2009年12月21日(月)〜2010年1月4日(月)
バンクーバ&ウィスラー(カナダ)、シアトル(アメリカ)へ行ってきました。
* * *
【バンクーバ編】
2009年
12月22日〜25日 滞在
12月21日の夕方、ヒロを発ち、ホノルルでシアトル行きの飛行機に乗り、
12月22日シアトルに到着。そのままレンタカーを借り、カナダのバンクーバまで、
3時間弱のドライブで移動しました。
バンクーバには、12月22日〜25日の3泊4日、滞在しました。
気温はだいたいO度くらいでした。
* * *
カナダに入国、車での国境越えは、初めての経験です。
アメリカ人は、高速道路の料金所と同じように、車のまますっと通り抜けていきます。
私たち日本人は、駐車場に車を止め、オフィスへおもむき、
パスポートにスタンプを押してもらいました。

バンクーバでは、海辺のホテルに滞在しました。
海辺に、船に住んでいる人がいました。
売りに出ている船家の一番安い物でも3千万円くらい。
つまり、お金持ちが船家に住んでいます。
家の形の船は、実にかわいらしい。
手前のお爺さんは、買い物を運び込んでいました。

ホテルのそばには、シュールな芸術作品が・・・車座になる男たち。

こちらの作品・・・車座の男に、慣れ慣れしい男。

港には、空中に浮いた家の作品がありました。
この家には入れません。

ノコギリの歯を道に埋め込んでいます。
錆び具合がいいですね。

2月には、バンクーバー冬期オリンピックがあります。
それで置いてあるのか、町中に大きなイーグルの作品がありました。
そういえば、これの亀編がハワイ島にもあります。
かなりの大きさ。
思い思いのペインティングが施されています。



上の鷲は、羽根や尻尾がメイプルの葉になっています。
カナダ人とは、メイプルの葉の絵が描けなければ、カナダ人ではないかもと思うほど、
町中にメイプルの葉が溢れています。
例えば、マクドナルド、シアーズのマークなどにも、
ちゃんとメイプルの葉が着いていました。


カナダというのは、大国アメリカの隣にあり、
「アメリカとは違う」−ということを、
かなりはっきり主張している気がしました。
国旗を愛する気持ちは、アメリカ人以上。
カナダ国旗の服を着ている人もよく見かけました。
カナダ人は、アメリカ人ほど陽気ではなく、
恥ずかしがり屋の優しい国民性という印象です。
バンクーバから、車ごとフェリーに乗り、ビクトリアへ向かいました。
こちら、ハバロフスクからお越しの・・・
あ・違いました・ハワイからお越しの父子です。

フェリーの中でランチ。
カナダは、フランス料理の影響か、アメリカより食べ物がおいしい。

しかし、センスは、アメリカの方がいい感じがしました。
クリスマスの電飾を着け過ぎでしょう。

カナダは、緯度が高いので、冬は暗くなるのが早く、
4時ごろにはもう、夜のようです。
ビクトリアは、イギリスの影響が色濃く残っていて、
昔ながらの英国スタイルのアフタヌーンティーができます。
スコーンはサクサク、サンドイッチはしっとり、甘い物も絶品でした。
添えられていたクリームがすばらしく、「これは何?」と聞いたら、
「デボンシャークリームだよ」と、そんなことも知らないのという感じで
教えてくれました。ここでは常識のようです。

お店自身が骨董品のよう、店主であろうおばあちゃま自身も・・・。
その店主のおばあちゃまが編まれたであろうポット・カバー、いい味出しています。

オーク・ベイという町の中心街にある
ブレザリング・プレイス・ティールーム。
お薦めです。

到着が遅れ、帰りのフェリーになかなか乗船できず、退屈した紘右が車内から撮った写真。
いやこれ、君しか撮れないよ。

遅くに、バンクーバに戻ってくると、
オリンピックの光りの輪が水上に浮かび上がっていました。

バンクーバで何回も渡ったこの橋。
美しいフォルムです。

車窓からの景色がきれいでした。

バンクーバの町中、暗くなるのがホントに早い。
緯度の高い国は、夏に訪れた方が、得した気分かもしれません。

ホテルの部屋からの、清々しい眺め。

世界で2番目に広い国土を有し、入り江が多く、複雑に入り組んでいます。

食べ物が美味しかったカナダで、とくに感動したのがこのラーメン。
東京なら長蛇の行列ができるであろう、絶品でした。

すばらしい!「弁慶」。
ごひいきにしたいけど、バンクーバまで来られない!
お願いします、ヒロにも出店してください。

紘右は、回転寿司がお気に入り。
サーモンが赤くて、マグロかと思ってしまいました。

何と、私たちが旅立ってすぐ、烏骨鶏が初玉子を生んだという連絡がありました。
2009年、最後の贈り物。
烏骨鶏たちへの思いがつのり、レストランの待ち時間に、
「烏骨鶏の絵コンテスト」をしました。
我ながらよく描けているではないですか。
左から「ウコッ」「さくら」「ケイ」って、ちゃんとわかるもの・・・うこっけ〜い!
旅行中何回か、どうしても烏骨鶏たちに会いたくなり、切なかった私です。

紘右が描いた烏骨鶏。
足の指の数は5本が正しい。
特徴をよくとらえていているので感心しました。

残りの1枚は・・・烏骨鶏をよく見ていないことがわかる絵。
だれが描いたのでしょう。

バンクーバの締めくくりは、町で笑ってしまったもの。
尻切れトンボのバス。

ヤット・ホテル(本当はハイアット)。

* * *
【ウィスラー編】
2009年
12月25日〜31日 滞在
5日間は滑れるようにと、ウィスラーの滞在は6泊7日にしました。
2009年12月25日、バンクーバに別れを告げ、
ウィスラーへと移動しました。2時間弱のドライブでした。

2月に開催されるオリンピックのため、
バンクーバからウィスラーまで、新しい道路が整備され、
その走りと眺めがすばらしいとみなが言っていましたが、その通りでした。

スキー場にあるホテルは、目が飛び出るほど高かったので、
ゲレンデから40分離れたクスウォーミッシュという村のコンドミニアムに滞在しました。
今回、ずっと乗っていたジープ、お世話になりました。

到着した日の夕方、ゲレンデの下見に行きました。

4時半以降(借りていた人たちが返却したあと)には、翌日からの料金で、
スキーのレンタル、ゴンドラ・リフト券が購入できました(5日分)。
日照時間が短いウィスラーでは、午後3時には「帰ろうか」モードになります。
ですから、朝8時過ぎに動き出すゴンドラに乗って山に上がり、滑り始めるのが理想です。
行動し出すのが朝早いため、こうして前日のうちに全ての手配が済み、とても楽でした。
チケットを買うブースには、カウントダウンが。
オリンピックまで、あと49日!

ゲレンデのすぐ下は、スキーショップや、お茶をするところがあり、
ここで、ニューヨークで盗まれた足りないスキー用品を購入しました。

広大な駐車場は、駐車料金無料。
ゲレンデに近い、ロット1と2はすぐいっぱいなります。
ゲレンデから遠いロット3〜5は、無料バスが使えます。
結局、バス乗り場がゲレンデから最も近く、バスを使った方が歩かずに済みました。

初日は、紘右と夫は、スキースクールに入りました。
1人で初滑りをした私は、
迷子になりそうな広さのウィスラーで、しっかり迷子になりました。

1日スキースクールが終わり、ジェイコブ・コーチと紘右。

残りの4日間は、3人揃って滑りました。
いよいよ、紘右も夫もうまくなり、ほとんど転ばなくなりました。

ウィスラーでは約1年前に、”ピークtoピーク”という、
山から山へ移動できるゴンドラができました。

大人気なのですが、30人近く乗れるので、人々がどんどん運ばれていきます。

山と山の間には、柱がありません。
スリル満点のゴンドラです。
山頂には、オリンピックのオブジェがありました。

2009年最後の家族写真。
夫のウエアは15年前の物、私のウエアは25年前の代物です。
こんなの着てる人、他にはいませんでした!
夫は、新しいウエアを購入、私は、今、紘右が着ているウエアを
お下がり(お上がり?)することにしました。

この山、私にはどうしても烏骨鶏の糞に見えて・・・
「烏骨鶏のうんち山」と呼んでいました(ごめんなさい)。

ゲレンデに
月が昇ってきました。
あとは、滑っている気分で、何枚かの写真をご覧ください。
別世界でした。






クリスマスのあと、年末に向けて、日々混み合って来ましたが、
何せ広いので、人の多さが気になりませんでした。
また日が射し、風がなかったので、暖かかったです。雪質もよかったです。
山頂が−2度(日が当たるため)、山の下が−7度くらいでした。
*景子さんたちが行ったときのことを思い出し、防寒具をバッチリ揃えて行きましたが、
ウエアの前の開けるくらい、今回は暖かかったの。

夕方、近くのショッピングモールから見えた
ピンク色に染まるウィスラー。

食事は、こんな使い勝手のいいキッチンだったため、
昼はゲレンデ、朝と夜はだいたい部屋で作って食べました。

お米を買ってきて、鍋で炊きました。
水に浸し15分、ザルにあげて15分、鍋に米と同量の沸騰したお湯を入れ、
沸騰したら中火にして7分、弱火にして7分、ごくごく弱火にして7分。
これでおいしく炊けます。

鶏肉をオーブンで焼き、アスパラガスを茹で、ルッコラ(アルグラ)を炒め、
砂肝をソテー、ウィスラービールとカナダワイン、インスタント味噌汁の夕食。

ハワイスタイルのロコ朝食。
スクランブルドエッグ、ベーコン、トマト、ご飯、
果物、味噌汁。

最後のディナー。
アンガス・ビーフのステーキ、地元産マッシュルームとピーマンをオーブンで焼き、
前夜の残りうどんとルッコラのソテー、ご飯、ソーセージ、果物、
ウィスラービールと、カナダワインでいただきました。
運動したあとのご飯は、とにかくウマイ!

そうそう、ゲレンデの食事もどれもおいしかったのですが、
とくに気に入ったのが、端っこ好きにたまらない、このカップケーキ。
大きくはみ出した上部がどこもカリカリで、毎回食べていました。
*Yukoさん、これ最高だったよ!

カナダで、スターバックスよりよく見かけたのが、ティム・ホートンズという
ファーストフードチェーン店。とにかく一度入ってみようということになり、
カナダを出る最後の日、12月31日のランチをここで食べました。
その安さとボリュームには感心、味はまあまあでした。
実はここで、ちょっとドキドキの笑い話があったのですが、
それはまた後日に書きますね。

ウィスラーでびっくりしたのは、任天堂がスポンサーになり、
モーグルができるゲレンデを整え、
各建物の中には必ず、任天堂DSコーナーが設置されていたこと。
任天堂さん、不況なんて何のそのですね。
子どもたちが、群がっていました。もちろん・・・うちの子も。

こちらはバンクーバ冬期オリンピックのゆる〜いマスコットたち。
紘右がはまっていました。紘右に言わせると、「彦にゃん」の仲間だそうです。
オリンピック公式サイトにある、彼ら誕生のエピソード(映像)がよく
、
またサイトにあるゲームも、可愛くて楽しめます。
実は私も、相当気に入っています。
左から、マクマク、ミーガ、スミー、クワッチ。

* * *
【シアトル編】
2009年12月31日〜2010年1月4日 滞在
新しい年は、シアトルで迎えました。
シアトルのランドマークタワーである、スペースニードル。

そのスペースニードルで、年越しの花火があると聞き、
紘右もがんばって夜中まで起き、3人で公園まで行って
カウントダウンに参加してきました。
スペースニードルの上や横から花火が飛び出し、
アメリカ人の奇想天外な発想にびっくりしました。
夫が撮影した映像(1分)を、Youtubeに置きました。
日本の年越しとは、大違いですね。
シアトルには、
高さの違う、湾と湖を
船で行き来するための閘門(こうもん)があります。
それを体験できるフェリーツアーがありました。
ここが海と湖の境目です。

水門を閉め、中の水の抜き、水面の高さが揃ったら、
反対側の水門を開け、
船がその先に進んでいきます。

海辺に並ぶ、水上の家。
水の上に住んでいれば、固定資産税がかからないそうです。
住みたい人が多く、家は高く売買されるとか。



シアトルには、スターバックスの1号店があります。
この店でしか買えないマグカップなど、人気があります。
スターバックスのトレード・マークも、今はグリーンですが、
この店は、初期の茶色のままでした。
観光客で溢れかえっていました。
木の床、木のカウンターで味があります。

1971年にスタートしました。
それが
今や、”3歩歩けばスタバに当たる”状態です。

シアトルといえば、ボーイング社飛行機工場の見学。
事前にインターネットで申し込みました。

工場内は、写真撮影禁止です。
バッグもロッカーに入れなくてはいけません。
そのロッカーには日本語があり、選んだサイズは・・・中だ

とてつもなく大きな建物の中で、飛行機が流れ作業で作られています。

工場内では、新型機種ボーイング787を組み立て中でした。
世界で最初に注文たのは、全日空(ANA)だったそうです。
787は、乗客数は少なめ、機体が軽く、燃費がいい、
ジャンボとは方向性が違う飛行機です。今のご時世に合っているのでしょう。
ガイドの説明で、「世界で最もジャンボジェットを保有している会社は、日本のJAL航空です。
満席にならず飛ばせば、毎回、莫大な損失が出ます」という説明がありました・・・ナルホド。
完成したANAの787が、滑走路に待機していました。

飛行機を運ぶための飛行機。羽根は着けずに入れます。
しかしボーイングでは、エンジンは作っていないそうです。
アメリカの車の会社や、日本の重機会社が作っているとか。

展示ルームだけ撮影ができました。
機体の断面。
これが飛ぶと思えば大きいし、
機内の広さを思い出すと、思ったより小さいです。

コックピットには、いつまでも座っていたくなりました。
電気は通ってませんが、レバーを押したり、ひっぱたり、倒したりできるので、
パイロットの気分になれます。
これ楽しすぎます、一家に一台欲しいものです!

今はなき、パンナムの機体。
ボーイング社エベレット工場の見学は、飛行機好きにはお薦めです。
見学料は大人15ドル、8ドルです。

シアトルには、航空博物館もあります。
飛行機マニアにはたまらない町ですね。

展示の仕方がすばらしい。
6階建ての高さになる建物内に、ここぞとばかりに飛行機が吊されています。
宮崎駿の映画「紅の豚」の1シーンを思い出します。

ライト兄弟が最初に飛ばした飛行機のレプリカ。

初期のころの飛行機は、手作り感がたまりません。角張っていますね。

飛行機のフォルムは、よく飛ぶためにも美しくなくてはいません。
それが惹きつけられる理由のひとつです。

エンジンは、生き物みたいで、グロテスク。

私には、エイリアンにしか見えませんが、
これに魅力を感じる人もいますね。

昔の飛行機制作工房。

ここにもアートを感じます。
こんなところに住み、何か作って暮らせたら幸せです。

プロペラの曲線美。

うゎ〜、オニヒトデ!
じゃなくて、古い型のエンジン。

第一次、第二次世界大戦のときの飛行機の展示。
戦争があって、飛行機も飛躍的に進化しました。

展示の仕方がセンスがあってよかったです。


屋外にも飛行機が展示されています。
今は飛んでいない、コンコルド。
こんなところで実物に会えるなんて!

噂通りの狭い機内。
しかし、もしコンコルドが飛べば、ホノルル〜成田間は3時間半ほど。
だったら大丈夫です。

コンコルドのコックピット。
パイロットからよく見えるよう、離着陸のときには機首の先端が下に曲がります。

みなさん、覚えていらっしゃるでしょうか。
2000年に起きた、コンコルドの爆発事故。
あれは、前に飛んだ飛行機が落としたL字型部品をコンコルドが踏み、
それが跳ね上がり、運悪く燃料タンクの外側を直撃、燃料が漏れ出し、
引火し、炎上したそうです。
まるで翼を広げた鳥のよう。

最後のフライトに乗ったスタッフが、ドアのところにサインをしていました。
解説してくれたイギリス人のおじさんからも、今でもコンコルドを
こよなく愛していることが伝わってきました。

全部で18機作られたコンコルド、今、世界に17機残っているとか。
このコンコルドは、今でも飛ばすことができるそうです。
そのためにか、常にエアコンを入れ、
内部も傷まないように保っています。
眠れるシアトルのコンコルド、
いつでも飛び立てるよう、ちょっと休んでいるだけのように見えました。

こちら、大統領専用機です。
ケネディ、ニクソン、フォード氏らが使っていたものだそうです。

こちらが大統領専用デスク。
時代を感じます。
今のはもっと、居心地よく作られていることでしょう。

お付きの人々の席。
洗面所の細かい装飾品など、ケネディの奥様のジャクリーンが選んだそうです。

おつとめご苦労さまでした。
奥には、ボーイング747もあります。
こちらは今回は、乗り込めませんでした。

飛行機を真下から見たのは初めてです。
シアトルでは、シーフードをよく食べました。
港にあった、その場で割ってくれる牡蠣スタンドで。

こちらは、スペースニードルの上にある、回転展望台レストラン。
1962年に建てられた物で、1回転45分なので、結構早いです。
1カ所、ちょっとガタガタする場所があり、スリルも楽しめました。

このレストラン、大人は45ドルのコースのみです。
子どもは、キッズメニューから選べます。
最初、「高い」と思いましたが、食事も美味しく、この眺め。
また、スペースニードルの入場料は、大人16ドル、子ども8ドル、
さらに駐車場代もかかるのですが、
レストランを利用すればどちらも無料になりますから、お得だと思います。

遠くには、雪山も見えます。

* * *
【入ったときより美しく編】 〜カナダ笑い話〜
ウィスラーのスキー場にて、
紘右が、「神様もスキーをしに来たんだね!」と、
まっすぐ立った不思議な虹を見て言いました。

今回の旅行は・・・
ホノルルからアメリカ本土のシアトルまで飛行機。
シアトルでレンタカーを借り、
その車で、カナダに入国、バンクーバ&ウィスラーに滞在。
同じ車で、アメリカに戻り、シアトルに滞在し、
レンタカーを、シアトル空港で返却しました。
使った飛行機は、ハワイアン航空

シアトルのレンタカー会社では、
「この車でカナダに行ってもいい?」と確認すると、「もちろんさ!」。
ウィスラーのスキー場には、たくさんのアメリカ・ナンバーの車が止まっていました。
島国日本だと、外ナンバーの車は見ますが、
他国ナンバーの車がそのまま走れるとは、考えられないですね。
でも、日本の車がアメリカを走れるかというと、それは無理で、
さまざまな仕様が違うため(ハンドルが右というのもまずダメ)、
コストのかかる改造が必要になります。
スペースニードルの展望レストランで食事をしたとき、
窓のところに紙に書いたメッセージや漫画がいくつも置かれていました。
「よし、私も日本らしい絵を置こう」と、4色あったクレヨンで、
チョコレートの箱に、
ナンチャッテ浮世絵を描きました。

話しを戻して・・・
12月31日、カナダからアメリカに戻り、
シアトルで年を越すことにしていました。
スキーは前日までして、31日の朝はゆっくり起き、
部屋を片付け、荷物を積め、お昼過ぎに国境を越えることにしました。
カナダの国境へ向かう道は、ひたすら真っ直ぐ

カナダは、食べ物が全ておいしかった(フランスの影響があるから?)。
そんなカナダで、最もよく見かけた、ファーストフードチェーンの
ティム・ホートンズで、最後は食べようということになり、
国境の手前20分くらいのところにあるお店で、ランチをしました。
ミスタードーナツが、サンドイッチやスープを出している感じで、
安くて、スープはおいしかったけど、パンがイマイチでした。
若い子たちから老夫婦まで、カフェテリア形式で、
気軽に食事ができるところという印象でした。
ドーナツとクッキーはおいしかった

店のトイレに入ると、手を拭く紙や、トイレットペーパーが床に散乱し、
暮れで忙しいためか、お掃除ができていませんでした。
”入ったときより美しく”−という標語が浮かび、
「よし、きれいにしよう」と、ハンドバッグを壁にかけ、
紙を拾って捨て、水浸しの洗面台を拭きあげ、溢れていたゴミ箱の紙を踏みつぶし、
念入りに手を洗い、清々しい気持ちでトイレをあとにしました。
カナダのドライブは、景色がきれい。国土が世界で2番目に大きい国であることを実感します。

国境は、年越しをアメリカで迎えようという人々で、長蛇の車の列でした。
免税店でちょっと買い物をし、再び車の列に戻ると、
長い行列を大幅にスキップでき、図らずも得策でした。
30分ほど待ち、無事にアメリカ入国。
あとはシアトルまで2時間のドライブです。
途中、アウトレットがあったので、
「2009年最後の買い物をしよう♪」−と、
バッグを持とうとしたら
・・・ない!
「ハンドバッグがないの!!!」
イヌイットのお面を被った紘右・・・
ガーーーーン

ホテル?免税店?ティム・ホートンズ?
頭の中はパニック、どこまで持っていたかもよく思い出せません。
12月31日なので、いろんな店が早く閉まると言っていました。
まず、
免税店の電話番号がわかったので電話すると−「ない」
ティム・ホートンズは道沿いにあり過ぎで、どの店かわからず、
大代表のオフィスに電話すると−「もう営業時間は終わりました」
夫がiphoneのインターネットで探し出してくれ、
これと思うティム・ホートンズに電話すると−「ありません」
・・・ああ、もうダメだ・・・
ハンドバッグの中には何が入っていたか?
カナダドルを全部抜いたので、現金は入っていません。
入っていたのは、免許証、クレジットカード1枚、携帯電話。
すぐにクレジットカードと携帯電話を止めました。
一番の痛手は?
レンタカーの鍵(予備の1個)。
最新式で、これを無くしたら、弁償代は相当高いと言われました。
あと、二度と買えない物は?
まさえさんからもらった、Chiakiと入った鏡、ベトナム刺繍の袋、
スガシカオの携帯ストラップ!!!
2009年は、ニューヨークでの車上荒らしに始まり、
バッグ紛失に終わるのか・・・と、心はどんより、
そこに、ティム・ホートンズの店から電話−
「ありました。届いていました」
体からへなへなと力が抜けました。
トイレを、入ったときより美しくして、バッグを置き忘れてきたのです。
見つけてくださった方、届けてくださった方、知らせてくださった方、
みなさん、どうもありがとうございました。夫にも、お礼を言います。
ティム・ホートンズ、これからはごひいきにしたいけど、ハワイにはない。

お店の人は電話で、
「でも今日はもう午後4時に店を閉めたので、明日取りに来てください。
ニューイヤーですが、通常通り、朝8時から店を開けます」
「それでは明日、新年一番に取りに伺います」
夫と紘右に、「よかったね」−と慰められながら、
それから1時間ちょっと、シアトルまでドライブしました。
あったとなかったでは雲泥の差です。
バッグが見つかって、いい気分で2009年が終えられました。
でもバッグだけ、カナダで年越し
本人は、スペースニードルの下、手ぶらで年越し

1月1日、朝6時にシアトルのホテルを出て、
再びカナダ目差して、2時間半のドライブをしました。
新年早々、走っている車は少なく、国境も空いていましたが・・・
係の人がパスポートを見て、
「なぜ昨日、カナダを出たのに、また入国する?」
−と
聞きます。
「ハンドバッグを忘れてきました」
−と、
とても恥ずかしい私でした。
ティム・ホートンズで無事にバッグを受け取り、よかったー!

終わりよければ全てよし!
しかしこれからは、
トイレ掃除に専念して、バッグを忘れたり二度としない・ぞ!
−と、新年に固く誓いました。
1月4日の夜、無事にヒロに戻りました。
家には泥棒も入らず、
可愛い烏骨鶏たちも、3羽とも元気にしていました。
おかげさまで、
いい旅行ができました。
さて、長い長い旅行記を読んだくださり、
どうもありがとうございました。
明日からまた、ハワイの笑いをお届けしたいと思います。
2010年最初の家族写真。
スペースニードルの展望レストランにて。

2010年もどうぞよろしくお願いいたします。
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