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1999年12月31日(金) 晴れ
昨日まで遊んでしまったため、昼間は大掃除に明け暮れる羽目になりました。クリスマスツリーも片づけました。そして夜になってから簡単にお節料理の用意をしました。昨晩の12時からCNNでずっと世界の年越イベントを中継しているので、殆ど1日中テレビを付けっぱなしにして仕事をしていました。パリのエッフェル塔の仕掛け花火と、ロンドンの大量打ち上げ花火がすごかったです。あとシドニーのオペラハウスの屋根によじ登るパフォーマンスが馬鹿らしくて笑いました。日本の年越しは静かですからCNNの中継でも飛ばされていました。でも除夜の鐘を聞く、日本の年越しがいいです。これから日本を懐かしんで年越しそばを用意します。今、外は爆竹と花火の嵐です。喘息持ちの人は、映画館などに逃げ込むそうです。私でも何となく息苦しいくらいです。隣の猫たちは、爆竹が始まるとどこかに逃げていきました。さあ1900年に感謝して年を越しましょう。そして2000年も明るく愉快な年になりますように!
1999年12月28日(火)〜30日(木) 晴れ
火曜日の夕方、夫の仕事が終わってから思い立ってコナに2泊3日で遊びに行きました。キングカメハメハ・ホテルというコナのダウンタウンにある古いホテルに初めて泊まりました。カマアイナ・レート(地元民割引価格)で、1部屋62ドルという破格の安さでした。ダウンタウンにこんなに近いホテルだと食事に行くときも歩いて行けます。近くにあるハマユウという日本レストランで、絶品のヒラメの唐揚げ、モイの刺身、お寿司を食べ、車ではないので「男山」という冷酒をたんまり飲めた夫は上機嫌の千鳥足でホテルに戻りバタンキューで寝てしまいました。日中は燦々と照る日差しの中、海で泳ぎウミガメと正面衝突しそうになったり、ヒルトンの中にあるキリンという海辺のレストランで飲茶に舌鼓を打ったり、コスコでアフター・クリスマスセールの山のような買い物もでき大満足の3日間でした。ハワイに住んでいてもこうして気合いを入れて遊ばないと、バカンスとは全く縁遠い日々になってしまうのです。今回はエネルギー充電!−という感じでした。さて、日本はもうすぐ年越しなのですね。ヒロリアンの私たちは明日1日1999年を過ごします。1日得した気分かしら?日本のみなさん、どうぞよい年をお迎えください。
1999年12月27日(月) 晴れ
夜、大木(おおき)という日本レストランに食事に行きました。月曜日の夜なのに10個あるテーブルはほぼ満席で、それも日本人2組を含む日系人ばかりでした。ヒロのレストランは店によって食事に行く人種が如実に違い実に面白いのです。同じ日本レストランのミワには白人たちが集まります。大木では今晩、お料理を注文してから出てくるまでに1時間ほど待たされました。日本だったらお客さんは怒り出すところですが、みんなにこにこして待っていました。またお酒は持ち込み制のレストランなので、待っている間にお隣のスーパーにビールを買いに行ったおじさんもいて、グラスだけ出してもらい待ちながらぐびぐび飲んでいました。全くほのぼのしたものです。私は、野菜天ぷら定食、母は、ウナギ丼、夫はアヒと天ぷらの定食を食べました。英語を話していても顔は全員日本人、食べている物も日本食。しばし日本へ帰った錯覚に陥る夕食でした。
1999年12月26日(日) 晴れのち曇り
アフター・クリスマス・セールでした。我が家も1ヶ月後のベビー誕生を控え、チャイルド・シートを購入しなくてはならなかったので朝8時半に勇んでシアーズに買い物に出かけました。チャイルド・シートを購入しておかないと退院のときに赤ちゃんを渡してもらえないのです。さて、こんな時間から買い物に走る人はいないだろう・・・と思ったら大間違い、車を止めるところがないほどの人出でした。昨日までツリーに飾られていたオーナメント、クリスマスカード、クリスマス用包み紙など、全て半額です。みんな来年の為にそれを山のように買っています。釣られて私も買い込んでしまいました。お目当てのチャイルド・シートは、持ち手のところがジグザグになっていること、着脱が簡単なこと、ポイントに選びました。一番気に入ったものがAs
is
(現品限り)だったので10%オフ、そして今日のセールで10ドル引き、更に持っていたクーポンで10ドル引きで買えました。いいお買い物でした。さあ赤ちゃん、いつ出てきても大丈夫だよ。
1999年12月25日(土) 晴れ
来年の4月に、今借りている家の契約が切れるのでKeiko夫妻が再び家探しをしています。俄不動産屋の私はKeikoにお願いして家を見るときは連れていってもらいます。今回はヒロの名士、元スーパーマーケットの社長さんの大きな家でした。土地が約4000坪。ゴルフ好きの彼は庭全面を芝生にし、50ヤード、75ヤードとサインまで立ててあります。もちろん、プール、屋外ジャグジー付き。さらに60畳はあると思われるフローリングのパーティールームもあり、車も40台止められるとか。「きゃ〜、Keikoたち絶対に借りてぇ」と思ったら、ベットルームに行ってびっくり。パーティールーム以外は築45年とかで、家が相当傷んでいる上とても狭いのです。その落差には驚きました。でもあの豪華な庭とパーティールームがあれば、2500ドルのお家賃なんて安い物。Keikoたちがここを借りたら「すばる」関係のパーティーはいつもこの家になるに違いない。素敵っ!
1999年12月24日(金) 晴れ
1日中気持ちがいいお天気のクリスマス・イブでした。朝8時半に、1人の友人が焼きたてのマフィンをクリスマスプレゼントに届けに来てくれたのを皮切りに、しばらくすると近所の人が3種類の手作りクッキーとジャム、次に近所の子供がリンツのチョコレートと手作りビスコッティ、次に隣の10匹の猫の飼い主夫妻が巨大なラム・ケーキを持って来てくれました。お昼は思わずお茶漬けで済ませ、各種デザートを贅沢にいただきました。そして午後から外出して夕方に戻ってくると、またご近所の3つの家庭から、シャンペンと、缶いっぱいの手作りクッキー、本が届いていました。去年までこんなことは全くなかったので大感激でした。ここに引っ越して来て2年半。2年住むと、ご近所として認められるということでしょうか?プレゼントは殆ど手作りでとても美味しく、お金は掛かっていないけれど日本のお歳暮より温かい気がしました。さて、甘い物食べ放題です。
1999年12月23日(木) 晴れ
前に住んでいたアパートのお友達、ミセス・ジョンソンにクリスマスプレゼントを届けに行きました。彼女は今、101歳。1月5日のお誕生日で102歳になります。いつもお洒落な彼女は、今日は赤い大きなバラの柄のシルクのブラウスに、黒いパンツという出で立ちでした。部屋の中は溢れんばかりのクリスマスカードと、自分で飾ったというツリーもありました。ピンクが大好きなので、オーナメントは全部ピンクで統一されています。センス抜群。その上、大好きだというピンク色のいちごアイスクリームを美しいカットグラスに入れて出してくれました。そして、「これからの時代はコンピュータを使えないとね。だから2月からハワイ大学で始まるコンピュータ入門クラスを取ることにしたの」と、生き生き話してくれました。横で、コンピュータでゲームしかしない母が尊敬の眼差しを向けていました。この明るさ、前向きさ、どうも日本のお年寄りより一歩上手のような気がします。
1999年12月22日(水) 晴れ
Keikoのご主人が発起人になり、すばるオフィスでアメリカ版御用納め(?)のクリスマス・パーティーがありました。夕方から大勢で集まって、スナック(−といっても十分夕食になりました)を食べ、5ドル以下のプレゼント交換もしました。そして1人のアメリカ人がサンタクロースの格好をして、子供たちにプレゼントを配りました。彼は去年もサンタの扮装をしましたが、そのときの貸衣装がよくなかったからといって今年は自前でサンタの服一式を買ったそうです。でもブライアン・サンタが、ホウ、ホウ、ホウといいながら現れ、「今年もいい子にしてたかな?」と子供たちに聞くと、「いい子にしてましたあ〜」と子供たちが泣くので、まるで青森(秋田でしたっけ?)の伝統行事、なまはげを見ているようでした。1人づつ名前を呼ばれプレゼントをもらいに行くときも90%の子供が泣くので可笑しかったです。ブライアン・サンタは相当視力が悪いのに眼鏡を外したためいろんなものにぶつかっていました。実に愉快なクリスマス・パーティーでした。Keikoのご主人、どうもありがとう。
1999年12月21日(火) 晴れ
数カ月ぶりにヒロに戻ってきた母の趣味が復活しました。それは猫のノミ取りです。最近、お隣から頻繁にうちにやって来るのは、親父パンダ、サバにやん、サバの子供達、わた、パンチ、たわしの計5匹です。母はノミ取り用すき櫛と、取ったノミを溺れさせる水入りの入れ物を持って、5匹の猫の後を追っかけ回しています。取り終わると、「またノミを付けておいで!」といって帰します。母はステンレスでできたノミ取り用すき櫛を日本で5千円で買って持ってきました。ところがハワイで竹製のものが千円くらいで売られています。これはアメリカの多くの子供の頭にいるシラミを取るためにも使うそうです。全く母にはもっといろいろなことを手伝ってもらいたいと思っているのに、今日は猫のノミ取りしかしていませんでした。「だって時差ボケだもん」とかいって、猫のノミ取りして治るもの?
1999年12月20日(月) 晴れ
夫と私の母が1時間違いの飛行機で、ヒロに戻ってきました。お迎えのため、空港に2回往復しました。合わせてトランク4つ分、お土産の山でありがたい限りです。夫が出発間際に、銀座のダロワイヨのパンを買ってきてくれました。私、ここのパンが大好きなのです。何ともいえず美味しい。夜には3人で、ヒロのクリスマス・イルミネーションを見て回りました。ちなみに我が家のつらら型イルミネーションはこんな感じです。そして、今年、ヒロのベスト1といわれている、新聞の一面を飾った家がこれです。j他にも飾り付けに命を懸けている家が何軒かあって、夜には家の中の明かりを消して、人々が家の前に車を止めて見入ってくれるのを真っ暗な部屋の中から息を殺して見ているのです。生活保護を受けていたってイルミネーションはケチりません。12月の電気代は、みんなすごそうです。
1999年12月19日(日) 晴れ
明日には夫が戻るので、独身最後の夜、友達3人で夕食にローストビーフを食べ、その後ビデオを観たり、おしゃべりに興じていたら、気が付いたときにはもう午前様でした。明日はお仕事の2人は慌てて帰っていきました。楽しい夜でした。日本にいるときは牛肉は高くて、固まりの肉を使うローストビーフは殆ど作りませんでした。しかし、ここでは牛肉が一番安くて美味しいので、ローストビーフもよく作ります。今回は、2キロほどの固まり肉が$12で買えました。そして、外側はこんがり焦げ目の、中はソフトでジューシーな美味しいローストビーフになりました。これを薄く切って、サンドイッチにすると最高です。作るときの秘訣は、肉を5〜6時間前に冷蔵庫jから出しておくこと、規定の時間焼いた後、アルミホイルで丸包みしておくこと、です。明日の朝、夫と母が一緒にヒロに到着します。彼には、「一週間、いい奥さんしてお留守番してたよ〜」といって、大好物のローストビーフを出すことにしましょう。
1999年12月18日(土) ヒロはずっと雨?−コナは晴れ!
実は、夫が日本に出張しています。明後日には帰ってきますが、夫不在の間、寂しがりやの私は友達といっぱい遊びました。今朝は、「すばる」の所長である海部ご夫妻(元海部首相は所長の従兄弟)とペスカトーレで朝食をし、その後、ライマン・ミュージアムを見にいきました。海部先生は鉱石に関してとても詳しい方で、ライマンがコレクションしていた石に関しての説明を聴くのは興味深くて有意義でした。そして、11時ごろからお友達の京子ちゃんと2人でコナに行きました。コナはいい!コナは天気もよく、買いたい物も、美味しい物もいっぱい!2人で思いっきり楽しみました。ノース・コナのリゾートホテルも見事なクリスマスの飾りでゴージャスでした。日本ではペーパードライバーだった京子ちゃんが往復5時間の車の運転を全部してくれました。途中、カーブが恐いといっていましたが、なかなか運転上手でした。明日は夜、お友達をディナーにご招待。あと1日、遊ぶぞ〜。
1999年12月17日(金) 晴れのち雨
先週のひどいお天気が回復し、晴れ間が続くようになりました。今日は、家中のリネン類を洗って、物干しに思いっきり広げて干しました。ヒロの新しい住宅地の殆どは「洗濯物を外に干してはいけないエリア」です。でも、我が家の周辺は60年前からの住宅地なのでそんな規則もなく、うちの庭には立派な物干しまであります。4本の長いロープに元気よく干したリネンたちが、日に透けて風でひらひらしているのを見るのはとても気持ちがいいです。さて今日、ある友人が出産のお祝いにと、洗濯ばさみが20個くらいついた引っかける物干しをプレゼントしてくれました。とても実用的な贈り物をありがと。彼女は、「小さな物を干すことが多いから必要よ」といっていましたが、実はうちにはもう日本から持ってきた、私の身長より高い足を広げて立てる3段式超豪華折り畳み物干しが2本もあるのです。洗濯物が外に干せるし、干す道具もたくさんあって、私は幸せです!
1999年12月16日(木) 晴れ
英語学校が今学期最後でした。今学期は、ウクライナ人、フィリピン人、メキシコ人各1人、あと5人が日本人という殆ど日本人ばかりのクラスでした。定年退職してハワイにしょっちゅう来ているという70歳になる日本人のおじいさんと英語で話すのが一番苦痛でした。彼と話すとこちらまで恥ずかしくなってしまうのです。あとフィリピン人のおじさんの発音も小鳥のさえずりのようで理解できませんでした。何はともあれカウンティのサービスで、週2回、4時間の英語の授業がだれでも無料で受けられるというは本当にありがたいことです。最後に生徒全員から女の先生にクリスマスプレゼントを贈ったら、全員のほっぺにお礼のキスをしてくれました。70歳のおじいさんはめちゃくちゃ嬉しそうでした。日本じゃ絶対にしてもらえないことですよね。さて後は来学期、最初の1週だけ出席したら、私の長い2年半に渡るESL学生生活も終わりです。お陰様で英語は随分進歩したと思います。それにしても日本でジオスに払ったたっか〜い授業料はもったいなかったと思い出すこの頃です。
1999年12月15日(水) 晴れのち雨
最近、隣の猫の世代交代がありました。以前、我が家をテリトリーとしていたソックスという黒白の猫が全然来なくなり、その代わりソックスの甥に当たるパンダという最近まで仔猫だった雄のシャム猫が、頻繁に遊びにきます。このパンダは、私が日本に行っている1ヶ月の間に体だけは大きくなりましたが、やることはまだ子供なので、私から心は子供、体はおやぢ猫と呼ばれています。今日、パンダの顔を見たら、いつもより間抜けだったのでどうしたのだろうと思ったら、ひげを全部1cmほどに切られていました。これ、馬の鞍作りをしている隣りのおじさんの趣味です。なぜかこの家の大人の雄猫はひげを切られるのです。もしかすると猫のひげは、馬の鞍作りに必要なのでしょうか?三味線のように・・・だから猫を10匹も飼っているのかもしれません。でもお陰様で、パイナップルを食い荒らすネズミがここら辺には全くいません。
1999年12月14日(火) 晴れ
ある日、お隣のスコットが「赤ちゃんがいるときにあると助かる家具って知ってる?それは揺り椅子。うちにも2人の子供を育てるに当たって使ったロッキング・チェアがあるけれど、あまりに思い出がいっぱいで譲ることはできない。二人も買うといいよ」といいました。そして、「近所のキングさんの家のコアの揺り椅子が素晴らしいから一度見せてもらってごらん」と教えてくれました。お医者さんであるキングさんの家は、クリーム色の壁の出窓がある素敵な家です。椅子を見せてもらいに行きました。コアというのはハワイに少ししかない、美しい木目の非常に堅い木のことです。その木で作られた家具は貴重で高価なのです。キングさんちの揺り椅子は、今まで見たどんなコアの家具より美しい木目で、またクッションがなくても木のままで座り心地がよく、感動しました。そして値段を聞いて目が点になりました。日本に持って帰って揺らすには6畳一間占領しそうな大きさです。でも、でもでもでも欲しい!もう私のお尻はあの座り心地を忘れられないといっています。さあ、これから夫を説得する日々が続く・・・
1999年12月13日(月) 晴れのち雨
ハワイで家をもったために、税金や保険代というものを払うようになりました。税金は日本の固定資産税と同じです。我が家は古くて文化財の指定を受けているため改築できないなどの制約があり、その分税金は免除されています。年間、普通より約2桁ほど少ない、たった25ドルしか払っていません。しかし、古い家のため保険代は高くなります。これまでの3年間、私たちは高くて有名な某日本の保険会社と契約していました。こんな古い家(築63年)は他の会社は契約していくれないだろうといわれていたのです。でもアメリカ人にうちの保険代を話すと、「そりゃ高すぎる!」といわれ、今日、アメリカ大手保険会社に話を聞きにいきました。そうしたら驚くことなかれ、カバーは同じなのに年間の保険料が10万円も安くなることがわかったのです。ちなみに、「ハワイ島にはハリケーンは来ないよ」と、保険会社の人も胸を張っていっていました。ねぇダーリン、お願いだから保険会社を変えて、浮いたお金でコアのロッキング・チェアを買ってよ〜!(椅子の話は明日に続く)
1999年12月12日(日) 雨〜一瞬、晴れ〜雨
この記録的な大雨は火曜日まで続くと今日のニュースでいっていました。家の中もカビっぽくなってきて人間までカビてしまいそうだったので、去年から制作中のクリスマスツリーの飾りを作り、気晴らしをしました。それは、こんなのものです。そして今年はこんなツリーになりました。今年、もうひとつ作った作品があります。それはアドベント・カレンダーです。12月1日から24日まで、日にちの入った小さな窓をひとつひとつ開けていく大きなカードみたいなものです。毎年、近所の子供たちに何かクリスマスプレゼントをあげているので、今年はそれにしました。そう、私は元(いえ、願うことなら今も)造形作家なので、ものを作っていると精神が安定するのです。本当はヒロでも個展を開きたいという夢をもっています。
1999年12月11日(土) 大雨
昨晩も大雨が降り続きました。お向かいの家の裏側にはワイルク川が流れています。ワイルク川とはハワイ語で暴れ川という意味です。相当な濁流になっているらしく、我が家の窓が小刻みに振動するくらいでした。雨の中、町に出てみると案の定ダウンタウンの一部は洪水で通行止めになっていました。いつも水が流れていない川も激流になっています。この大雨は台風のためではありません。過去百年近く、ハワイ島に台風が上陸したことはないのです。台風はハワイ諸島の反対側、カウアイ島を直撃するルートを取ります。だからハワイ島では家の保険でもハリケーンには掛けません。その代わり津波の被害が大きいのはハワイ島です。どちらもどちらです。ワイルク川の下流にヒロで唯一の観光スポット虹の滝があります。買い物の帰りに寄ってみると、物見高いヒロリアンの車でいっぱいでした。辺り一帯水しぶきで霞んでいます。ものすごい水量で、巨大ダムの水を一気に放水したみたいで圧倒されました。どうぞこの大雨が早く落ち着きますように・・・と思いつつ、恐くてちょっとわくわくします。
1999年12月10日(金) 一日中大雨
ものすごい雨です。日本の梅雨どころではありません。一日中スコールが降り続いているみたいでした。ヒロに来て、ここまで強い雨が終日降ったのは初めてです。冷蔵庫の外側が全体的に濡れていて、「え、壊れちゃったの?」と思ったら、湿度があまりに高くて結露していました。乾いた布で拭いた先からまた結露するので諦めました。洗面所に行ったら、「あれ、今までだれかが石鹸を使っていたの?」と思うほど、石鹸がびしょびしょでびっくりしました。それも高い湿度のせいです。町を車で走ったら、普段、野原だと思っていたところに滝や川ができていてまたまたびっくり。海沿いのサッカー場は、湖になっていました。このまま今晩降り続いたら、ダウンタウンの一部は洪水になることでしょう。島だから水の溜まりようがない気がするのですが、数年に一度、洪水がおきます。私は家の中で、除湿器のある部屋にずっと避難していました。ここ数年、エルニーニョでおかしくなっていましたが、実はハワイは冬が雨期なのです。
1999年12月9日(木) 雨
引き続き、掃除機のお話。ハワイで掃除機掛けに疲れるのは、掃除機が大きくて重過ぎる−ということにも原因があります。それでは吸塵力もすごいかというと、それが日本のコンパクトな掃除機の方がずっと優れているのです。日本製品って何でも痒いところに手が届くという感じですね。ハワイに転勤になる人にも「掃除機だけは持っておいで」とアドバイスしている私ですが、自分も日本製が使いたくなり、以前日本へ行ったとき”目の付け所がシャープでしょ”のジュータンパワー付き掃除機を買って持ってきました。使いやすくて感激していたら、日本の電圧100ボルトが基準でモーターが回転してるため、ハワイの115ボルトのところでは回転数が上がり、夫が強にして使ったら、しばらくして焦げ臭くなり動かなくなりました。再び日本へ持って帰り修理に出したところ、13000円でモーターお取り替えとなりました。その値段なら、アメリカのいい掃除機が買える!でもやっぱり日本製の方がいい。−ということで、掃除機が勿体なくて更に掃除機がかけたくなくなるのです・・・本末転倒。
1999年12月8日(水) 晴れのち雨
日本の主婦にアンケートを取り、”貴方の一番好きな家事は?”と聞いたところ、”洗濯物を干す”だったそうです。理由は、日の光に向かって洗濯物をパンパンなんてすると絵に描いたように幸せだからだとか(コマーシャルの影響?)。ちなみに私が一番好きな家事は、床拭き。そして嫌いなのは掃除機掛け。日本で狭いマンションにいたときはコンセント1つで部屋中が掃除できて何の苦にもなりませんでした。いやな奴だと思われるかもしれませんが、この家全部に掃除機をかけると4時間は掛かるのです。部屋数、日本式にいうと・・・12?プラス階段。気合いを入れないと掃除機をかける気になりません。で、できるだけ拭き掃除で済ませようと思うわけです。週に何回掃除機をかけるか?ノーコメント、怠慢主婦はとてもお答えできません。
1999年12月7日(火) 晴れのち雨
GTE(アメリカの電話会社。ハワイでの最大手)から夫のところにダイレクトメールが来ました:ADSL促進キャンペーン中、11/1〜12/31までの間にお申し込みの方は工事費・モデム代が無料−Oh
my gosh!−
うちは100ドルも払ったのに何てことでしょう。もう一度加入し直しても無駄か?さてADSLにしてからは回線は繋ぎっぱなしなので、RealPlayerで日本のテレビのニュース(日テレが一番長くてお薦め)を次々流して見比べたり、浜村淳のしょうもないラジオをかけながら別のことをしたりしています。昔、留学した友達は、立派な浦島太郎になって帰国しましたが、今やインターネットの普及でハワイにいても日本がとても身近です。地球の何と小さくなったこと。
1999年12月6日(月) 晴れ
私はクールバスクリン愛用者です。我が家のお風呂は1階はシャワーだけですが、2階はバスタブがあります。たまにお湯を張って湯船につかり日本人である幸せを味わっています。でも洗い場というものがありませんから、体を洗うためにはすぐにお湯を流さなくてはいけません。随分、勿体ないです。最高の贅沢は、まだ明るいうちにぬるめのお湯を張り、ラジオから流れるハワイアンソングを聞きながら、湯船の中に体を横たえて雑誌を読むことです。しかし、どんなにぬるくしても、バスクリンをクールにしてもお風呂から上がった後はもう大変。汗が出て出て仕方ありません。やはりここは常夏です。散々スキーをした後に、ちらちらする雪を見ながら露天風呂で体を伸ばす喜び・・・そのためだけでも日本に帰りたい気持ちになります。
1999年12月5日(日) 晴れ一時雨
下ネタで恐縮ですが、新しい驚きを聞いてください。朝、隣の家からワーカーがやってきて、「今から浸透升の修理で、2〜3発ダイナマイトを使います」といいました。うちの住宅地は下水はなく、各家庭の地下に浸透升が埋められていて、そこに汚水を流し込みバクテリアで分解し自然に地中に吸い込ませています。ときに分解が追いつかなくなるとタンクがいっぱいになり、汲み取り車に来てもらう必要があると聞いていました。が隣は、浸透升の中でダイナマイトを爆発させ固まりになった汚物を破壊し、その後薬を入れ分解を進ませる処理をするそうです。ノーベルだってまさか一世紀近く過ぎ、ダイナマイトが汚物処理に使われるとは思わなかったことでしょう。しばらくすると低音で爆発音が2回し、少し地面が揺れました。お隣の汚物、無事爆破されたのでしょうね。うちはそんなことしなくて済みますように。
1999年12月4日(土) 曇りのち晴れ
夫の友達が夕食を食べに来ました。SUISANに行ったら新鮮なオパカパカがあったので塩釜にすることにしました。これは鯛や大きな白身魚を丸一匹、塩で包み焼きにし、生姜醤油でいただく料理です。日本人にはたまらない一品です。残念ながら日本酒を切らしていて、冷蔵庫の中になぜか一度口を開けた白ワインが入っていたのでそれを飲むことにしました。ワイングラスに注いだとき、やけに透明な白ワインだと不思議でしたが、夫が一口飲むと「これ樽酒だ!」と狂喜しています。そう、すっかり忘れていましたが9月の「すばる」の式典のとき、酔っぱらいながら最後に樽に残っていた日本酒をワインの空き瓶に詰めて持って帰ってきたのでした。酒豪の友達も、「この魚料理に日本酒は最高」と夫と2人で大喜びでした。夜も更け帰ろうとする友人に「うちの門柱にレンタカーぶつけた人がいるから、気を付けてね」といいましたが、バックで出ていこうとした彼も案の定ガリガリガリといやな音を残し、笑顔で帰ってきました。今朝、車を見てびっくりしてることでしょう。
1999年12月3日(金) 曇りときどき雨
クリスマスツリーを出しました。うちのツリーは残念ながらフェイクです。今、ヒロの町の至る所で本物の樅の木が売られています。スーパーマーケットの入り口や、公園に大きなテントを張り、夜も明かりを点けてたくさんのツリーが並べられています。お客さんは吟味して好みの木を選び、木全体をネットに入れてもらうと、それを車の屋根にくくりつけ帰ります。今日も何台か巨大さつま芋のようなツリーを屋根の上に載せた車を見かけました。我が家のクリスマスツリーは、木が見えなくなるくらいオーナメントをたくさん付けます。今年は、先日ホノルルで買い足した物、Keikoがイギリスのお土産にくれた物、また日本の実家から、以前ドイツで買った大量の飾りを持ってきたので、去年に輪を掛けて華やかなツリーになりました。祭り好きの性格は昔からです。しかし去年の力作、シナモンパウダーとアップルソースを混ぜクッキーの型で抜いて乾かしたオーナメントが、見事に青カビで犯されていました。毎年、飾りが何かひとつはカビて使えなくなっています。それが南国のクリスマスというものです。
1999年12月2日(木) 雨のち曇り
空港へ行こうと車を走らせているとマモ通りで右折車が貯まっていて全く車が動きませんでした。「ヒロで工事以外の渋滞なんて初めてだ」と、びっくりしましたが、もう一回信号が変わっても動かないのでよく見たら、角にあるバーガーキングへ入る車が貯まっているだけでした。「今日は、ハンバーガー3つで1ドルとかかな?」と長い行列の車を眺めながら、左折レーンから右に曲がり先を急ぎました。後で新聞を見てわかったのですが、今バーガーキングではポケモンのカードをおまけに付けるので、人が殺到しているそうです。近頃、ハワイでのポケモン・ブームはものすごいものがあります。近所の家に行っても、いつも遊んでという子供が挨拶もろくすっぽせず出てこないと思ったら、アメリカ人のお母さんが「今、ポケモンを放送しているの。ごめんなさい」といっていました。今年のクリスマスプレゼントの売れ筋も、ポケモンです。面白いのですか、それ?ポケモンとは、ポケット・モンキーの略だと思っていたのは私だけじゃないはず。
1999年12月1日(水) 雨
1999年も最後の月となりましたね。なぜかしら感無量です。ここ数ヶ月、能丸千秋の行動範囲が狭くなっている気がする・・・と思っていらした貴方。貴方は大変鋭いお方です。最近大きくなってきたお腹の中には、お餅5つや、オークラのケーキ14個が入っている訳ではなかったのです。来年の1月24日に、男の子が生まれることと相成りました。将来、受験難、就職難、結婚難が予想される、大量出没のミレニアム・ベビーです。9月の式典の写真は、実は妊娠6ヶ月です。本人が170cmもあるとお腹が目立たないらしく、まだ「え、妊娠してたの?」と驚くアメリカ人がいます。ドクターからも「お腹が小さすぎる。もっと太れ」と注意されていますが、そんなアメリカ人ほどは大きくなりませんよ。生まれて初めての、「小さい」といわれる経験をしています。うちから200mほど離れた、地元の病院で生むことにしています。−ということで、ますます行動範囲が限られてきそうな昨今ですが、1999年最後の月もどうぞよろしくお願いいたします。ご報告でした。
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