中に入れてくれました。母に、
「お母さん!この店閉まってるよ」というと、「えー?」と、全然気付いていませんでした。私が、「買う物決まっていたらお金払って帰ろう」というと、「まだ試着してないから決められない」と。「それなら、明日の朝一番にまた来よう」と、母を促して店を出ました。
夕食後、お店屋さんごっこしながら、紘右が、「おばあちゃんはどんな店が好き?」と質問しました。すると、「おばちゃんはね、遅くまで開いてる店が好き。3時とかに閉まる店は嫌いっちゃ!」といい、
私に、「
あんな店には二度と行かない。もう洋服いらない」と、憤慨していいました。義母がいると笑いが絶えません。
2005年3月3日(木) 晴れ
ひな祭りです。それにちなんだお話をひとつ!
【注意;ちょっと怖い話。怖いのが苦手な人は読まないでください】
ヒロの友達の家に、古い古いおひな様が一対あります。年配の白人の女性が、日本人の知り合いからもらった、昭和初期のものだそうです。見せてもらったとき、おひな様の扇が、手と口元を隠すかのように、ひっくり返っていました。風でなったのかと思い、「扇がひっくり返ってるよ」と、直そうとすると、「あのね、だめなの。何回もきちんと手に持たせても、気がつくとそうなってるの。ちゃんと安定して正しい向きに手に持つんだよ。でも、部屋からいなくなって戻ってくると、必ず扇ひっくり返ってるの。じーっと見てても、ならないの。どうしても、そう持ちたいんだと思う」と、彼女は
ニコニコいいました。
「そ・それって、人が見ていないときに髪の毛が伸びる、お菊人形みたい?」というと、彼女も、「そう。まるでお菊人形みたいなの」と、平然といいます。それから、すぐにその部屋から退散した私です。
ヨガの先生にその話をすると、「人形はね、持ち主の思いがこもるからね。おひな様は、特にね。私のおひな様も、お寺で供養してもらって処分した」といいます。そういわれて、自分のおひな様はどうなっているかなと考えてみたら、実家で仕舞ったままです。来年はヒロにもってきて、紘右の学校に寄付しようと思います。おひな様
たちも、ハワイに来られて喜ぶに違いありません。
【後日談】その古いおひな様は、ひな祭りが過ぎたら、扇をちゃんとした向きで持つようになったそうです。全くもって不思議です。おひな様、そうしたい気分だったのかしら。
2005年3月2日(水) 晴れ
夜中の12時ごろ、私一人で起きていたら、2階から人が下りてきました。夫?母?と思ったら、制服に着替えた紘右でした。そして、「朝早く目が覚めちゃったの」というので、吹き出してしまいました。まだ夜だよと教え、背負って2階に上がり、おばあちゃんのベッドに置いたら、制服のまますやすや寝てしまいました。パジャマは洗濯かごに入れてあるし、洗面所の電気が点いていて、顔を洗った形跡もあります。子供って面白いですね。
翌朝、紘右に、「昨日は、朝早く起きちゃってごめんね」と謝られました。いえ、いえ。
2005年3月1日(火) 晴れ
ダウンタウンにあるタトゥー(入れ墨)屋さんに泥棒が入りました。壁いっぱいに、入れ墨の参考にする絵が貼られ、あとは入れ墨の道具があるくらいで、金目のものはないのに?−と思ったら、タトゥー用の針
は、とても高いものなのだそうです。道具が、一切なくなってしまったそうです。
ここの泥棒は、金目のものを盗んで売って金に換えるより、自分が使いたいものを泥棒します。つまり・・・「入れ墨いれてーなー、んじゃ、道具、盗みにいっか」ということになるので、よく盗まれるものというのが、芝刈り機、大工道具、コンピュータ、オーディオなんかだったりします。タトゥー屋に入った泥棒は今頃、「いてててて」といいながら、自分で下手な入れ墨を入れているのでしょうか。
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