2007年2月

 

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2007年2月28日(水) 大雨

とにかくよく雨が降ります。
近くにワイルク川(ハワイ語で暴れん坊の川という意味)が流れるわが家では、
窓枠がカタカタと、小刻みに振動しています。

そこですることといえば、ひとつ・・・・・・水量チェック!
 

見事です、まるでコーヒーの濁流。

 


虹の滝も、この通り。

 

*2月7日の笑点日記の写真とは大違い。

水の勢いで、滝から強い風が吹いてきます。
それに当たっていると気持ちがいい。


ここから太陽が出てくれば、虹も見られるのに。
青空を、長く見ていない気がします。

 


2007年2月27日(火) 曇りときどき大雨と雷

外に出かけるのもいやになるような大雨でした。
なのに、オデッセイのメンテナンスの予約があり、ホンダに行きました。

帰りがけ、目の前にあるワゴン車で売られている
ステーキ・ランチを買ってみることにしました。

初めて見る店があると、チェックせずにはいられない夫婦です。
こんな道ばたで、焼き肉弁当を売っている不思議。

 
 

ワゴンの中で、ボーボー火をあげ、
強い火力で肉を焼いてくれます。
これは、おいしそう。

   


柔らかいお 肉、新鮮な野菜、ご飯、すべてがたくさん入っていて大満足。
日本人だと、1個を2人で分けてちょうどいいくらい。

「コリアン・カルビ」「てり焼きビーフ」弁当、お薦めですよ。

          *          *          *


ボランティアで、ハワイ島福岡県人会のウエブサイトを作りました。
『第1回料理教室』の最後に、ハワイ島で手に入る材料で作る、
『焼きうどん』と、『だんご汁』のレシピがあります!


2007年2月26日(月) 晴れときどき雨

毎年、庭に2〜3本しか出てこないアマリリスが、
突然、30本近く、にょきにょきと出てきました。

一斉に、見事な花を咲かせました。
混み合ってます。

 


とうとう穴を発見され、そこを針金で塞がれてしまったラブ。

今日は、塞がれた穴を見ては、ちっ!
−と叫んでいました。

外の世界は・・・ばってん ×

  ちっ!


2007年2月25日(日) 晴れのち雨

ラブが、今日は2回脱走しました。
なぜ?なぜ??どうやって???

もううちでは、『マジシャン・ラブ』と呼ぶことにしました。
壁を通り抜けられるようになったに違いありません!

しかし、そんなはずはない。
家族みんなで、鳥かごをよくよくチェックしたら・・・
棒が1本取れています!
いつのまに?

 

この隙間、ラブちゃんの大きさだと、頭をどうにか出したあと、
体を横にし、両羽根を開き、大暴れしないと出られないスペースです。

1回、その姿を見てみたかった気もしましたが、
気が付いたら、そのままにはできません。
塞がせていただきました。

          *          *          *

義母は、長い間、『小僧寿し』で働いていました。
だから、お寿司を握るのは、プロ級です。

今日は、家庭お寿司屋さんをしてもらいました!
パチパチ。

すごいんです。
左手でご飯をちょうどよい大きさに握ると当時に、
右手でネタを取り、ちょちょいのちょい、
形のいいにぎり寿司が並んでいきます。

 


ネタは、マグロ、サーモン、エビ、タコ、イカ、玉子。
最近は、ヒロのKTAで青じそも常時手に入るようになりました。

 
 

紘右が、『まぐろ』というネームプレートをもってきました。
生サーモンは軍艦で。上に薄くスライスしたマウイオニオンをたっぷり載せます。

 


夫は、今日もパンを作ってくれました。
外ぱりぱり、中ふわふわの、会心のできでした。

 


私はと言えば、急に出場できるかもしれないバレーボールのトーナメントのために、
夕方、友達3人と練習をしました。

中・高校生のころ、夢中だったバレーボール。
しかし、それ以来、やっていませんでした。
今日は、軽い練習だったのに、途中から腕が腫れ始め、
今、湿布をしていますが、もう痛くて、左手が使えません。
内出血(いちご状)と打撲。
トーナメント出場もあきらめました。

 

いた〜い。
なさけな〜い。


2007年2月24日(土) 雨

ラブちゃんが、また入り口を勝手に開けて、脱走しました。
そして、夕方、気が付いたら、鳥かごに戻って寝ていました。
ラブちゃんは、手乗りではない、ボタンインコです。
こんな鳥、いるでしょうか?

入り口は、絶対開かないように改良しました。
もう放浪できないぞ!

           *          *          *

夜、イミロア天文センターで、
”Dance in Homage to Poliahu and Pele”というイベントがありました。

ホールには、美しい生け花。
この生け花は、3月28日まで、イミロアのホールで無料で見学できます。

 


ハワイアンの女性がチャント(祈り)を唱えたあと、
男性が、ペレとポリアフの物語を熱く語りました。

 


そして、シズノさんによる、ペレとポリアフに捧げるダンス・パフォーマンス。

とくに今晩のシズノさんは、もう上から何かが降りてきているとしか思えないような、
幻想的で、力強い踊りでした。

 

 

 

 


不思議な高揚感に満たされて、建物から出ると、
別室では、絵画のオークションが開かれていました。

それを外からパチリ。

 


今晩は、なぜかいい写真がたくさん撮れました。
私も、大満足で、帰路に着きました。


2007年2月23日(金) 雨ときどき晴れ

ボーイ・スカウトの集まりが、ワイロア公園のパビリオンでありました。
一年通してのテーマは、『アロハ』なので、
今晩のディナーには、ハワイアンのカフナ(みなに尊敬される賢人)がゲストでした。


カフナが用意してくれた、ハワイアンに関する興味深い資料。

 


こ・これは、伊藤英明のハワイ番組にも出ていらした、有名なカフナ、キモ・ピハナ氏ではないですか!

   


−と思ったら、本人がやってきました。
ひえ〜 ←(ミーハーな私)

次に、 大変に気さくな、カフナの奥様(推定70歳)もやって来て、
「あら、写真見た?英明って、すごいセクシーだったわ!
もう私の恋人よ。口と口で、キスもしちゃったからね、がはは」
と、豪快に笑っていました。奥様もステキ。


今日は、夕食もハワイ・スタイルです。
カルアポーク、ロングライス、ロミロミサーモン、ポイ、ハウピア、
ご飯、ローズ・アップル(果物)でした。

 


ハワイアンの武器を、実際に触らせてもらったボーイズたちは興奮ぎみ。

 


その後、順番にステージにあがり、
これまでの活動を、学年ごとに報告。
そして表彰されて、喜ぶ子どもたち。

 


ステージの写真を撮ろうとすると、
人なつこい女の子がカメラの前にやってきて、
一丁前にボーイ・スカウトの敬礼をします。
可愛すぎる!
思わず、彼女の写真を10枚も撮ってしまいました。

 


集合写真。
ハイ、ポーズ。

   


最後に、カフナと写真を撮るのも忘れませんでしたよ。
肩に手を置かれただけで、癒される温かさがありました。

ハワイの文化をこよなく愛し、
また異国の文化も尊敬しているというお話しには
心から感動しました。

    

しかし、私、でかすぎ・・・
 


2007年2月22日(木) 雨ときどき晴れ

あれ?
ラ・ラブちゃん、なんでそこにいるの!?

 


次は、車の上に、
『えへへ』

 


『じゃ〜ね、バイバイ』 
うっ、足だけ写ってる↓

 


ああ、ラブちゃん、何回目かの脱走。
最近、羽根を切るのを忘れてました。油断していました。

いつも、そこら辺で遊んで、お腹が空くと帰ってきます。
ラブちゃん、今回もちゃんと戻ってきてね!


 【その後・・・】

ラブが逃げ出したのは、お昼ちょっと前でした。
鳥かごの入り口を開けっ放しにし、
何時間かおきに、「ラブちゃん!」と呼んでいましたが、近くにいる気配さえありません。
いれば、ぎぎっと、特徴ある鳴き声がするのですが、それも全くないのです。

もうどっか遠くへ行ってしまったの、ラブちゃん?


夕方6時ごろ、あたりは薄暗くなってきたのに、ラブは未だ戻らず。
でも、みんなで出かけなければならず、
仕方なく、カーポートの電気を点けておきました。

夜8時、家に戻ってくると、ラブが1人で鳥かごに入り、
いつものように巣の中で丸まって眠っていました。
普通、人が近寄ると、目を覚ますのに、爆睡で起きやしません。

お帰り、ラブちゃん!


2007年2月21日(水) 晴れときどき雨

ハワイ島日系人会の会長である、Tommy Hirano氏が、
旭日双光章を授与され、そのお祝いのパーティーがありました。
ナニロア・ホテルのクラウンルームで、それは盛大な祝賀パーティーでした。

旭日双光章は、英語では、
”The Order of the Rising Sun, Gold and Silver Rays”というそうです。
知りませんでしたよ。
 

舞台の上には、アメリカ、日本、ハワイ州の旗が掲げられ、
日本酒での乾杯、万歳三唱までありました。

 


Hiranoさんの首には、レイがいっぱいです。
それも、高級なレイばっかり!

 


夫は、ミエコさんのアロハシャツを着て行きました。

遠くハワイで、日本のことを想っていてくださる日系人の方たちと接すると、
いつも胸が熱くなります。

 


2007年2月20日(火) 晴れときどき雨

肥料もあげないうちのアボカドが、なぜ美味しいのかわかりました。
裏のチャオさんが、自分のオレンジの木に年に4回、たっぷり肥料をあげるそうで、
うちのアボカドったら、ちゃっかりそこに根を伸ばしているようです。

チャオさん、申し訳ない。
そのチャオさんに、「アボカドは、どんどん背が高くなるから、実が取りやすいように
低く切った方がいいよ」と、アドバイスされました。


そこで木によじ登り、思い切って、ノコギリで幹を切りました。
バッサリ、すっきり!

 


この間切ったときは、図らずもハート型になったし、
どうして私って、こんなに木の剪定がじょうずなのかしらん。


↓在りし日の姿の、アボカドの木 

 


2007年2月19日(月) 晴れときどき雨

プレジデント・デーで祝日でした。

最近、車の中が物でいっぱいで、
転がってきたゴミに邪魔されてブレーキが踏めず、
大事故を起こしてしまったアメリカ人がいるという記事がありました。


今日、隣に止まっていた車も、同じことが起きる懸念が・・・

車の中は、生活物資満載。
「 公文」の教材が一番上にありますから、子どもは塾に行っています。
健康タオルは、ちゃんと外に干してありますから、いつでも体洗えます。
ドライバーが窓から腕を出すあたりの塗料がなくなっているのも、
年期を感じさせます。

たぶん家族3人、この車で暮らしていらっしゃいます。
このあと戻ってきて、車の中で食事をしていました。

でもやっぱり、事故が心配ですよ。
いくら住むにしても、車内はすっきり片づけた方が・・・

 

余計なお世話で、ごめんなさい。


2007年2月18日(日) 晴れときどき雨

中国では、春節の年越しに、水餃子を食べる地方があります。
そこで今日は、Keikoといっしょに、和泉式水餃子を作ることにしました
(本当は、ひさしぶりに、この水餃子が食べたくなったという偶然)。

これは3年ほど前、ヒロに住んでいた和泉さんという台湾出身の方が教えてくれた
皮から自分たちで作る本格的な水餃子です。
でも実は、Keikoも私も、その後、一度も作ったことがありませんでした。


夕食に食べられるようにと、午後3時から作り始めることにしました。
張り切ってKeikoの家に行くと、もう、皮をこねて寝かせ、大量の刻み物もしてありました。
Keiko、お母様、ご苦労様でした。


中味は、白菜2個、ニラ、ネギと、野菜たっぷり。
豚の挽き肉、小エビ、干し椎茸も入れます。

 

 
皮は、打ち粉をたっぷり振った台の上で、真っ直ぐなのし棒を使って、丸く伸ばします。
中国の人は、ビール瓶でも上手にするとか。

 

 
餃子は茶巾のように、口を閉じます。閉じるとき、水は使いません。
Keikoが作った皮が大成功で、伸ばすのも、包むのも、とてもやりやすかった。

 


大きなお鍋に、お湯をたっぷり沸かし、
餃子を 入れ、浮き上がってきたら茹で上がりです。

 


あっさりしていて、いくらでも食べれる美味しい水餃子でした。
みんなで、舌鼓を打ちながら、わいわいと食べました。

幸せな夕食、ごちそうさまでした!

 

*皮の白い部分は、打ち粉が付き過ぎのところ。
茹でる前、軽く打ち粉をはたき落とすといいようです。
白くなっていても、味に変わりはありません。


2007年2月17日(土) 晴れときどき雨

チャイニーズ・ニュー・イヤーズ・デー(中国の旧正月)でした。
毎年、獅子舞がダウンタウンを練り歩き、
カラカウア・パークでは、1日中イベントが続き、各種お店が並びます。


朝市の帰り、 爆竹の音がする方へ行ってみると、黄色と黒の獅子がいました。

   
 

獅子の口の中に、お金を入れます。

   


やがて獅子たちも、カラカウア・パークに到着。
いつもは閑静な公園が、今日は人でごった返しています。

   


イベントが始まるのを待つ人々。
もうすぐ、太鼓の演奏が始まります。

   


獅子は出番を終えました。
お疲れ様でした。

   
 

春節のお菓子だけ買い、私たちは早々に引き上げました。
にぎやかで楽しかったけれど、人混みにはすっかり弱くなってしまいました。


2007年2月16日(金) 晴れのち雨

亡くなったミエコさんのお店か家に、花を手向けたいと思い、
義母といっしょに、ホノムに行きました。
しかしもう、ミエコさんのお店はなく、家も別の方が借りていらっしゃいました。

ミエコさんが沖縄に戻られてからの3ヶ月弱、
それは、短くて長い時間だったのだと思いました。

ひっそりとしたホノムのダウンタウンで、あてもなく1軒の店に入ると、
店のオーナーが、紘右のクラスメイトのお母さんで、びっくりしました。
そのお店で、義母が気に入り、カメのチャイムを買いました。
目に涼しく、美しい音色がします。


 

店から外に出ると、午後の柔らかい日射しのなか、霧のような優しい雨が降ってきて、
まるでミエコさんがそこにいらっしゃるような気がしました。
結局 何もできなかったのに、安らかな気持ちになれました。

今まで以上に、ホノムが好きになりました。
ヒロから車で30分。
アカカ滝のそばにある、小さな町です。


2007年2月15日(木) 晴れのち曇り

去年の12月1日の日記で、癌の手術をするのに、急遽、日本へ帰国される
ミエコさんを助けるため、ミエコ・ブランドのアロハシャツ購入をお願いしました。
みなさんの温かいご支援のもと、アロハシャツは、ほぼ2日間で完売しました。

その後、ミエコさんは、お医者様、付き添いの方といっしょに、無事に沖縄に戻られ、
病院で手術を受け、弟さんとその家族に支えられながら、
治療を続けていらっしゃいました。

沖縄に戻った時点で、肺癌は、骨にも転移していることがわかり、
それでもご本人は、故郷の沖縄に戻れたことを喜び、明るく、
闘病生活を続けていらしたそうです。

アロハシャツが2日で飛ぶように売れたことを聞いて喜び、
みんなに愛されるアロハシャツを再び作りたいと、意気込みを語られ、
売り上げ金は、いくらあっても足りない医療費に充てられたと、
付き添いの方から伺いました。

お買い上げくださった1人1人の方に、感謝の気持ちを伝えたいと
おっしゃっていたそうです。

しかし、ご本人にとっては、ハワイに戻ることを目差しての帰国でしたが、
もう病院での治療は無理ということになり、2週間ほど前にホスピスに移られてからは、
ミエコさんご自身も、もうすぐ天に召されることを悟られ、
痛みがあっても笑顔を忘れず、回りの方に感謝しながら日々を過ごされ、
昨晩(日本の2月15日に)、静かに息を引き取られたそうです。


ミエコさんが1枚1枚、心を込めて作ってこられたアロハシャツは、
私たちが手にしたものが最後の作品となってしまいました。
ハワイ島のアカカ滝そばのホノムという小さな町で、
ミエコさんが、オリジナルの素晴らしいアロハシャツを作り続けてきたことは、
これからずっと語り継がれることと思います。

ミエコさんのご冥福を、心からお祈りしています。

 


*ミエコさんが沖縄に帰国されてからの病状の経過が思わしくなく、
この日記でご報告することもできず、大変に心苦しく思っていました。
申し訳ありませんでした。

また、アロハシャツをお買い上げいただいた方で、
お支払いを気になさり、メールをくださる方もいらっしゃいますが、
アロハシャツをお渡しできる日まで、どうぞお待ちください。
ミエコさんには、立て替えてお支払いしましたので、ご心配ありませんように。
 


2007年2月14日(水) 曇りのち晴れ

バレンタインデーでした。

紘右が、学校から、こんなにたくさんのプレゼントをもらって帰ってきました。
よっ、7歳にして、この色男!

 

−ということはなく、

ハワイでは、女性から男性だけではなく、
夫婦、恋人、友人、親子でも、男女を問わず、お互いにプレゼントを贈り合います。
紘右も、どちらかというと、クラスの男子から多くもらってきました。



それにしても、バレンタインデーで、1日人々が浮き足だっている感じでした。
町の各所、スーパーマーケットの中でも、キスしているカップルがいたり、
朝から、ハートの風船や、赤い花を持った人たちが大勢いました。
赤いドレスを着た女性(プレゼントは自分?)も、何人か見ました。
挨拶も、今日は、「ハッピバレンタインズデー!」です。



朝、義母といっしょに、ファーマーズマーケットに行ったときも、
赤い花が売られていたり、ハート型のクッキーがあったり、
いつもより、花を買っている人がたくさんいました。

日本人の知人が、アンスリウムの花束を持って、帰るところでした。
「あ、Aさんだ。お花を買ったんだね」と、義母に言うと、

(母)「あら、Aさん、お墓参りかしら」
(私)「バレンタインデーでしょう!」
(母)「やっぱりあの花束は、お墓参りよ」
(私)「Aさん、ご両親生きてるし、お墓は日本だって」

バレンタインのための花束を持ってる貴方、
お墓参りに行くと間違えられませんように!


紘右のもらってきたプレゼントの中味。
私の大好物もいくつか入っていて、嬉しいな。

   


2007年2月13日(火) 晴れ

夜、KAIKODOという、ヒロで一番ゴージャスなレストランで、
スキンケアの説明会がありました。
友達に招待状が届き、私にも声をかけてくれました。

「KAIKODOで、無料で、説明会?−もちろん行きます!!」。
それなりのおしゃれ(全身黒ずくめ)をして、出かけました。

寿司、カナッペ、柔らかい肉など、素晴らしいオードブルの数々。
椅子も豪華だし、来ている人たちも、キラキラしたお洋服だったり、スタイルもいいし、
こんな女性たちがヒロにいたのね−と思っていたら、1人のマダムが私に近づいて来ました。
「使い終わったフォークはどこにやったらいい?」

オー・マイ・ゴット!−黒ずくめの私は、従業員と間違えられました。


みんなが着席したあと、スライドを使った説明が始まりました。
ビフォア&アフタ(使用前、使用後)の、目を見張るような違い!

レーザーでシミ取り・永久脱毛、ボトックスでしわ伸ばし、化粧品は『オバジ』。
『オバジ』というのは、1回皮をぺろっと剥がし、下から、ベビースキンが出てくるというもの。
・・・それじゃ、いなばの白ウサギ?
ちゃんとヒロにも、美容整形があるのですね!

そして、司会者が、「レーザーでシミを焼いたことがある人?」と聞くと、
何人かのおばさまたちの手がすっと挙がりました。
おお!経験者多し。

司会者が、「何か質問は?」と言うと、
後にいた方が、
「ボトックスをやってるんだけど、その上にレーザーをすることもできるの?」
と、聞きました。
声だけ聞くと、70歳くらいのご婦人のようです。

『後ろを振り返って、顔を見たい。ボトックスを入れたご尊顔を!』と思いつつも、
失礼なのでがまんしました。
そのご婦人は、その後も、熱心に質問されていました。

説明が終わり、やっと席を立つふりをして後ろを振り返ると、
そこには50歳としか思えないご婦人がいらっしゃいました。

声が70歳くらいの50歳のご婦人なのか。
50歳に見える、70歳のご婦人なのか・・・・・・。

でも、ハワイでは、いくつになっても、女性は女性。
93歳のおばあさまが、70歳のボーイフレンドがいるのよ−って言っていました。
美しくあろうとする女性の熱意は、ハワイのエネルギー源のひとつです。

 

*グレーの雲のところが、羽ばたく鳳凰に見えませんか?


2007年2月12日(月) 晴れ

義母が先週から、水中エアロビックスに行き始めました。
週3回・1回45分、それが無料で受けられるのですから、ヒロっていいところです。

実は義母は、小学校に上がる前、川で溺れた経験があり、
これまで人生に於いて、プールに入ったことがありませんでした。
だから今回、プールでエアロビックスをするということは、一大決心だったのです。

先週の月曜、初めてプールに入るときは、
プールの中にいた人たちみんなに、「がんばれ〜!」と声援を送られるくらい、
自分を奮い立たせ、義母はプールに入りました。
そのときの姿には、私も感動を覚えたくらいです。

がんばり屋さんのお母さんは、それから一度も休まず、水中エアロビックスを続けています。
体重も1キロ減りました。

お母さん、がんばれ!

 

お母さんがプールでがんばっているころ、私は駐車場の車の中で、
寝ていたりします。


2007年2月11日(日) 晴れのち曇り

カーティスタウンに住む、あつ子さんの家で、ハウス・ウォーミング・パーティーがありました。
*新しい家に入居し、家が落ち着いたころ、初めてみなさんを呼ぶパーティーのこと。

あつ子さんは料理のプロですから、もう期待に胸が膨らんで、
お腹をぺこぺこに空かせて出かけました。

あつ子さんは、ベジタリアン。
ご主人のクレイトンは、お肉大好き。
2人で料理の腕をふるってくださったので、バランスよく、素晴らしいお料理が並びました。
このあと、クレイトンが焼いた各種お肉(チキンは、3日間ソースに漬け込んだとか)が加わりました。

 


そこに、友達のバンドの生演奏。
バンジョーまでありました!

 


各自くつろいで、音楽と食べ物とおしゃべりを楽しみます。

 


私を最も印象づけたのは、紘右がもってきたレゴの本を、
くいいるように見続けていた、頭の後ろに入れ墨(痛そう!)がある彼。
もう、この本、あげようかとも思いましたが、私にとっても宝物なのでやめました。
彼も、デンマークのレゴランドまで行ったそうです。
レゴ好きだねぇ。

 


こういうパーティーのとき、毎回感心するのは、アメリカ人のフレンドリーなこと。
初めて会った人同士でも、熱く握手し、名前を覚え合い、
まるで昔からの友達だったように話し始めます。

島国単一民族の日本人には、なかなか真似できないことです。
そうして日本人である私は、アメリカンなパーティーに出ると、
楽しいけど、疲れ果て(英語だし)、家に戻り、1時間半も昼寝してしまいました。


2007年2月10日(土) 晴れときどき霧雨

アメリカのお札は、日本に比べてボロボロの状態のものが出回っています。

破れてセロテープで雑に貼り合わせたもの、
メモのかわりに使われた走り書きがあるもの、
1/4くらい切れてなくなっている紙幣も受け取ったことがあります。

そんな中、お札にURLが書かれたものもあります。
そのひとつが、『ジョージはどこ?』というサイトです。
サイトに行き、自分が受け取ったお札の番号を入力すると、
この紙幣が、どういう経路を辿り、自分のところにやってきたかがわかるようになっているのです。

 
*日本では、紙幣・硬貨に、どんな細工を加えることも法律で禁止しています。


ちなみに、私が受け取ったこの1ドル紙幣は、カリフォルニアからやってきたことがわかりました。
面白いので、ワシントンDCに住んでる友達に送ってみようと思います。

きっと 私のような物好きのため、このサイトはあるんですね。


2007年2月9日(金) 晴れのち小雨

ホノルルで、酒粕を手に入れました。
義母が、甘酒を造ってくれることになりました。

午後、私だけ外出し、夕方、家に戻ってくると、
キッチンから、甘酒のいい香りが漂ってきました。
子どものころ、冬場に家に飛び込むと、
今は亡き母が、冷え切った私を、同じ香りで迎えてくれたことを思い出しました。

「お義母さん、甘酒飲みたい!」

下ろしたてのショウガを入れ、お湯飲み一杯の甘酒を堪能しました。
・・・胸がきゅんとして、涙が出そうに美味しい・・・

近所の日本人にもお裾分けしようと、
ちょうど紘右を迎えに行く時間だったので、
車を出し、近くの友人の家に寄りました。


あら?
顔が熱っています。
あら?
階段を上がると足下がふわふわ。
あら?
何だか、すごく笑いたい。
あはははは。

小学生のころ、平気で飲んでた甘酒で、なにこれ???

友達にも、「いつもと全然様子が違うよ。酔っぱらってる!」と、指摘され、
鏡を見たら、ホントウに私ったら、真っ赤な顔して、目もとろん。
もうすぐ5時なのに、このまま紘右を迎えに行ったら、警察につかまりそ〜。

慌てて夫に、「甘酒でいい気持ちぃ〜」と電話し、
代わりに紘右を迎えに行ってもらいました。

 

思い返せば、私の母が造ってくれたのは、こうじを使った甘酒でした。
危うく、飲酒運転してしまうところでした。

−いえ、ごめんなさい。
50mほど、運転してしまいました。
酔いを覚ましてから、帰りました。

 甘酒を 飲んだら乗るな
 乗るなら飲むな 甘酒   ←自分への戒め


2007年2月8日(木) 晴れ

先日、便座が割れてトイレに落ちてから、
『もう木製のものは信用しない』−と思った私だったのに、
継ぎ目なしの、素敵な木製便座を見つけ、性懲りもなく、
新しい便座もまた木製にしました。

何だかトイレの品格が上がった感じがします。
♪便座は大事だよ〜♪

 


2007年2月7日(水) 晴れ、でもまだボグ

日本から来た友人を連れ、虹の滝に行きました。
あまりの水の少なさに、「ホースで水を流してるみたい!」と、笑われてしまいました。
私もこんな水量、初めて見ました。

 


その後、ディナーは、会員制のレストラン『ヨット・クラブ』に行きました
庭に出て、 ときどきウミガメが顔を出す夕暮れの海面を眺めつつ、
シャンパンで乾杯をしました。
贅沢な時間を過ごしました。
 
 


2007年2月6日(火) 晴れだけどボグ

昨日と同じようにボグでしたが、今日はアレルギーが起きませんでした。
その日の体調次第なのですね。


今、わが家には、ウクレレが3つあります。

左は、紘右の学校用
右は、おもちゃみたいなもの
あれ? 真ん中のウクレレは・・・・・・

 
 

そうです!
『島原そうめんウクレレ』

 


友達がそうめんの箱で作ったウクレレなのですが、驚くほど音がいい。
左側の、ホノルルで100ドルで買ってきたウクレレより、深い音がします。
残念ながら、しばらく借りているだけなのですが、あんまりいい音なので、
思わず、弾けないのに、ポロロンとやりたくなります。


♪あ〜ああ・やんなっちゃった、あ・あああ・おどろいた♪←これわかる人、昭和40年以前の生まれですね!


2007年2月5日(月) 晴れ、しかしボグ

夫の誕生日でした。
〜♪Happy Birthday Dear Junichi♪〜

が、今日、ヒロはボグはひどく、一日中、アレルギー性鼻炎に悩まされました。
ボグ=火山から出るガス。ニオイなどはなく、辺りが青白っぽくなる。

今、鼻のかみすぎで、鼻の下は真っ赤です。
くしゃみは、100回くらい出ました。
くしゃみ1回で4キロカロリー消費すると言いますから、400キロカロリーの消費?
ボグ・ダイエットでしたね。

夕方、「夫の誕生日だけど、このままじゃ夕食も作れない」と、思いつつ、
キッチンにあったみかんを、立て続けに2個食べたら、すっと症状が落ち着きました。
奇跡のようでした。

それから、冷蔵庫の中にあるもので作れる、
夫の好物ということで、『お好み焼き』を作りました。
ホノルルで、揚げ玉も買って来てあったし!

そして、紘右の提案で、お好み焼きにキャンドルを立て
(吹き消すとき、青のりと、かつおぶしが飛んで大変でした)、
♪ハッピ・バースデー♪を歌ってお祝いしました。

夫、手抜きでごめんなさい。
でも、心から、お誕生日おめでとう!

          *           *          *

お昼は、義母や、友達など6人で、ミヨズ・レストランでランチをしました。
鼻をかみながらの、なかなか辛いランチでしたが、
私の大好物の牡蠣フライは、それでもおいしかったです。

 


2007年2月4日(日) 晴れ

昨日、オアフ島でたくさん写真を撮りました。
それを見ていたら、見覚えがない写真があり、
「え?私、こんなきれいな海の写真、撮ったっけ?」と思ったら、夫でした。

シーライフパークに向かう途中にある、サンデービーチの辺りだそうです。
このとき、紘右と私は車の中で寝ていました・・・・・・一生の不覚。

   


この女性2人が座っているのは、浜辺ではなく、高い崖の突端だそうです。
気持ちよさそう。

   


          *           *          *

今日は、スーパーボールがあり、その時間、わーわーと歓声があがる家もありました。
アメリカ人の幸せ−−− 友人といっしょにテレビの前に集まり、
ピザとビールでごひいきのチームを応援する、楽しさ倍増ですね。


えへっ。

 

*シーライフパークのアシカ。これも、拡大して見てたら、
昨日のより、もっと笑ってみえる写真を発見。


2007年2月3日(土) 晴れ

この週末、ヒロ〜ホノルル間、片道19ドルの格安航空券が出ました。
・・・・・・そんな・そんな!
用がなくてもホノルルに遊びに行きたくなってしまうではないですか!

−とういうことで、急に4人で、

今朝、アロハの一便(6時35分発)で、ヒロを発ち、
夕方、アロハの最終便(18時40分発)で、ヒロに戻ってきました。
初めての、日帰りオアフ遊び−をしました。



ヒロ空港の表示は、電光掲示板のようなものはありません。
ゲートを入ると、こんなにわかりやすい看板が。

ヒロ住民の私は、この看板に大感激。
だって、 こんなに航空会社の名前が並んでいるなんて!

長い間、『アロハ』と『ハワイアン』の2社しかなく、航空運賃は上がる一方だったのです。
それが今や競合で、19ドルという破格の安いチケットまで出るようになったのですから、
なんとありがたいことでしょう。

*ほほう、『GO』という航空会社は、『!』も付けなくてはいけないのですね。
知らなかった。

 


飛行機がヒロから離陸し、しばらくすると、雲の上にも日が射してきました。
紘右が、「ナウシカのオームみたいだね」と、雲を見て喜んでいました。

   


ホノルルに着き、レンタカーを借り、まず朝食をチャイナタウンで。
それから、今回の第一目的、シーライフパークに行きました。


ゲートを通って、最初に迎えてくれるのが、
プールの中を飛ぶように泳ぐエイ。

   


次は、甲羅番号のついた、巨大ウミガメ。
2ドルで餌が買えます(コップに入ったレタス、セロリなど)。
それを投げると、カメたちが目の前に集まってきます。

   


パークでは、 1日に3種類のショーがあります。
その中で、最も見事なのは、本物の海を背景に行われる『イルカ・ショー』。
この景色を眺めるためだけに、座っていてもいいくらいです。

   


イルカがジャンプしたり、人間と戯れたり。

   


こちらは、 800ポンドあるバンドウイルカ、
動きが実にダイナミックです。

   

   


その後は、アシカに餌をやれる時間。
1人15ドルで、参加できます。
餌は、イワシです。

 


シーライフパークは、アメリカ本土や、日本にある同類の施設に比べ、
規模が小さすぎる−と言われる方もいますが、 私は、大好きです。

パークの後ろに広がる、本物の青い海。
敷地が小さい分、どこも見落とすことなく、疲れず、観尽くすことができます。
これでもう4回行きましたが、また訪れたくなります。


最後に、アシカたちが、
ハイ、チーズ。

   


その後は、ホノルルに戻り、アラモアナ・ショッピングセンターで買い物、食事をしました。
長く充実した1日でした。

オアフという島は、世界中から大勢の人が、『楽しもう』という気持ちで集まってくる
大きな明るいエネルギーで満たされた場所だと思います。
元気をもらって帰ってきました。


2007年2月2日(金) 晴れときどき小雨

年配の日系人女性のMさんが、義母をランチに誘ってくれました。何日か前に、
「金曜の昼、お母さんを車で迎えにいくから、2人でご飯食べに行きましょう」と言われました。

10時ごろ、用事があって、母と私で出かけ、
11時過ぎに家に戻りました。
義母は身支度をして、Mさんが迎えに来てくれるのを待っていました。
ふと、留守電にメッセージが入っているのに気がつき、聞いてみると・・・

「Mです。少し早めに、ランチに行きましょう。
今から車で、お母さんを迎えに行きます。
今は、ちょうど11時、20分前です」

−−−え?
10時40分にランチに行く?
予想もしていなかった時間です。
時計を見ると、11時20分。
慌てて、Mさんに電話をすると、

「家に迎えに行ったけど、だれもいなかったでしょう。
もう今、家でランチを食べ終わったところよ」

ハワイの日系の方の常識を知りませんでした。
ランチというのは、11時前に食べるものなのですね。
Mさん、ごめんなさい!

          *          *          *


そのころ、夫は、4200mの山頂で仕事でした。
昼間でも、マイナス6度という気温の低さだったそうです。
霧が立ちこめ(雲の中で)、その上、強風。

 


あっという間に、乗ってきた車に霧氷が。

 


うわー、このまま走り出したら、バリバリっていい音がしそう♪

 


夕方、下山するころには、きれいに晴れ渡りました。
山の天気は、変わりやすいですね。

 


2007年2月1日(木) 晴れのち雨

今週は、『カトリック・ウィーク』で、紘右の学校ではイベントが続きます。
今晩は、『ピザ・ディナー & スチューデント・ショーケース』でした。

日本で言えば、「学校で夕食を食べながら、学芸会を観よう!」というもの(?)。


いつもの体育館に、テーブルと椅子。舞台も華やかに飾り付けしてあります。



メニューは、アメリカ人の命・ピザと、アイスクリームです。
学校の寄付になるんだし、「よし、1番高いものを夕食にしよう!」と、決心した私は、どんなものかもわからず、
バナナ・スプリット(4ドル)を、夫に買ってきてと頼みました(ちなみにピザは2ドル)。

目の前に、紙とクレヨンがあったので、車の絵を描きながら待っていると・・・・・・

目の前に置かれたのは、アイスクリーム!
−ということで、これが今晩の私の夕食でした。

 
 


舞台の上では、子どもたちの、歌、朗読、タップダンス、フラなどが続きます。
一生懸命がんばる子どもたちの姿には、心打たれます。

 

昨日に続き、「いい学校だな」と思わずにはいられませんでした。