2007年8月

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2007年8月31日(金) 晴れ

ティーチャー・サービス・デー(先生にサービスする日)で、
紘右の学校だけ休みでした。

朝一番は、「アヒルにパンをあげたい」というリクエストで、ワイロア・パークに行きました。

 


アヒルにパンをあげてる紘右を見たら、髪が長くてうっとしそうだったので、
家に帰ってから、バリカンで刈りました。

 


紘右は、隣の猫を王様に見立て、
キャットニップ(またたび)を献上し、
ブラッシングしたのち、葉っぱで影を作ってサービス中。

猫はあまりの極楽に、とろけていました。

 


それから、紘右のリクエストで火山まで(車で片道40分)行き、
夕方は、バスケットの練習があり、大あわてでヒロに戻り、
紘右のリクエストの夕食を作り、
紘右にサービスした、私の一日でした。


2007年8月30日(木) 晴れ

3ヶ月あまり、ヒロに滞在し、
たくさん遊んでくれたイッチが、明朝、日本へ帰国します。
今晩は、この滞在中、最後の夕食をうちでいっしょに食べました。

餃子を食べ、UNO(カードゲーム)をし、イッチを車まで送って行ったら、
淋しくて涙が出そうになりました。

イッチ、いろいろありがとう。たくさんの思い出ができました。
今は、イッチがいないヒロが想像できないくらい、
どっぷりイッチ漬けだった私です。

イッチが3ヶ月もハワイ島にいたのは、北極海へ鯨の観測に行っている
Keikoの家のハウスシッターをしていたからです。
お疲れ様でした。

          *          *          *


紘右が、リリウオカラニ公園に自転車乗りに行きました。

ヒロの町中では自転車に乗れる機会はありません。
坂と雨が多い上、車に『自転車が走っている』という認識がなく、危険です。


ここでは思いっきり走り回れるので大喜びです。
”自転車に乗るときはヘルメットを着用するのが、ハワイのマナー”

 


リリウオカラニ公園は、日本庭園になっているので、鳥居や灯籠があります。
彫られた日本語を読んでいると、なかなか興味深い。

沖縄が、まだ日本に返還される前に贈られた灯籠。

 
 

1968年が、ハワイに移民が来て、100年目だったのですね。
こちらは、移民が一番多い、広島県知事からの寄贈です。

 

 

紘右は、自転車で走りながら、気になるところに寄り道。

 


ヒロ湾を一望。

 


リリウオカラニ公園は、ヒロで一番好きな場所のひとつです。


2007年8月29日(水) 晴れ

この夏、日本に滞在中、まだ名前がない1匹の黒いトイプードルに出会いました。

その子は、ペットショップでずっと買い手がなく、
4年間、ゲージに閉じこめられたままという虐待にあった犬でした。
足が弱り、毛並みが悪く、おどおどしていました。

いじらしいのは、だれかに「おいで」と言われれば、
不安そうにその人のところに行き、
でも、甘えることなく、人を見上げて小刻みに震えているのです。

ハワイに連れて帰りたいと思いましたが、他に飼いたいという人が出てきて、
飛行機に乗せるより、その方が幸せだと思い、あきらめました。

きっと今は新しい飼い主にかわいがられ、幸せに暮らしていることでしょう。
あのときのトイプードルの、悲しそうな目は一生忘れられません。


          *             *           *


さて、こちらは、ヒロの幸せそうな犬たちです。
かわいがられている犬って、いい顔をしています。
 

赤・黒・ブルーのポンコツトラックの持ち主は・・・白い犬!
いばって運転席に座っている犬のインパクトがあまりに強くて、
私が笑いころげながらカメラを向けると・・・

 


あれ、写真ですか?
じゃ、ニッコリ。

お腹がよじれました。
きっと飼い主は、このブサくんの犬が可愛くて仕方ないのですね!

 



友達と、ランチをしていたら、隣のテーブルには、男性と大きな犬。
こちらの犬、相当ハンサムくんです。

 


写真ですか?
得意ですよ、えへっ。

 


やっぱり私も犬が飼いたい!


2007年8月28日(火) 晴れ

昨晩は、ひとり庭に寝転がり、皆既月食を堪能しました。
夜11時前、丸い月が少しずつ欠け始め、
1時間以上かけ、鈍い赤い月になりました。

途中、大きな流れ星も見ました。
そういえば、こうして長い時間、夜空を眺めていたのはひさしぶりのことです。
学生時代には、天体観測をよくしました。

全身に月の光を浴びながら、神秘的な現象を楽しんだおかげで、
悟りが開けたような崇高な気分になりました。

しかし現実は・・・
薄い敷物だけで、 コンクリートの上に長く寝ていたため、
起き上がったら背中が痛くて痛くて、悟りどころではありませんでした。

          *          *           *
 

今日は、サッカーの練習の前に、写真撮影がありました。

チームの名前は、『スーパー・マリオ・ストライカーズ』といいます。
子どもたちが、自分で決めた名前。


まじめバーション

 


おふざけバージョン

 


この 集合写真は、ワイロア・パークで撮りました。
いい雰囲気で、散歩するのにぴったりの場所です。

 


2007年8月27日(月) 晴れ

ボルケーノのハイキングに参加してきました。

11時に、ビジターセンターの前に集合し、
ガイドのFukuさんといっしょに出発。


今日もいい天気。

 
 


「ここはいったいどこ?」と、思うような景色。

雨水が地中にしみ込み、地熱で暖められて、蒸気が出ています。
イオウが含まれていない蒸気にあたると気持ちいい『スティーム温泉』です。

 
 


こんな道を歩いていきます。

ふと後ろを振り返ると、メネフネ(ハワイにいるといわれる伝説の小人)が
いそうな気配。

   
 


キラウエア・クレーターに下り立ったところ。
日が影り、そんなに暑くなくて助かりました。

 


溶岩の形状は、ひとつひとつ違っていて、いくら見ても飽きません。

 


大地の割れ目にそって生えているシダ。
行列しているみたい。

   


巨大なシダの下にあるベンチで休憩。
ジェラシックパークの1シーンのよう。

    


帰化植物であるジンジャー(ショウガ)の一種が、群生していました。

しかしこのジンジャーの蜜を、アパパネ、イビなどの固有種のミツスイが飲んでいました。
絶滅の危機といわれる鳥たちも、環境に適応しようとがんばっているのですね。

 

あたりには、ジンジャーの花のいい香りが漂っていました。

 


ハワイに関する興味深い説明と、さわやかな笑顔でガイドしてくださったFukuさん。
どうもありがとうございました!
このハイキングは、こちらのサイトから申し込めます


2007年8月26日(日) 晴れ

今日は、素敵な女性アーティストの家にお呼ばれしました。

ハワイ島は、自然は豊かなところですが、
文化的なもの、 美術展・音楽会などに行く機会が少なく(それが唯一の不満なので)、
今日は、夢のような空間に迷い込み、幸せな時間を過ごしました。


こちらが入り口。
高い扉は、オーダーメイド。

   


入り口入ってすぐ(玄関)に、最初の書斎があり、その横にある
ホールを通り、リビングを抜け・・・

 

 
海風が吹き抜ける彼女のアトリエへ。
創作意欲がわきそう!

 


たくさんある絵画の作品を見せてくださいました。
目の保養!

彼女は他に、彫刻、陶芸、生け花まで極めています。

 


夫婦そろって蔵書が多く、詩人のご主人が、廊下を改造して本棚を作ったそうです。
美術書、詩集など、びっちり並んでいました。

  


明るいダイニング。

 


落ち着くリビング。

 


どこもかしこもミュージアムのようでしたが、私が最も気に入ったエリアがここ。
彼女の絵の色と、ピンクのアンスリウムが実によく合っています。

 



あっという間に時が過ぎ、もっといたかったのですが帰る時間になってしまいました。

すぐ影響を受ける私は帰宅すると、彼女のまねをし、庭のアンスリウムを切り、
家中に飾りました。明日は、絵を描くぞ〜!


2007年8月25日(土) 晴れ

紘右にとっては、ハードな土曜日でした。

午前中に、バスケットの試合が3つ、サッカーの試合が1つありました。
実際には、バスケットの最終ゲームと、サッカーゲームが重なり、
紘右は、サッカーの試合を選びました。

バスケットの2ゲームも、サッカーの1ゲームも、
紘右のチームは負けてしまいましたが、とても楽しそうに走りまわっていました。
午後も、自分でサッカーの練習をしていましたから、子どものエネルギー源ってすごいですね。

          *          *          *


最近、ヒロのファーマーズマーケットにも、タイ料理お持ち帰りの出店が出ます。
ここのグリーンパパイヤ・サラダは、絶品です。

その場で、ガーリック、唐辛子、ピーナツ、砂糖、ナンプラー、ライムを木の器に入れ、よく叩いたあと、
まだ青いうちに収穫したパパイヤの実、にんじん、タマネギ、いんげん、キャベツと合わせます。

 


他には、その日の気分で、生春巻き(右はじ)、タピオカ(紫)なども買って食べます。
ここのものはどれもおいしく、この出店が出る土曜日の朝市が待ち遠しいくらいです。

 


2007年8月24日(金) 晴れ

今日の朝日新聞、朝刊の紙面に、おしょろ丸で北極海を航海中のKeiko博士が登場しました。
『地球異変』という記事で、シャチがコククジラを襲う写真といっしょに掲載されています。

Keiko博士、今回の航海では、何本も論文が書けるほど、
いい調査ができているそうです。
9月15日にヒロに戻ってくる予定で、私は首を長くして帰りを待っています。

しかしその後11月には、完全にヒロから引き上げて日本に帰国なので、
寂しさもひとしおです。

          *          *          *


さて、毎年恒例なのに、
「どうしてこの夏は、お義母さんがヒロに来ていないの?」と、聞かれることがあります。
実は義母は、9月末まで約3ヶ月、トルコに滞在しています。

なぜなら、夫の妹がトルコ男性と国際結婚し、首都アンカラに住んでいるからです。
結婚して10年以上経ち、男の子も2人生まれました。


上が9歳、下が5歳、紘右の従兄弟たち。

 


義母は、息子家族はハワイだし、娘家族はトルコだし、
本当は、日本国内をひとり旅することもままならないタイプなのに、
孫に会いたい一心で、ハワイもトルコも1人で出かけるようになりました。
お義母さん、すごい!

この夏、いつも猛暑のアンカラが涼しかったそうで、いい避暑になっているようです。
これからは、冬はハワイで、夏はトルコかな?


2007年8月23日(木) 晴れ

大急ぎで買い物をすませたかったのに、大変なレジに並んでしまいました。

そこにいた小柄な女性は、おおよそ2〜300ドルくらいと思われる大量の食品を
買おうとしていましたが、すでに商品は、ほとんどキャッシャーを通したあとだったので、
『お金を払うだけだから早いかな』と、そのレジに並んだのが失敗でした。

小柄な女性は、支払い合計金額を聞いたとたん、お金が足りないようすで、

 冷凍食品の箱をひとつ手に取り、返品・・・金額をチェック、まだ払えず・・・
 ポテトチップスを返品・・・金額をチェック・・・まだ払えず・・・・・・シリアルを・・・

−と繰り返していきました。


日本人だったら、手持ちのお金が少ないときには、
買い物かごに入れる時点で、ちゃんと計算しますよね。
ところがアメリカ人の多くは、驚くくらい暗算ができず、
こうしてレジで大量商品の返品というのはめずらしいことではありません。

しかし、この1個ずつ値段を引いていってもらわないと
計算できない−というレベルの人は初めてです。

ひとつひとつの金額確認しながらの返品が5品くらいまでいったところで、
『きーっ、もうがまんできない!』と、私は他のレジに移動しました。

私が支払いを済ませ店を出るとき、
小柄な女性は悪びれもせず、まだひとつずつ返品を続けていました。
返品されたものは20個くらいにもなり、山ができていました。

しかし、さすがアロハ・スピリットのハワイです。
レジの人も淡々と作業し、
そのレジに並んでいる他のお客さんも、いやな顔ひとつせずじっと待っていました。

心に余裕がなかった自分を反省しました。

          *           *          *


出先で見つけたピタヤの花。
この花の数だけ実がなるなんてうらやましい!

今、ちょうどファーマーズマーケットで、黄色いピタヤの実が売られています。

 


2007年8月22日(水) 晴れ

肩こり知らずで、くすぐったがりの私は、
これまでの人生において、マッサージというものを受けたことがありませんでした。
美容院でやってくれるサービスの肩もみも、
「くすぐったいのでいいです」と断っていました。

でも、ヒロでマッサージをやっている純子さんに出逢い
(ヨガ、バレーボールなどをいっしょに)、
ずっと年下なのに、彼女の人を包み込むような優しさに惹かれ、
普段からこれだけ周りの人を癒してくれる純子さんの、
ハワイ式ロミロミマッサージを受けてみたくなりました。


実は私が海に行くと石を拾うというのも、純子さんの影響です。
この間、カラパナで拾った、新しい石たち。

*真ん中の小さな石は、フェイシャル・マッサージに使えると、純子さんのお墨付き。

 



− ということで、ちょっとドキドキ・・・!
今日は私の、初マッサージ記念日でした。

詳しいマッサージ方法は、純子さんのサイトを見ていただいた方がいいのですが、
最初いっしゅん、『やっぱりくすぐったいかも・・・』と、笑いそうになっただけで、
あとはすぐ気持ちよくなり、身も心も解けてしまったみたいで、熟睡していました。

8時間経った今でも、体がぽかぽかしてるのですから、
よっぽど血行がよくなっているのでしょう。
これは痩せそうです。


1時間55ドル、1時間半80ドル +お気持ちのチップ−という値段も、
観光地ではない、ヒロならではのプライスだと思います。
次は、肩こりで頭痛までする夫に受けてもらうことにしました。

今晩は、ハワイの女王様になった夢を見ながら、ぐっすり眠ります!


2007年8月21日(火) 晴れ

紘右のサッカーの練習が始まりました。
サッカーを始めて2年、4シーズン目になります。
今度のコーチは、マークという消防士さんです。

いつもなら土曜が試合なのですが、今日は平日なのに、4時半から試合がありました。
でも、相手チームが全然来ず、芝刈りされた芝で遊んでいました。
30分遅れてやってきたチームは、先シーズンのベス・コーチの率いるチーム。
シーズン初試合は、負けてしまいました。

今回のユニフォームは、えんじ色。

 


海岸沿いの道を、アロハ・ガソリンのタンクローリーが通って行きます。
ハワイ島で一番安いガソリンは、『アロハ・ガソリン』。

今、1ガロン、3ドル21セント。少し値段が下がりました。

 


シャワー・ツリーの花が真っ盛りです。
豆科で、花が終わると、黒い豆がクリスマスのオーナメントのように
賑やかにぶらさがる木です。

 


2007年8月20日(月) 晴れ

あまりにも悲しくて、昨日は日記を更新できませんでした。

昼間、留守にしていた間に、外の軒下に掛けてあったモモとメロンのかごを、
隣に越してきた大学生の猫に襲われました。

メロンは木の下にいたところ無事に保護しましたが、
モモはもういませんでした。


日曜日に撮影した写真が、モモの最後の1枚になってしまいました。

 
 

ラブバードは、一羽で飼うと淋しくて死ぬことがあるそうです。
ひとり残されたメロンがそんなことにならないよう、
うんとかわいがって育てようと思います。

さようなら、モモ。
助けてあげられなくて、ごめんなさい。
羽根を切って飛べないようにしてあったことが悔やまれます。


2007年8月19日(日) 晴れ

映画『Ratatouille』(日本では『レミーのおいしいレストラン』)を観に行きました。
この映画を観たあとは、”おいしいものが食べたくなる”−と聞いていましたが、
まさにその通りでした。

「KAIKODOレストランが閉まってなければ、絶対行ったのにぃ〜!」と、
嘆きながら家に戻ってきました。

でも夫が、この3日連休中、3日連続でパンを作ってくれ、今日はとうとう、
念願のフランスパンが完成しました。

外がパリパリ(映画の中にも、フランスパンがパキパキいう音が出てくるのですが、
同じ音がしていました!)、中がふわふわのフランスパンです。

なんと夕食に3人で、この2本のパンをペロリと食べてしまいました。
それくらいおいしかった!
映画に食欲を刺激されたためも・・・。

とにかく 夫には心から感謝しています。

 

          *           *          *
 

日本に行っている間、3羽のラブバード(名前は、ラブ、モモ、メロン)を、友人に預けていました。

なんと、ラブがかごから逃げ出し、とうとう戻ってこなかったそうです。
思えば9年前、たぶん前に飼われていた家から脱走して、うちにやってきたラブ。
お別れも、旅立って行ってしまいました。
きっとヒロのどこかで、お嫁さんでも見つけて、元気に暮らしていると思います。

ラブ、長い間うちにいてくれて、どうもありがとう!
(とある日、わが家で脱走したときのラブ。顔が得意げ)


 


          *          *          *


メロンとモモは、さらに鮮やかな色になって戻ってきました。
まるでお酒でも飲んだみたい。

ラブがお気に入りで、日本から買ってきていた巣を、
初めてメロンとモモのかごにも入れてみました。
すぐに入り込み、2羽で寄り添って眠っていました。

鳥は、巣を入れると、卵を産み、ヒナを育て始めるといいます。
メロン、モモ、家族増やしていいよ!

 


2007年8月18日(土) 曇りときどき晴れ

今日、初めて、ファーマーズ・マーケットで、活きアワビが売られていました。
貝の大きさは、玉子大で小さめ。

気になるお値段は、1ポンド(450g)で13ドル(1500円)でした。
日本で考えれば安いかもしれませんが、
ハワイで13ドルなんて、普通、朝市で売っている物の値段ではありません。

元々は、日本から来たものだそうで、今、コナで養殖しているそうです。
次回は購入し(今日は、持ち合わせが足りなかった)、写真と、
お味のほどもご報告いたします。

*だいたい朝市で売られている野菜は1ドル〜2ドルくらいなので
行くときは、財布に10ドル札が1枚あれば大丈夫という感覚なのです。


朝市では必ず、緑黄野菜を1つは買うようにしています。
ほうれん草、春菊、チンゲン菜など、その日に目に付いた新鮮な物を買います。

最近のお気に入りは、名も知らない、『豆のツル』。
こんなにあるのに1ドルです。

フィリピン人が作っているお弁当の中に、これが入っていて、
食べたら美味しかったので、買い始めました。

 

くせもなく、味もほどんどなく、炒めるとシャキシャキして、紘右も大好きです。
栄養化も高そうで、母として嬉しい野菜です。


昨日から、パン職人に目覚めた夫は、今日も早起きして、パンを作ってくれました。
妻として嬉しい!

 


2007年8月17日(金) 晴れのち曇り

日本で、パン教室に長く通っているイッチが、
独学でパンを作る夫に、2時間半でできるパンの作り方を伝授してくれました。
いつも半日以上の時間をかけてパンを作る夫は、興味津々。


(イ)「種は、水分が飛ばないようV字型に手で覆って丸めるの」
(夫)「ふむふむ」

 


一次発酵。
麻布の下で、休んでもらいます。

 


フランスパンの形にしたあと、二次発酵。
そして、フランスパンの命である、切れ目を入れます。

 


3時間足らずで、見事なパンができました。
夫、びっくり。

 
 

その後、いつもの夫のやり方で、もう1回パンを焼きました。

イッチが作ってくれたハリネズミが焼き上がってみると、
ハリネズミというよりは、皿から逃げ出す姿はまるで・・・・・・。

 


          *          *          *
 

とても残念なお知らせがあります。
ヒロで唯一、ドレスアップして出かけたくなるレストラン、KAIKODOが、
8月11日をもって閉店してしまいました。

好きなレストランだったので、大変にショックです。
今日、見に行ったら、何の告知もなく、
でも、「売りに出ています」という、不動産屋の看板がありました。

   
 

店の中には花も飾られ、テーブルにはカトラリーやナフキンが並べられたままで、
今にも、食器のふれあう音や、歓談する声が聞こえてきそうでした。

しかしどの花も、一週間経ち、萎れ始めていました。

 


ヒロに、こんなに素敵なレストランができたと喜び、
結婚記念日や、家族の誕生日など、大事な日に食事に行きました。
もっと続けていてほしかったのに、残念でなりません。


2007年8月16日(木) 曇りときどき晴れ

海辺の高台に住んでいる友人の家に遊びに行きました。
今、建築中ですが、これぞ豪邸というにふさわしい。
私の人生において、この家よりゴージャズな家をまだ見たことありません。


*網戸ごしに撮った写真で、ごめんなさい!

海を見下ろすように、プールを建設中。
滑り台付き、飛び込み台付き、プールの深さは3M。
その横には、海を眺めてはいるジャグジー、バスケットコートがあります。
敷地内に、海に流れ込む川まであります。

 


こ・この、大きな冷蔵庫!

 


まだ建設中なので、家具など揃えていないそうです。
使っている建築材料が、とにかく贅沢で、とても私邸とは思えません。

 


彼女のセンスで選んだ、イタリア製のランプシェイドも効いています。

 


この家でお茶をさせてもらうと、気分はすっかりセレブ。
完成したあかつきには、B&Bも始めるそうです。

夢のような豪邸に泊まり、
海を見ながらプールで泳ぐ!?
お金を貯めておきましょう!


2007年8月15日(水) 曇りときどき小雨

今日も、 台風への警戒で、学校は休みでした。
しかし、雨も降らず、風も吹かず、ただの曇った一日でした。
紘右も、「学校が休みでつまらないの」と、言っていました。


朝、ファーマーズマーケットに行くと・・・クラフトコーナーのテントが!?

 

強風でこうなったように見えますが、用心のため、たった今、外してるところでした。
もう何もないと思うのですが・・・。

一応、ハリケーンの進行方向の後ろ側は、
大雨だとか、大風だと、未だ言われていたりします。
(追記;やっぱりなんともありませんでした!)
 

当のハリケーンは、ハワイ島にさしかかると、火山の上空で、
下からの強い風により、真っ二つにされ、その後、バラバラになり
勢力が弱まって、もう熱帯性低気圧になったのです。

人々は、「火山に住む、火の女神、ペレに守られた!」と、言い合っています。
ハリケーンさえぶった切る、ペレの力恐ろし。


台湾人の友達は、「私たちは台風慣れしてるけど、 ここの人たちは
あまり経験がないから(たしかに、ハワイ島には台風はほとんど来ません)、
警戒しすぎなのよね〜」と、苦笑していました。

行列し、トイレットペーパー(なぜ?)や、ガソリンを買い込んだ人たち・・・
被害もなかったので、今はみんな笑い話です。


2007年8月14日(火) 曇りときどき雨

一日曇りで、小雨が降ったり止んだり、風もなく、普通の天気の悪い日でした。
ハリケーンの移動速度が遅く、今日の午後に大荒れになるということでしたが、
今の予想では、水曜の朝になるそうです。

それより今日は、昨晩、火山が震源地の大きめの地震があり、
今日は会う人、会う人、地震の話しばかりでした。
南北に大きく揺れたようで、引き出しが飛び出し、置物など倒れました。


昼に、ダウンタウンはどんな様子か、ランチを食べに行ってみました。
さすがに海沿いのレストラン、お店は閉めていましたが、
海に面していない店は、営業していました。


いつもは、車でいっぱいの駐車場から、穏やかな灰色のヒロ湾を望む。
まるでゴーストタウンのようです。

 


この黒い網は、店内にゴミが入らないように入り口に張ったものです。

 
 

海に面した、大きなガラスには、それぞれの店主がベタベタとテープを貼っていました。

 

 


ご心配いただいたみなさま、大丈夫ですかとメールをくださった方たちに感謝します。

明日も、学校など閉鎖されるそうです。
今日も一日、紘右は家で遊びほうけていましたが、きっと明日も・・・。


2007年8月13日(月) 曇りときどき晴れときどき雨

ハリケーンがめずらしくハワイ島の近くまでやって来るそうで、
明日は、学校、オフィスなど、全部お休みになります。

今日は、KTAスーパーマーケットや、ウォルマートなどに、食べ物を買いに行く人が殺到したそうです。

私は行きませんでした。
たとえ籠城することなっても、1ヶ月は十分食べられるくらい、
いつも食料を備蓄しているわが家です。


朝、ヒロ港に行き、日本丸が出港するのを見送りました。

雨が降ったり止んだりで、登檣礼(とうしょうれい)は無理かな・・・と思っていたら、
さっと日が射し始め、練習生たちが続々とマストに登り始めました。

   


先端に進む練習生たち。

男性が、舳先に着いている守り神の『銀女』にふれると、
航海中、嵐にあうといわれているそうです。

 


晴れている日は、白いユニフォームですが、
今日は、雨用、黄色い防水服です。

無事に、所定の位置に立ちました。

   
 

号令と共に、ヘルメットを取り、
「ごきげんよう」と挨拶。

   


勇ましい姿に、港に立つ人たちから、拍手がおきます。

   


表情にも心打たれます。

   
 

今回、女子が13人いるそうで、
もちろん男女の差別なく、マストに上がっています。

   


大きな仕事を終え、甲板に降り立った練習生たち。
ふと横を見ると、友人の目から涙がぽろぽろ、
私ももらい泣きしてしまいました。

人が一生懸命に何かに打ち込む姿には、感動を覚えます。

 
 

そうして、日本丸は出港して行きました。
さようなら、日本丸。
どうぞ来年もヒロに来てくださいね。

   


2007年8月12日(日) 晴れときどき曇りときどき小雨

火曜には、台風が通過するそうで、ちょっと不安定な天気でした。
日本丸の船員さんたちを山頂に案内するため、夫は山に行ってしまいました。


イッチが、紘右にシュノーケリングの特訓をしてくれるということになり、
午後から3人で、リチャードソン・ビーチに行きました。
さすが日曜日、人が多くいました・・・これでも。

 


午後の日差しがキラキラ。

 


ひまそうなライフガード。

 


木陰でウクレレをつま弾く人。

 


私は、前夜寝不足で、海岸で爆睡してしまいました。
あ〜、いい気持ち。ビーチでの昼寝、バンザイ!


夕方から、山頂案内をしたお礼に、日本丸の船上パーティーに招待されました。
なんて美しい帆船。

 


アメリカの巨大豪華客船がヒロ港から出港していきました。
ヒロのどんな建物より大きくて、それが目の前で移動していき圧巻でした。

手前が日本丸。
客船の名前は、プライド オブ アメリカ。

 
 

*日本丸は、明日、10時に港を出港します。
天気がよければ出港の前に、帆船の最高儀礼(挨拶である)、「登檣礼」(とうしょうれい)をするそうです。
練習生がこの高いマストに並ぶ姿には感動します。


2007年8月11日(土) 晴れのち小雨

夫と紘右と3人で、水・土曜にヒロで開催される朝市の
”ファーマーズ・マーケット”に行きました。

新鮮な野菜・果物と、スパムむすび(ハワイ風おにぎり)、
フィリピンちまき(薄甘いココナッツで味付けした餅米)、タイサラダ、生春巻きなど買い込み、
その後、 リリウオカラニ公園のテーブルで朝食にしました。

椰子の木陰での朝食。
海辺でのんびりと朝ご飯を食べるたびに、ハワイ島ってホントにいいところだなと思います。

 


ココナッツ・アイランドで泳いだハワイアンのカップルが、
横を通っていきました。

 


落とした食べ物を食べにきた、マイナ・バード。
『マイナ』とはハワイ語で、『おしゃべり』という意味です。

元々は、ポルトガル人がペットとしてこの島に持ち込んだそうで、
飼って教えれば、九官鳥のようにしゃべります。
道ばたを、お尻をフリフリよちよち歩く姿は愛嬌があります。

   


落ちる前に、赤くなる葉。
紅葉みたいにきれいです。

いいスタートのおかげで、穏やかな1日になりました。

 


2007年8月10日(金) 晴れ

今年も、航海練習船である日本丸がヒロに寄港しました。
今晩は、ヒロ大神宮で、歓迎会がありました。

 
 

歓迎のフラ。
タヒチアン・フラで、大いに盛り上がりました。

 


キャプテンから練習生たちまで、みんなタヒチアン・フラに挑戦しました。

月曜の10時に、ヒロ港から出港するそうです。
出港式では、この練習生たちが、高いマストの上に登ります。
お見送りに行きますね。

 


2007年8月9日(木) 晴れ

ハワイに住んで11年。
どう日記に書いていいのかわからないくらい
最も不思議な日を過ごした気がします。


日本から1人で遊びに来ている女友達が、
モクウの朝市に行ったら、ショーン・コネリー似のおじいさんに声をかけられ、
「地元の人しか行かない海を案内してあげる」と、言われたそうです。

彼女が私に、「ちあきも知らないところかもしれないよ〜」と言うので、
カメラマンという大義名分の元、同行させてもらうことにしました。


まず行ったのは、カラパナ。
名前は、マイケル。

 


カラパナから眺める海。
5色変化。

 
 

次は、白人のヒッピーが大好きだというヌーデスト・ビーチへ。
「下まで降りて、写真を撮ってきていいよ」と言われたけど、遠慮して崖の上からだけ。
でもとっても気持ちよさそうでした。

  


これから、そのビーチに泳ぎに行くという、彼の友達。
「ココナッツが水代わりだよ」。
絵に描いたようなヒッピーさん。

   



マイケルは、自給自足の生活をし、畑に住んでいると言います。
「じゃ、そこに家があるの?」と聞くと、
「いや、家はないけど住んでる」
「?」

そして、遅めのランチを作ってくれるということで、
マイケルの家(?)に行ってみると・・・

ホントウに! 家とはいえないかも・・・


オープンエアーのキッチン。

 


オープンエアーのベッド。
5年間中国に行っていたマイケル、毛沢東を見ながら眠る?

 


オープンエアのリビングからの眺め。

 


シャワーがないのはすぐわかりましたが、も・もしかしてトイレも・・・?
おそるおそる聞いてみると、
「ああ、トイレね。紙とシャベルを持って、どうぞお好きな場所で!」
なんと土地は400エーカーあるそうで、広い広い天然トイレという訳ですな。


しかし、人間すごいもので、最初は驚きっぱなしでしたが、
しばらくいると、だんだん居心地がよくなってきました。

   


マイケルが畑にタロイモを採りに行くのも、中から撮影できます。

 


「ほら、こんなにいいタロイモが採れたよ」

 


採れ立てのタロイモの皮をむく友人。

 


タロイモの次は、サラダ。
マイケルに、「野菜はきれいだ、水の方が汚いから洗わないよ」と言われても、
もう動じなくなりました。

食器は、 キッチンとリビングの間にある食器棚(?)から選びます。
 

   


兎にも角にも、不思議で、おいしくて、楽しい一日になりました。
案内してくれたマイケル、
誘ってくれたイッチ、どうもありがとうございました。

 


百聞は一見にしかず−と思い、写真を多めにアップしてみました。
伝わったでしょうか?


2007年8月8日(水) 晴れのち曇り

先週、寝坊してさぼってしまったヨガに、今日は行きました。
1ヶ月半の日本滞在で4キロも太ったのですから、欠かさず行かないと!
 

午後は、ヨガの先生と、ひさしぶりのお茶をしました。
いつもは、スターバックスに行くのですが(2人の間では、”スタバる”と言うくらい)、
今日は初めて、ONO KONA COFFEEに行ってみました。

ヒロのスタバでは飲めない、コナコーヒー100%もありました。

 


赤いお花が目の前に広がる席で、
入れ立てのおいしいコーヒーを飲みながらしゃべっていると、
通りすがりのおじいさんが、

「貴方のワンピース、素敵だね。
ぼくは大好きだよ」

笑顔で言ってくれました。
すっかりいい気分になった私も、

「どうもありがとう!」と、にっこりしました。
そんな一言で、今日がいい日になる単純な私です。


道沿いの席も、いい感じ。
これからはこのお店、ひいきにします。

 


2007年8月7日(火) 晴れ

夫が、日本に出張しました。

早朝、ヒロ空港まで送りにいったとき、段差のある虹が出ていました。
初めて見ました。

日本へ、 気をつけて、行ってきてね〜。

  


夜、お好み焼きの達人である竹本夫妻がうちに来て、
大阪風お好み焼きを伝授してくださいました。

豚肉は、豚バラを買ってきて冷凍し、半解凍のところで薄切りにします。
あと、イカをたっぷりいれるのがおいしいさの秘訣。

  


くるりん−プロのようにひっくり返す益恵さん。
まるでお料理教室のようでした。

その後、日曜日に放映された、ハワイ島のロングステイを取り上げた番組を見ました。
主役の市川夫妻を始め、竹本さんの知り合いがたくさん出てきて、大いに盛り上がりました。

   


2007年8月6日(月) 晴れ

ヒロから車で40分くらい行ったところにある
ボルケーノで、シズノさんのエクササイズ・クラスがありました。
シズノさんは次の公演のため、木曜からニューヨークへ行ってしまいます。
今日は、 この夏の最後のクラスでした。

料理上手なシズノさんが、レッスンの前に、手際よくランチを用意しておいてくださり、
クラスが終わってから、家に移動しました。


まずは、乾杯 「お疲れ様でした!」
日本人、オランダ人、台湾の人などいます。

 


メニューは、タイ・カレー、ワイルドライス入り玄米ご飯、きびなごのマリネ、サラダ、ケーキ、果物。
とくにイエロー・カレーは、どこのレストランのより美味かったです。

 


デザートは、アンティークの食器、ファイア・キングでいただきました。
シズノさんは、これを見つけては揃えていき、現在、8客分あるそうです。
いいですね!貴重なものです。

 


カントリー風ケーキには、エディフル・フラワーの砂糖漬けが添えられています。

 


ご主人の阪口登さんは、ニューヨークで活躍する画家です。
後ろの壁にかかっているのが彼の作品。

シズノさん、登さん、元気で行っていらしてください。

 


2007年8月5日(日) 晴れ

帰国中、紘右に、「好きなものを撮ってごらん」と、デジタルカメラを持たせていました。
彼が写したのは、こんなものでした。

最初、東京で、道路にあるマンホールのふたを見て、
「あ、大きなお金が落ちてる!」と、大喜び。
さらに、いろいろなふたがあるので、とても興味を持ったようです。

私には用途がわかりませんが、こうしてみるといろんなものがあるんですね。











 ↑
紘右の一番のお気に入りは、この「K」というふたでした。
Kosukeの「K」


さらに、マンホールのふた以外、こんなのもおもしろかったようです。
自動販売機の中って、初めてよく見ました。


2007年8月4日(土) 晴れ

バスケットの試合がありました。

木曜が練習、 その後、金・土曜と2日続けて試合でした。
紘右は、3日続けて、バスケット中心の生活。
1着しかないユニフォームの洗濯も大変でした。


今日の対戦チームは、女の子も混じっています。
それが実に手強い。

 


キアイナ・コーチも熱が入ります。
「いいか、女の子だからって、手加減はいらないぞ」

 


それでも、またドリブルしているのは、別の女の子。
動きが敏捷です。

ここは、 私が以前バレーボールの練習をしていた、通称・アオモリ体育館です。

 


「紘右、休憩!」
「は〜い」 ルンルンルン♪

休憩と言われると、喜んで引っ込む紘右。
ベンチ好き。

 


           *          *          *

夜10時過ぎには、『地球ラジオ』(日本時間16時)に、電話で 生出演しました。
22時にNHKの担当者から電話がかかり、そのまま繋ぎっぱなしで、しばらく待機ののち、
『遊びに行くなら、海ですか?山ですか?』という内容で、5分ほど話しました。

アナウンサーのお2人は声も穏やかで、絶妙なタイミングで相づちを打ってくださり、
緊張もせず、リラックスして話せました。
プロの方ってすごいですね。


さて、
ハワイの人たちは、”海派”ですが、私自身は、”山派”です。
あなたは・・・

海派?

 

それとも、山派?

 

ハワイ島では、どちらも楽しめますよ!


2007年8月3日(金) 晴れ

ヒロから車で30分ほど南下したところに、ハワイアン・ショワーズというエリアがあります。
ここは、日本の方たちが多く家や土地を買っているところです。

日本から遊びに来ている友人も、数年前にそこに土地を購入しました。
今、どんな状態になっているのか見に行きました。

・・・・・・ 熱帯雨林状態でした。

 



土地を見たあと、ハワイアン・ショワーズにお住まいの、知人の家にも立ち寄りました。

すると、この日曜、東京12チャンネルの『日曜ビッグバラエティー』で、
ハワイアン・ショワーズにお住まいの日本人夫妻(私は存じ上げません)が
取り上げられるとおっしゃっていました。


・・・あれ?これは確か、私が日本にいたとき、
『この番組の出演者をだれか紹介してほしい』と依頼があった話しです。
途中で連絡がなくなってしまったけれど、他の方がコーディネイトしたのですね!

ハワイ島、ハワイアン・ショワーズ、ブラックサンド・ビーチなどで撮影をしたそうです。
みなさん、これは見逃せませんよ。


こうなったら日曜日は、

 夕方5時からは、『地球ラジオ』を聴いて、

 夜8時からは、『日曜ビッグバラエティー』を見て、ハワイ島漬けになりしょう!



夕方、空が輝いていました。
しばし車を止め、見入ってしまいました。
ぼーっと空を見る時間がある、それがハワイ。

 


          *          *           *


番組終わったあとは、『地球ラジオ』のサイトにある
”前回の放送をお聴きいただけます”の
8月5日(日)放送分 5時台をクリックすると、放送内容が聴けるそうです。
8月12日(日)までです。


えー、今まで幸いにも、私の声を聞いたことがない方へ、
申し訳ないくらい低い声ですので、男性と間違えないでくださいね。
ハワイでは、土曜日の夜10時にスタンバイです。


2007年8月2日(木) 晴れ

運動不足が否めない紘右は、サッカーがオフ・シーズンになってから、
バスケットの練習を始めました。


バスケットをやってる小学生は、なぜかハワイアンが多い。
で、子どもたちは普通なのですが・・・コーチ、父さん、母さんは、大きい!

でもハワイアンの方たちは太っていらしても運動神経はとてもいいのです。
コーチは、キアイナ・シューベルトさんです。

*ハワイアンの名字には、ナポレオン、ベートーベン、シューベルトなど、
昔の有名人からいただいと思われる名前があります。

 


紘右、シュート!脂肪を燃焼!

   


コーチの娘が退屈していたので、いっしょに遊びました。

大人になったら美人間違いなし!
頭にティアラを載せ、プリンセスのつもりです。
かわいいおしゃまさんでした。

 


2007年8月1日(水) 晴れ

2ヶ月あまり、笑点日記の更新をお休みしていました。
みなさまお変わりなくお過ごしでしょうか。

今日から学校が始まり、紘右は2年生になりました。
充実した長い夏休みが終わり、元気に登校して行きました。

この夏は、日本での思い出でいっぱいです。
未だ2人とも、その余韻にひたっています。

昨晩、駆け足旅行記を更新しましたが、
ここに登場した方、書ききれなかった方、
数え切れないほどたくさんの方たちのお世話になりました。

まだまだお礼が十分に伝えきれていません。
この場も借りて心からお礼申し上げたいと思っています。
どうもありがとうございました。

友人に、「今、世界のどこを旅行したい?」と聞かれ、
すかさず、「日本と、アメリカ本土」と答えた私。
ひさしぶりに長期滞在した日本は、美しく、温かく、
もっともっと知りたいところになりました。

          *          *           *


ヒロに戻り、以前と変わらない日常生活が始まりました。
日本でのタイトなスケジュールが信じられないくらい、
ゆったり時間が流れています。
島民に戻り、また『ハワイ笑点日記』の毎日更新を
のんびりと続けていきたいと思っています。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。



【2007年6月6日〜7月20日 日本滞在】
 

7歳になる息子の紘右は、ハワイで生まれ、私たち両親が日本人なので、
日本国籍とアメリカ国籍の両方を持っています。

そんな ハワイ生まれ・ハワイ育ちの紘右に、「日本に行こう」と言うと、
「ハワイの方がいい。日本には行きたくない!」と、
拒否されるようになってしまいました。

−というのも、私の両親と、夫の父はすでに他界し、
夫の母は、1年の半分をハワイでいっしょに過ごしています。

考えてみれば、日本に1週間以上いたのは、本人が覚えていない赤ちゃんのころだけです。
さらに日本での一番強烈な記憶が、
2歳半のときに熱性けいれんを起こし、救急車で病院に運ばれたことなのです。


たぶん紘右は、このままハワイに住み続けることになるだろうし、
21歳になって国籍を選ぶときには、きっとアメリカ国籍を選択する気がしています。
つまり、私たちが1世で、紘右は日系2世ということです。

本人が決めることなので、どちらを選んでも構わないと思っていますが、
「日本はいやだ」という印象のままなのは、私たちとしては悲しいものがあります。


そこでこの夏休みは、紘右が思いっ切り日本を楽しむ時間を過ごしたいと、
実家がない私は、「泊まりに来ていいよ」と言ってくださった、日本各地にいる
友人・知人の家を訪ね、 1ヶ月半、日本に長期滞在することにしました。


うれしいことに航空会社が、『ウエルカム・ジャパン・キャンペーン』という、
海外から来た人は、国内線のワン・フライト、
どこからどこに飛んでも1万円というサービスをしていました。



そこで、

 関東→北海道
 北海道→広島
 広島→関東

−という、飛行ルートを決め、


最終的には、

 千葉→東京→埼玉→千葉→北海道→青森→北海道→広島→
 東京→栃木→神奈川→山梨→神奈川→東京→千葉

−という移動をしました。


あまりにもいろいろなことがあり、旅の全行程を詳しく書くと長すぎるので、
写真と、いくつかのエピソードだけ記す旅行記録にしたいと思います。



          *          *          *

 

【東京編】


昨年、急死されたミエコさんの、最後のアロハシャツを購入してくださった方たちと、
東京でお会いしました。急用で1人欠席でしたが、その方にはあとでアロハシャツを郵送し、
今回、ミエコさんのアロハシャツをお買い上げくださった全員に、
無事、アロハシャツをお渡しすることができました。私も肩の荷がおりました。

この夏、日本で、ハワイで、ミエコさんの作ったアロハシャツを着てくださる方がいらして、
きっとミエコさんも喜んでいていてくださるでしょう。みなさんのご厚意に感謝いたします。
どうもありがとうございました。遠く、関西や、青森から駆けつけてくださった方もいます。

 



やっと楽にチケットが買えるようになった『ジブリの森美術館』へ行きました。
宮崎駿のアニメ・ファンには、たまらない場所ですね。
外国からの見学者もたくさん来ていました。

    


来館記念に購入した紘右の宝物、 『ハウルの動く城』。
もちろん動きませんが、ずっしり重たくて・・・ハワイに持って帰るのが大変でした。

うぃ〜んちぃ・・・今にも動き出しそう・・・

 

 

今回は当選!

『笑点』の公開録画を観に行きました。
演芸が『いっこく堂』の腹話術で、母子共大喜び。

紘右はおもしろくて純粋に、
私はいっこく堂がタイプだから。

    


休憩時間に、「一番遠くから来てる人にプレゼントがあります」と言われ、
自信を持って手を挙げ、「ハワイです!」と、言ったら、
もっと遠く、 ニューヨークから来ている方がいらっしゃいました。

その方には、使いかけのトイレットペーパーがプレゼントされました。

 
 


東京での滞在先は、新宿のマンスリーマンションでした。
交通の便がよく、周りにいいレストランがあり、快適でした。

都庁まで歩いて5分。
無料で上がれる展望台から、富士山も見えました。

   

 

          *          *          *



【 北海道・青森編】


行ったところ:

札幌 支笏湖 小樽 函館 青森 五所川原 弘前 新得 旭川 富良野 池田 帯広 釧路

 

札幌では、友人たちといっしょに、『札幌芸術の森』にあるロッジに滞在しました。
敷地内に点在する数々の巨大作品。
毎日、芸術作品で遊ぶという、最高に贅沢な時間を過ごした紘右。

 

 

 

  


いっしょに行った友人の1人は、三ツ橋渡郎さんという、
アッサンブラージュの作品を作るアーティストです。
ちょうど小樽で、彼の作品展をしていたので出かけました。

小樽は、やや観光化されている感が否めませんが、街に趣があります。
道にプリズムで虹が投影されていました。

   


無添加のハンバーグで有名なレストラン『びっくりドンキー』(小樽店)の横に、
レストランの社長が所有する画廊喫茶『海・風・未来』があります。

びっくりドンキーの社長は、三ツ橋作品の大ファンで、
収集したものを展示しています。 

 


三ツ橋さん夫妻と、店のスタッフ。

 


 

【紘右の苦労】

いろいろなところで、「ぼく、どっから来たの?」と聞かれ、

「ハワイから」

と、彼が答えると、
聞いた人は一様にニッコリし、

「そう、よかったわねえ」と、言って、
会話が終わっていました。

だれも、それが本当だとは思わないようでした。




函館では、ヒロで親しくしているKeikoが、北極海の鯨観測に出発するところでした。
港に停泊していた『 おしょろ丸』を見学させてもらい、
Keikoの研究仲間の方に、函館の町を案内してもらいました。
函館の夜景は、世界3大夜景(ナポリ・香港・函館)だそうです。


また、函館から列車で青森まで行き、五所川原、弘前に滞在しました。
五所川原の立ちねぷたの館には感動しました。
民家から出てきた図面を元に復元した、5階建ての建物の高さがあるねぷたが
祭りのときには町に繰り出します。

それも見事に違いありませんが、保管を兼ねた展示建物内で
その、巨大立ちねぷたを見るのも 一見の価値あり、お薦めです。

青森から、夜行寝台で札幌に戻りました。
今回、一番 交通費がかかりましたが、夜行列車はノスタルジックでよかったです。

(函館〜新得までの間、カメラが不調で写真がありません)



新得で、ハワイからやってきた夫と合流しました。
この夏、夫だけは5日ほどの短い夏休みでした。
新得の名産、蕎麦。

私のお気に入り写真、『蕎麦のそばの男』

 



新得では、共働学舎に行きました。
おいしいチーズやソフトクリームに舌鼓を打ち、
紹介してもらった、羊が放牧されているペンションに滞在。


朝、仔羊への授乳を手伝わせてもらいました。

羊が1ぴき・・・

 


羊が3びき・・・

   


羊がいっぱい・・・

 


 

みんなに薦められ、旭川にある、評判の旭山動物園にも行きました。
とうとう入場者数が、上野動物園を越えたそうです。

夏休み前の平日で、空いていた(といってもほどほど混んでいた)のでよかったです。
人がたくさん来て、動物園が潤い、園舎も清潔で、よく世話をされている様子で、
動物が生き生きしていました。サンディエゴ動物園に匹敵します。

動物園はあまり広すぎない方が楽しめるというのが私の持論です。
これも大人気だった、ペンギン弁当。

 

 

十勝川河口に、野生のアザラシがいるよ−という情報に、立ち寄ってみました。
寒々とした港に、ナメクジのような物がいるけど、あれかな?

 


近づいてみると、そうでした。
きみはなぜ、1人でここにいるの?

最近、触ろうとした地元のおばさんの胸を咬んだそうですが、
さわろうとしたおばさんが悪いと言うことで、そのままです。
当然ですね。

 

 

ワイン好きの夫は、池田町にも寄りました。
自治会が運営・経営している、要塞のような立派な建物がありました。

しかし、それよりも、途中で目にとまった、『ワ”インの国』。

 

同じ敷地に放置されている忘れ去られた新幹線ゼロ系に、胸がきゅん。
なぜここにあるのかという不思議。

 

 

釧路では、和尚市場で名物の『勝手丼』を食べました。
どんぶりに入った白いご飯を買い、あとは好きな魚貝を選んで上に載せていきます。

朝早くから、お化粧バッチリのおばさんに、圧倒されました。

 


釧路平原を走る、日本一遅い列車『ノロッコ号』に乗車。
のどかでよかったです。

 


翌日は、朝6時に釧路湿原に行き、カヌーに乗りました。

 


朝の凛とした空気の中、身も心も清められるようでした。

 


「釧路湿原の守り神です」と言われ、目をこらしてみると、タンチョウ鶴がいました。

 


優美な動きに、目が離せませんでした。
大きくゆったりした動きが絵のようでした。

   

 

札幌に移動する途中のどこかにあった『道のえき』で、安くておいしい牡蠣を食べました。
こんなに大きくて2個で260円!?
幸せ。

 

 
 


支笏湖の露天風呂。
かけ湯で、湖が目の前、すばらしいシチエーションでした。

 


【支笏湖・笑い話】

釧路を出発する朝、湿原でカヌーに乗ったり、途中、『道のえき』で牡蠣を堪能していたら、
夕方までに札幌に移動するつもりが、すっかり遅くなってしまいました。

札幌のそばの支笏湖にたどり着いたのが、21時過ぎでした。
もう、札幌まで行くのはあきらめて、ここで今晩の宿を探すことにしました。
支笏湖には『丸駒』という一流旅館があることだけは知っていましたが、
電話してみると、

「素泊まりでしたら、大人お1人様1泊9000円。お子様は6000円です」

・・・(心の中)22時に宿に入り、朝早く出るのに、24000円は高すぎる・・・
・・・ しかし、こんな時間に、他に宿はさがせそうもないし・・・

−と思ったとき、目の前に、『いとう温泉』という、うらさびれた宿が見えてきました。

きしんで開きにくいドアを押し開け、
フロントにあったベルを鳴らし、「今から泊めてもらえませんか?」と聞くと、
出てきた、いっこく堂の腹話術の人形のような顔をされたおじさんが、

「うーーん、もう従業員は全員帰って、私と板前しかいないのですが・・・
ま、どうにかしましょう」と、言ってくれ、
布団は大人2人分だけ、3人朝食付きで14000円で泊めてもらえることになりました。

フロントのおじさんが、汗をかきかき布団を引いてくれると、
ぼろぼろだった畳も見えなくなりました。
「寝るところが確保できて、よかったね」と言いつつ、ふと見ると、
白いシーツの上に、小さな虫の死骸がいっぱい!

「きゃー、何これ?」と思ったら、上からまるで粉雪のように、
はらはら・はらはらと、虫の死骸が落ちてきているのです。
情緒的・・・ではなく、気持ち悪すぎ。
どうも電気の傘の内側に、虫の死骸がいっぱいあるようです。

フロントのおじさんに言うと、「すぐどうにかします」と、板前さんと2人で掃除機を持って来て、
電気を外して大掃除。
そして、シーツを取り替えて、

「申し訳ありませんでした。お子様のお布団、無料でサービスさせていただきます。
あと露天風呂は、本当は22時までですが、何時までお入りいただいても結構です。
他のお客様はもう入りませんから、家族風呂にしていただいてもいいです」

−ということで、私たちはとても快適に、『いとう温泉』に泊まりました。
ほのぼのしていて、ちっともいやな経験ではありませんでした。




【カラスとの戦い】

さて私、新得の共働学舎で、ハンターがカラスを撃つところを目撃しました。
生きてるカラスたちは動揺し、その後ずっと、そこら辺のカラスが不穏な動きをしていました。
そんなカラスたちに、ペットボトルを向け(銃のつもり)、バンっと大きな声を出すと、
おびえて逃げていくようになりました。昔読んだ、『シートン動物記』に書かれていたとおり!

味をしめた私は、カラスの多い北海道で、その後もずっと、ペットボトル銃で
カラスをバンっと脅かしてはおっぱらっていました。
カラスは賢いので、妙に自信満々な私を怖がっていたのです。


『いとう温泉』の露天風呂に行くとき、途中にいたカラスにもバンっとやりました。
ところが逃げるどころか、クゥワァ〜クゥワァ〜と、不愉快そうな低いガラガラ声を出し、
私に近づいてきます。

『不味い、巣でもあったかな?親カラスは巣を必死で守るというし、
攻撃されたら大変』と思い、脅かすのを止めました。


露天風呂のオープンな脱衣所で服を脱いでいると・・・
さっきのカラスが変な鳴き声を続け、
1羽、また1羽とカラスが集まってきました。
全部で5羽。

あたりに不穏な空気が流れています。
 

露天風呂に入ろうとしている私は裸。
他にだれも人はいない。
屋根が全くない露天風呂に入るのはとても危険な気がしてきました。
でも、もう北海道から離れるのに、最後の最後の温泉に入りたい。

そこで、脱衣所のかごを頭からかぶり、1人、支笏湖を眺めながら
露天風呂に入りました。
おかげさまで、カラスにも襲われませんでした。

 

【ミーハー対決】

夫がどこかの空港に着いたとき、厳戒態勢でガードマンがたくさんいたそうです。
そして、おばさまたちが、ハートの写真を持ち、ずらずら並んでいたそうです。
で、飛行機から降りてきたのが、この韓国人の俳優さん。
だれでしょう?

  


一方私は、札幌の大通り公園で、聞き覚えのあるダミ声を耳にしました。
人だかりがし、だれかと思ったら、鈴木宗男氏。
応援演説をしていました。

鈴木氏が演説を終えると、若い女の子たちが周りを取り囲み、
携帯でいっしょに写真を撮っていました。ちゃっかり女の子の肩に手をまわし、満面の笑みでした。
鈴木氏が話し終わり、主役の候補者が話し始めると、人がいなくなりました。

あなどれません、鈴木宗男氏。

 

 

          *          *          *

 

【広島編】


広島では、喫茶店をしている友人の家に泊まりました。

建物、椅子・テーブル、壁のウクレレなど、全部ご主人の手作りです。
居心地のいい、素敵なお店でした。

 

 

宮島の厳島神社へ。
引き潮でした。

 

 

奈良より、鹿が多いような気がしました。

 


          *          *          *


【足利・ひどい話】

広島空港から、羽田空港に飛び、川崎にいる料理上手な友人の家に一泊してから、
栃木県の足利に向かいました。

川崎から足利へ行くには、浅草から東武伊勢崎線の『りょうもう号』に乗るのが、
一番安くて早いと教えてもらい、紘右と2人、浅草駅まで行きました。

東武の浅草駅に着くと、特急『りょうもう号』が出る3分前でした。
2人ともsuicaを持っているので、改札に駆け込み、階段を駆け上がりました。
途中で、特急のドアが閉まるのが見えました。

「だめだ」と思ったら、一度閉まったドアを開けてくれ、
どうにか15時40分発の『りょうもう号』に乗れました。

しゃべることもできないくらい、息が切れています。
車両に入り、一番手前に座っていたオジサマに、

「この電車の自由席はどちらでしょう?」と聞くと、
「全席指定だよ。車掌が来たら言えばいいから、そこに座ったら」と
教えてくださいました。

とりあえず座りたかったので、通路を挟み、
そのオジサマの並びの席に座りました。

「どこまでいくの?」
「足利です」
「ぼくも同じだ」
「どこから来たの?」
「ハワイからです」
「へー、ぼくも今、成田から戻ったところ。香港と台湾に出張だったんだ。
で、足利でどうするの?」
「友達が夕方に仕事が終わるので、それまで足利学校でも見ていようかと思います」

・・・オジサマは、親切なのか、怪しいのか、判断がつきかねる・・・

−と思いつつも、最初に声をかけたのは私だし、聞かれるままに答えていると、

「じゃ、車を足利駅のそばに止めているから、
足利学校まで送っていってあげるよ」と、言ってくださいました。

・・・オジサマ、いい人に違いない、いい人ということで信じよう、
断る理由は何もない・・・

−と、思うことにしました。

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」

足利駅でいっしょに降りました。
駅から5分くらい歩いた川縁の駐車場に、オジサマのクラウンがありました。

乗せてもらおうとしたとき、私は自分のトランクを倒してしまい、
トランクを引っぱるための棒の部分で、オジサマの向こうずねを思いっ切り強打しました。
漫画のように、足を持ち、片足で飛び跳ねるオジサマ、

「ごめんなさい!」

オジサマはズボンをめくり上げ、向こうずねを確認していました。
「ひやー、あまりの痛みに、血が出てるかと思った」

そこには、紫色のアザが・・・。


クラウンに乗せてもらい、足利学校へ向かうと、もう閉まっていました。
「時間をつぶすなら、何にもない東武の足利駅前より、
JRの足利駅前の方がいいよ」と、親切にも
別の場所まで私たちを送り届けてくださいました。

そして、「気をつけてね」と、向こうずねをなでながら、
オジサマは行ってしまわれました。

オジサマ、親切を仇で返す女をどうぞお許しください!



足利では、心休まる友人の家で、のんびりしました。

ちょうど「ポケモン」の新作映画が封切りの日で、
友人夫婦と4人で観に行きました。
不覚にも、ポケモンの映画で泣いてしまいました。


          *          *           *



【山梨・神奈川編】

神奈川の津久井郡藤野町にある、友人夫婦が経営するカフェ・レストランShu
次はここでお世話になりました。

目の前にある畑でとれた新鮮な野菜を、
腕の立つシェフが料理し、一流建築家が設計した建物で、
すばらしい時間を過ごすことができるレストランです。

 


また藤野町というところは、芸術家が気に入って多く住んでいたり、
シュタイナーの学校があったり、町自体、大変魅力的です。

遠くの山の中腹に、目があるのがわかるでしょうか?
偶然出会った、シュタイナーの学校で学ぶ子供たちと。

初対面だったのに物怖じせず、彼らの表情は生き生きしていました。

 


Shu夫妻の愛娘、Ryuちゃん。
出かける気配を感じると、袋に飛び込みます。可愛い!

 



【坂田明氏へのお詫び】

甲府の桜座であった、『三味一体』というライブにも行きました。
てぬぐいぶろさんのブログに、ライブの様子がとてもよく書かれていたので、
リンクを張っておきます。

ジャズ・踊り・文楽を合体させた、ひじょうに斬新な舞台で、
7歳の紘右がそれを理解するにはなかなか難しく、
ときどき笑いをこらえたりしながら、
とにかく、 じっと座っているのがやっとという感じでした。

ジャズ好きな私にとっては、テレビやCDで聴いていた坂田明さんが、
目の前でサックスを吹いているのですから、大感激でした。

そのうち、マイクをもった坂田明さんが、
「ヤエガキ、ヤエガキ、ヤエガキ・・・」と、 言い始めました。


『ヤエガキ?

そっか!紘右が大好きな絵本。
「もけら もけら」は、坂田さんの 絵本だ。
「じょあらん じょあらん」とか、ことば遊びがあって、紘右が大笑いしてた』

−と、思い出し、紘右の耳元で、

「このサックス吹いているおじさん、
紘右の大好きな絵本を書いた人だよ」と言いました。
それを聞いた紘右も、やっと興味を示し始めました。


舞台が終わり、いっしょに行った友人が坂田さんと知り合いで、
私たちのことを紹介してくれました。

「ハワイから来た能丸千秋さんと、息子の紘右君です」
 

そこですかさず言いました、

「うちの息子は、坂田さんの絵本『もけら もけら』の大ファンです!」

しばし沈黙の坂田氏・・・・・「それは、山下洋輔のだよ」


坂田さん、ごめんなさい!
そうでした。坂田さんの本は、ミジンコ関係でしたね。


          *          *          *


【日野編】

むかしむかし、私のボスだった丹羽さんご夫妻の家にもおじゃましました。
新鮮な魚貝を取り寄せて、最後の最後に、豪華日本食ディナーをごちそうになりました。

丹羽家のフォトジェニックな猫、もも

 


早期リタイアしたご主人のしんじさんは、最近、鳥(ペンギンを含む)を彫るのに凝っています。
プロ級の作品たち。

 

 

【成田空港を飛び立つ】

こうして紘右と私の、長い長い日本での夏が終わりました。
6月6日にヒロを出発、7月20日に帰路につきました。

長い旅でしたが、幸い2人とも体調を崩すこともなく、
たくさんの人たちの温かい持てなしと、出会いに、心打たれた旅でした。
私は、『人の優しさ』『夫婦のあり方』などを学びました。

さて、紘右は・・・?


飛行機が成田を離陸すると、窓から外を見ていた紘右が突然、
「ちょっと、だるいの」と、言い出しました。
よく吐く子ですから、「え、気持ち悪いの?」と聞くと、

目から涙をぽろぽろこぼし始め、



 ちがうの

 日本をはなれたくないの
 日本が1番よくなった
 日本でくらしたい

 日本の心がわかったの
 日本語おぼえたり、日本に住めるようにするの



手渡したタオルで顔をおおい、号泣しています。

紘右が、日本を好きになってくれたらと日本に来たけれど、
こうして泣いている紘右を見ると、
かわいそうなことをしてしまった気もしました。

日本とハワイの両方が、紘右にとっては故郷で、
親の勝手で、こういう二重国籍の生活をさせているのに・・・
がんばれ、紘右。

紘右が、泣きながら窓に向かって叫びました。


 日本のこと、忘れないよ!
 やっぱり日本に住みたいの

 日本とお別れしたくないの
 日本、ぼくのこと忘れないでね!!

 

泣きやますのに、30分くらいかかってしまいました。
ごめんね、紘右。

でも、日本のことを好きになってくれて、とっても嬉しいです。
きみなら、故郷が2つあることをプラスにして、生きていってくれるよね。

 

2007年の夏、最後はちょっと切なくなりました。

でも、みなさんのおかげで、すばらしい旅ができました。
どうもありがとうございます。

来年の夏もまた、日本で過ごせますように!