【2007年12月20日〜2008年1月6日 日本滞在】
2007年12月17日(月) 曇りのち晴れ
この3ヶ月間、紘右の日本語の家庭教師をしてくださった
Junkoさんが帰国されることになり、今晩は「お別れ会」がありました。
Junkoさんは、日本の小学校の先生でしたが、
英語の勉強をしたいと早期退職され、
ヒロのコミニティカレッジに入学し、このたび卒業されました。
紘右は、この9月には、日本語がほとんど書けなかったのですが、
その後、Junkoさんに、週2回、1回1時間半の授業をしてもらい、
ひらがな、カタカナ、1年生の漢字まで書けるようになりました。

Junkoさんが大好きな紘右。
Junkoさんに教えてもらって、今、紘右の趣味は『五目並べ』というシブさ。

紘右の、日本語の読み書きのスタートを切ってくださったこと
感謝してもしきれません。
どうもありがとうございました!
2007年12月16日(日) 雨
12月2日の日記に載せた『日本語検定の珍回答』は、
おかしかったと好評でしたが、今度は、日本人による『英語の珍回答』に笑いました。
I live in Tokyo. (私は東京に住んでいる。)
を過去形にしなさいという答え・・・
I live in Edo. (私は江戸に住んでいる。)
これも間違いではないですね、いいなぁ!
こちら、もうすぐ終わる2007年の干支。

答え:ブタ!−じゃなくて、イノシシ。
2007年12月15日(土) 雨
ボーダーズという本屋さんに、ふらっと買い物に入りました。
店内に、長蛇の列。
だれかがサインをしているようです。
『どうせ顔を見ても、私の知らない著者だろうから関係ないし』と思いつつも、
人々の間から、サインしている人の顔を見ると、そこにいるのは・・・・・・
ジュン・ジョーンズさま!
もう頭にカーッと血が上ってしまいました。
−何から説明したらいいでしょう。
まず、さかのぼること8年前、1999年のこと。
それまで、ハワイ大学のフットボール・チームは、リーグ戦で負けてばかりの最下位チームでした。
ところが、NFLのコーチの経験もあるジュン・ジョーンズ氏がサンディエゴからやってきて監督になり、
ハワイ大学のフットボールチーム『レインボーズ』を、見事、リーグ優勝させるまでに至ったのです。
フットボールとは、頭脳ゲームともいわれ、監督の采配で、こうも変わるものかと、
ハワイの人たちはもう、『レインボーズ』と『ジュン・ジョーンズ』に夢中。
で、2000年の1月に生まれた紘右のミドルネームは、
ハワイの英雄ジュン・ジョーンズ氏からいただき、”June”にしました。
そして、今年!
『ウォーリアーズ』と改名(”虹”より、”戦士”の方が強そうだし)したチームは、
ハワイボウルという例年行われてきた大学リーグより、知名度・ランクともにずっと高い、
シュガーボウルに、出場することに決まったのです。
その最初の試合が、2008年1月1日に、ジョージア州で行われるため、
今、飛行機会社が、観戦チケット付き往復航空券を40万円くらいで
売り出しているというフィーバーぶりです。
また、ちまたにはハワイ大学のフットボールグッズが溢れ
(スクールカラーは、グリーンと白)、
うちでも、紘右、夫がTシャツを着ています。
ボーダースでは、何も迷うことなく、私も列の最後尾に並びました。
夫に、「お願い、車に置いてきたカメラと、彼の本を持ってきて!」と頼みましたが、
著書は、私たちの前に並んでいる人で売り切れでした(アンラッキー)。
でも、何にでもサインしてくれるということで、目の前にあったカードを買い、
そこにサインをお願いしました。
(興奮気味の私)「あ・あ・あ・あの・あの・あの、ここにサインをお願いできますか」
(横で、ぼりぼりと足を掻いてる紘右)

ジュン・ジョーンズ氏を真ん中にして写真を撮ろうとするのに、
私といっしょにちょろちょろする紘右。
*手にしているカードにはちゃんと、”Aloha! June Jones”ってサインが!

ジュン・ジョーンズ氏に、ガシッと紘右を捕まえてもらい、無事に写真も撮れました。
*私の肩には、手をかけてくれないジュン・ジョーンズ様(肩がさびしいよ〜)。

2人の”June”の写真、家宝にします!
しかし、ヒロだからこそ、20分も並んだら、
ジュンジョーンズ氏とお話しでき、写真も撮れるんですね。
田舎であることに感謝!
2007年12月14日(金) 雨
輝く竹やぶ・・・そこに、かぐや姫が?
しかし、よく見ると、こんな竹にまで落書きがあり、興ざめですね。

だあれ、書き始めと終わりがいい加減な線を引いたのは?

実はこれ、ゴールデン・バンブーという竹で、
妙なラインは、自然に入ります。
それも、2つとして同じパターンはなく、また節ごとに違います。
おもしろいですね。

細い枝にも、まるで『匠の技』のような線が入ります。
見ていて、飽きません。

*注意すると、ハワイ島のいろいろなところで見られる竹ですが、
目につきやすいのは、
アカカ滝、リリウオカラニ公園内などです。
2007年12月13日(木) 雨
朝から、スコールのような雨が降り、庭先に、艶やかな虹が。
虹でスタートの今日。

さて、昨日、天候が悪くて、山頂に行けなかったMさんといっしょに、
マウナケアへ向かいました。
この冬は、雪が多いマウナケア。
スノーボーダーたちが、てくてくと斜面を登っては、滑っていました。

すばる望遠鏡のドーム(左)が見えてきました。

建物に入ると、ラッキーなことに、ドームが開いていて、
今までになく、鮮やかな青い望遠鏡の写真が撮れました。
主鏡の直径が8.2メートル、高さ22.2メートル 重さ555トンの巨大望遠鏡です。

鏡(重さは22.8トン)を運ぶための台車。

鏡を持ち上げるための、専用クレーン。

Mさんは、すばる望遠鏡の予算が出る前から、望遠鏡のために仕事をされてきた方です。
感激して、何回も涙ぐんでいらっしゃいました。思わず、もらい泣き。
奇跡のようにお天気も回復し、美しい雪山もMさんを歓迎しているようです。

山から下りる途中で、虹が出ました。
今日は、エンディングも虹。

そのまま、Mさんをヒロ空港に送って行きました。
「大満足だったわ」というMさんの笑顔に、私まで幸せな気持ちになりました。
どうもありがとうございました。
2007年12月12日(水) 雨
午前中、マウナケアに向かうはずだったMさんでしたが、
10時ごろから、ヒロでも激しい雨と雷になり、山頂には避難勧告が出て、
Mさんは、すばる望遠鏡の見学に行けませんでした。
明日は天気が回復し、Mさんがマウナケア山頂に行けますように。
−ということで今日は、ヒロにあるイミロア天文センターに行きました。

* * *
KXWWという地元のラジオ局から夫に、
「プレゼントの抽選に当選したので、木曜の夕方6時、プリンスクヒオに来てください」と、
電話がありました。
大喜びで駆けつけてみると、特設エリアに、並んでいる人がいっぱい。

『な〜んだ、こんなにたくさんの当選者がいるんだ』と、がっかりしたら、夫は、
「貴方は、すでに当選している特別な人です」と、先に受付してもらえました。
アッパレ、夫!

当選者は、赤い箱の中にある、”総額1000ドル”のプレゼントがもらえる様子です。
やった〜、自転車か、テレビがいいな〜♪

紘右が撮影、ひつじのドアップ。
うっ・これが当たったら、どうしよう・・・

さて、夫を含め、30人の名前が呼ばれました。
・・・ということは、箱の中には30個の商品があって、みんなで分ける?
列になり、順番にメダルをひいていきました。夫のメダルの裏には、『28』という番号が
・・・つまり、商品に通し番号があるのかな。28番は、何でしょう?
30人がメダルをひき終わると、スタッフが箱を閉めてしまいました。
・・・え・なぜなぜ?もっと商品がよく見たいよ〜

さらに、鍵までかけてしまいました。
そして、サンタ帽の中から、ジャラジャラとたくさんの鍵の音。
なんと、これから、名前を呼ばれた30人が、メダルにあった番号順に、
帽子から鍵を取り出し、ひとつだけ入っている正しい鍵で、
箱を開けた人が、全ての商品をもらえるのだそうです。

つまり、『28番』とは、ビリから3番目・・・?
結果、夫の番まで来ることなく、12番目に鍵を選んで差し込んだ人が、
見事、箱を開けました。
ラッキーな彼、どんな気持ちでしょう。

↑
紘右は、パパはプレゼントがもらえると信じていたので、呆然と立ちつくしていました。
車に乗ってから、紘右、泣きました。
2時間待って、何ももらえずでしたが、ひとときの夢を楽しみました。
やっぱりくじ運のない、私たちです。
2007年12月11日(火) 曇りのち雨
私が三鷹の天文台に入った(今から、十数年前の)とき、
秘書の鏡として尊敬してやまなかったMさんが、
ハワイ島を訪ねてくださいました。
すばる望遠鏡の立ち上げ当初から、携わっていた方のお一人です。
そのMさんが、完成したすばる望遠鏡をご覧になるのは、今回が初めてだそうで、
驚きました。明日、見学にいらっしゃいます。
今日は、ヒロ空港に迎えに行き、そのままボルケーノに行きました。
ランチは、シズノさんの家にお呼ばれでした。
ステキなテーブルセッティング、
心のこもったお料理、
はずむ会話に、笑い転げ、
ボルケーノの透き通った空気の中で、
最高のランチになりました。

デザートの『茶巾パープルポテト』。
ランチョンマットのレース編みは、今は亡き、ご主人のお母様が編まれたもの。
アンティークのウエッジ・ウッドのカップとよく合っています。

うちに戻る前に、『虹の滝』に寄りました。
Mさん、天文台にいらしたころと全然変わりません。
Mさんのように、控えめでいて、実は陰でみんなを支えるような、
”凛”とした女性になりたいものです。

私に一番足りないことかも・・・Mさん、どうぞ爪の垢をください!
2007年12月10日(月) 晴れ
先週末やっと、『ヒロ・タイヤ・センター』から連絡があり、
注文していた
オデッセイ用・規定のタイヤが届いたと言われました。
今朝、8時半にタイヤ・センターに行き、3本のタイヤを付け替えてもらいました。
これで
めでたく、オデッセイの4本のタイヤが、全て、正しく・新しいものになりました。
さて、オデッセイの後ろに、どかどかと積まれた3本の間違ったタイヤ。
これを島の反対にある、コナのコスコまで返品に行かなくてはなりません。
明日は、日本からのお客様がいらっしゃるのに、
このままでは後ろに荷物が積めないし、車内がゴム臭いし・・・
「ええい、このままコスコに、返しに行こう!」と思い立ち、
片道2時間半かけて、コナに向かいました。
行きは、30分早く行けるし、道路工事がどれくらい進んだかも見たいし、
島の真ん中を突き切る、サドルロードを使いました。
途中からよく見える、4150mのマウナロアの山頂の雪。
まだらです。

マウナケアは、ずっと雲の中でしたが、
一瞬、雲が切れ、4200mの山頂が見えました。
うっすらと雪。

『スガシカオ』を聴きながら、気持ちよく走りました。
さて、コスコに到着し、車整備の窓口に行って、
「ここのマネージャーと交渉済みで、付けてもらったタイヤが規定では
なかったので、返品してくれることになってる」と言うと、
そのスタッフは、「そんなこと、聞いてないよ。
マネージャーは、今日休んでるから、また明日、電話して来てよ、
ぼくじゃ、わからないから」と、言います。
そ・そんな・・・
タイヤを積んで、このままヒロに戻るなんてしたくない!
アメリカは、とにかく交渉(ニゴシエイト)の国ですから、
ここで踏ん張らなくてはいけないのですが、
私の英語力では無理。
夫に助け船を出してもらい、そのスタッフと電話で交渉してもらいました(スタッフも引き下がりません)。
最終的に、コスコ・コナ店のマネージャー(車整備のマネージャーより上)と話すところまでたどり着き、
最初の
約束通り、コスコ側の手落ちだからと、
使ったタイヤでも引き取り、返金してくれることになりました。
おかげさまで、350ドル、戻ってきました。
相当時間がかかり、途方に暮れていた私は、
思わず、深々とお辞儀をし、日本語で、
「どうもありがとうございました!」と、言ってしまいました。
でもそれくらい、感謝の気持ちを表したかったのです。
コスコ・コナ店のマネージャーは、日本語はわからない白人だったのに、
ちゃんと通じました。
ほっとしました。
こうして
長きに渡り災難続きだったオデッセイのタイヤ。
これにて一件落着。
2007年12月9日(日) 曇り
新旧庭師さん交代の間で、今月は、自分たちで芝刈りをすることになりました。
ライディング・ローンモアで芝を刈りますが、
紘右が1人で操作できるようになりました。
最後の仕上げは夫がしましたが、結構じょうずに刈っています。

紘右は、顔が笑ってしまうのを隠そうとするとき、
こういう顔をします(口をすぼめる)。
汗っかきなので、頭にはタオルを巻き、
ボーズのノイズ・キャンセリング・ヘッドホンを装着しています。

よっ、もうすぐ8歳!
2007年12月8日(土) 曇り
紘右の学校で、毎年恒例になりつつある、
第3回目の『サンタといっしょに朝食』
という、
セントジョセフへのささやかな寄付になるイベントがありました。
朝食は、11号と19号の交差点にある
『ヒロ・パンケーキハウス』からの寄付でした。
もっちりとしたパンケーキがおいしかった。

食事のあとは、サンタさんが本を読んでくれます。
あれ?子どもたちの数が少ない・・・紘右もいないし・・・

−と思ったら、大きな子たちは、外で遊びほうけていました。
君たちはすでに、サンタさんより友達か!

* * *
コナに住むMさんから、
「日記で見ましたよ!
ヒロで、太ネギが買えるなんて、うらやまし過ぎます!」
と、用件はそれだけの電話でした。
あははは・・・!
Mさん、ヒロのダウンタウンの朝市は、水・土曜で、
土曜は、このおばさまが、一番山よりのブースでネギを売っています。
(水曜は、このおばさまが、北側の通路の真ん中あたりにブースを出します)。

さ、今日も、ネギネギ!
2束頼むと・・・「4ドル」と言われました。
え?この間は1束1ドルで、日本より安いと思っていたのに、
2倍の値上げ?
きっと、日本人の需要が高いのですね。
今日は、1束だけにしました。

家に戻り、たっぷりネギと、イカも入れて、『ぬた』を作りました。
ネギの白い部分は、白髪ネギにしたくて、取っておきました。
しかし、こんな贅沢なネギの使い方ができるなんて、し・あ・わ・せ。

−ということで、三木さん、早く買いに来ないと、来週は3ドルになるかもよ!
2007年12月7日(金) 曇りのち晴れ
ヒロ空港からダウンタウンへ向かう道の角に、車の販売店があります。
そこのショーウインドーには、いつも素敵な絵が描かれています。
おや、クリスマスバージョンになりつつある!
ということは・・・

いました、いました、マイドック先生。
下絵を描き、それに色づけし、ガラスを巨大キャンパスに見立て、ダイナミックに仕上げます。
そして、2ヶ月もすると惜しげもなく消して、また次の作品を描かれる芸術家です。

以前、自然食品屋さんで描いていらしたとき撮らせてもらった写真が
やっと渡せました。

マイドックさんは、美大を2つ卒業し、車が好きで、車に絵を描いていたこともあったそうです。
私が特に魅力を感じるのは、彼のレタリング(字)。
今度、手伝わせてもらって、テクニックを盗みたいくらいです。


『メレカリキマカ』は、ハワイ語での、メリークリスマス。
みなさん、いいクリスマスをお迎えください!

* * *
先日、隣に止まっていた車の模様があまりにも面白くて、写真を撮りましたが、
もしかしてこれも、マイドック先生の作品かな?

2007年12月6日(木) 曇りときどき雨
小用があり、銀行やカウンティ・オフィスを回りました。
”環境破壊に繋がる” 有害な廃棄物を集める日
−
があるという、非常に重要なお知らせを発見。
(車・おもちゃなどのバッテリー、各種電池、オイルなど、
詳しい情報は、↓こちらをクリックしてください)

バッテリーを、普通のゴミといっしょに捨てる人もいますが
(ハワイのゴミは、そのまま埋め立てるため)、
深刻な環境問題に発展しつつあります。
これまでは、ワイメアのNAPAが好意で回収してくれていたので、
そこまで持って行っていましたが、カウンティ(群行政)でやって
くれるようになったのは嬉しいことです。
*島民のみなさ〜ん、これをメモして冷蔵庫に貼りましょうね
(とか言って、知らないのは私だけだったら、ごめんなさい!)。
【ヒロ】 ゴミ捨て場(空港の側)
毎月第1土曜日
午前7時半〜午後2時半

次に、銀行へ
駐車場に、いつも警備の人が立っているのですが、
たぶん自作であろう”シェイド”に笑ってしまいました。
どこかのカートにパイプを通し、その先に雨傘。
ドラエモンの(?)・・・
どこでも”日陰”(おお、雨よけにもなりますね)。

ダウンタウンから、ナニロアゴルフ場まで足を伸ばすと、
そこに、津波によって、1960年5月23日午前1時04分(夜中過ぎ)に、
止まってしまった時計が立っています。
チリ沖を震源とする津波で、ハワイ諸島では61名の尊い命が奪われました。

時計の他に、2回の津波(1946年、1960年)の被害により、
再び復興することがなかった、かつてのダウンタウンの地図もあります。
通りと店の名前だけですが、クリックすると読める大きさになります。
活気があったころのヒロのダウンタウンが忍ばれます。
2007年12月5日(水) 曇り・小雨 夜半には雷
カブスカウトで、インディアンの三角テント『ティピ』を作りました。
本物は、布が巻かれていたと思うのですが、
ハワイですから、椰子の葉で作りました。
出入り口を塞いだ状態。

入り口の葉を取ると、中にいるいる、ボーイズ。
たくさん入れます。

学校の校庭に作ったものなので、すぐに解体しなくてはなりません。
バラバラにするのも、また楽しい。

* * *
夜になり、激しい雷雨になりました。
マウナケアは、雪でしょう。
マウナケア山頂に設置されているライブカメラを見てみると・・・雪に埋もれてますね。
こちらは、ヒロのダウンタウンにある津波博物館にある
ヒロ湾を望むライブカメラです。
2007年12月4日(火) 晴れ(強い風)
前線が停滞していたため、いつも北東から吹いている貿易風が弱まり、
南からの風で、いつもはコナ側に流れるVog(ボグ)が、ずっとヒロに漂っていました。
それもこの数日、今までにないくらいのひどい霞み方でした。
『ボグ』というのは、キラウエア火山から吹き出している火山性ガスのことで、
『ボルケーノ・スモッグ』を略し、『ボグ』という造語が作られました。
最近の挨拶はずっと、「ひどいボグだね」−でした。
それが、今日、力を取り戻した強い貿易風(待っていたと思われるくらいの強さ)で、
一気に吹き飛ばされました。
ボグが漂っていると、頭痛、鼻炎、目が痒いなどの症状が出る人がいて、
健康によくないと言われています。
私は大丈夫なタイプですが、ボグがなくなってみると、大変すっきりした気分になりました。
やっぱり影響があったのですね。
夜も、空がクリアで、星がくっきりみえました。
東の空に輝く、オリオン座。

* * *
カブスカウト活動の一環で、クリスマス・リースの販売がありました。
売り上げの一部は、カブスカウトへの寄付になりました。
ご協力くださった方に、感謝いたします。
お買い上げ、どうもありがとうございました!

うちの入り口にも飾りました。
リースには、”ウエルカム”という意味があります。
ようこそ、わが家へ!

2007年12月3日(月) 曇り(その上、ボグ)
かぼちゃのケーキを焼くことにしました。

オーブンから、スパイスのいい香りがしてきます。

無事、かぼちゃケーキが焼き上がりました。
合わせると、丸いかぼちゃの形になります。

ちょっとケーキの型を集めすぎかもしれません。
変わった形のに目がなくて、
『お城』『ヘンテルとグレーテルの家』という型もあります。
・・・とか言いながら、『サッカー場』が欲しくてうずうずしています。

* * *
今学期、ボランティアで生徒役として参加していた、
ハワイ大学の『言語学』の授業が、今日で最後でした。
彼らは将来、英語の先生になります。
左の後ろにいるのが、スコット先生。
左手前にいる3人が、生徒役でした。
毎週月曜日、充実した授業をしてもらい、
心から感謝しています。
どうもありがとうございました。

2007年12月2日(日) 晴れ(だけどボグ)
最近、ラジオのおもしろさに目覚め、よく聴いています。
とくに欠かさず聴いているのは、
小西克哉・松本ともこさんの『ストリーム』で、
テレビでは言えない政治の裏話から、
映画評論・ハリウッドのゴシップ情報まであり、
バラエティに富んだ内容が気に入っています。
でももしも日本にいたら、他に情報が溢れかえっていて、
聴くことはなかったかもしれません。
海外にいる人は、インターネット・ラジオをよく聴いているそうです。
さて、先日の放送で、日本で行われた日本語検定の試験で、
外国の人たちが書いたという、珍回答が放送されました。
この、日本人の想像を超えた(日本語が母国語だったら絶対に考えつかない)回答に、
小西さんと松本さんも爆笑。
私も、いすから転げ落ちて笑いました。
問題;『あたかも』を使って文章を作りなさい。
→ 答え;冷蔵庫に牛乳があたかもしれない。
『うってかわって』 → 彼は麻薬をうってかわってしまった。
『もし〜なら』 → もしもし、なら県のひとですか?
『まさか〜だろう』 → まさかりかついだ金たろう。
『どんより』 → ぼくは、うどんより蕎麦が好きだ。
間違っているとは言えません!
英語も難しいけど、日本語も難しいですね。
私の英語も、ネイティブの人を吹き出させたことがあります。
* * *
レゴ好きの母をもってしまった紘右は、部屋にレゴ・テーブルをもっています。
好きなときにレゴで遊び、作ったものを置いておけるように
・・・私が?
いえ
いえ、紘右がで〜す。

そんな私のために、紘右が置物を作ったからと呼び来ました。
行ってみると、レゴで作った『LEGO』。
これ、相当気に入りました!

2007年12月1日(土) 晴れ(だけどボグ)
ポリネシア系の人々の”医者いらず”である
『ノニ』が健康にいいということは、近ごろ日本でも有名かと思います。
テレビ番組の罰ゲームで飲まされたりと、ニオイと味は強烈ですが、
糖尿病から、肥満、更年期まで、いろいろなものに効果があり、
健康のために飲んでいる人がよくいます。
日本から遊びに来ているKさんも糖尿病で、
ノニジュースを50本ほど購入したいということで、
力不足ながら通訳として、お買い物に着いていきました。
50本(1本946ml入り)となると、持ち帰ることは不可能なので、
日本まで送ってもらうことにしました。
Kさんが選んだのが、下の2つのもの。
左のボトル(13ドル)を30本
右のボトル(17ドル)を30本
というのが希望だったのですが、
右のメーカーのものは、日本に送れないということで、
左のボトルを60本に決定
注文し、日本へ送ってもらう手配をしました。

さて、その夜、Kさんが左のボトルを開けて飲んでみると、
シロップのように甘く(砂糖が入っていて)、
糖尿病の人には向かないことがわかりました。
翌日、キャンセルするため、再びいっしょに店に行きましたが、
すでに、日本に向け出荷されたあとだとでした。
今回は、仕方なく、Kさんは『NOJI』を飲まれることにしました。
スタッフの話しによると、
『GOJI』というのが甘く、
『NOJI』は、ノニと、ゴジを混ぜたものだそうです。
NONI、NOJI、GOJI・・・勉強になりました。
Kさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになり、何か助けになることはないかと
考えていたら・・・
そういえば!
1年ほど前、カラパナ(ここのノニは一番いいと言われている)で実を取ってきて、
ノニを発酵させていたことを思い出しました。
すっかり、茶色い液体になっています。
瓶に詰めたときのあまりの臭さに、これまで1回も蓋を開けていませんでした。
でも、カビもはえず、売られているノニと同じ、飴色に変化していました。
Kさんに、「このノニを差し上げるので、混ぜて飲まれてはいかがですか?」と
言ってみると、大喜びで、
瓶の蓋を開け(ちゃんと発酵して臭いは少しマシになっていました)、
ガーゼーで濾し、コーヒー色の液体を持っていかれました。
私も、エイリアンが生まれてくる前に、開かずの瓶がなくなってよかったです。
封印したころのノニ・・・
これがこげ茶色になりました(エイリアンの卵のようでしょう?)。

妙薬は、口に苦し、鼻に臭し、目に悪し・・・と言ったところでしょうか。
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