中国5000年を感じた旅-Part U
(緑字だけなら)面白編
2月10日(火) 【人民パワーを味わう】 昆明→成都行き(22時間乗車)の汽車に乗り込む
●さまざまな思い出を詰め込み、8日間も過ごした昆明を後にする。未練はないぞ。300元(4200円)という一等車のチケットを現地の人に頼み購入してもらい、午後2時発の 成昆列車に乗り込む。殆どの人たちは三等車にすし詰め状態のため、その大勢の人民が席取りに殺気だってて本当に恐かった。一等は4人用のコンパートメントになっており、上下に左右に4つベットがある。白いカバーが掛かっていたりしてなかなかきれい(かと思ったがなんのなんのディーゼルエンジンの排気で煤けている)。同室の人はおじさん2人。羽振りのいい、にこにこしたおじさんたちで、ま・いっか−と思っていたら、連れが7〜8人いて、やがてみんながこのコンパートメントに集合しだす。中国人はたばこが大好き。私はたばこが大嫌い。禁煙の札があるのに、平気でたばこを吸うから、頭にきて、水戸黄門の印籠のように禁煙の札を突きつけ日本語で「健康のためにたばこはダメ!」といってみる。通じたらしく「けんこう、けんこう」と笑って外に出ていく。しかし性懲りもなくまた吸いながらやってくる。けんこう!けんこう!これを何回繰り返したことか。
●そのうち賭けトランプを始め、狭いコンパートメントが中国のおやじでいっぱいになる。私たちは諦め、お腹が空いたので食堂列車に行くことにする。彼らに、私たち食事してくるからというと、謝謝!謝謝!と感謝され、とうとう中は無法地帯と化す。夕食から戻ってきてみると、おやじの数は7人にもなり、中でたばこは吸う、ゴミを下に撒き散らかしている。とうとう私たちが切れた。「お終い!帰って!」「あと一勝負、あと一勝負」とトランプを握って哀願するおやじを1人づつ引きずり出し、「私たちのコンパートメントよ!」と日本語で怒る。おやじたちはトボトボ自分の部屋へ帰っていく。すっきりした。
●しかし、1人2人戻ってきては、ビニール袋の中のカメを見せ、「ミッキーマウス捕まえた」と訳のわからないことをいったり、成都動物園にはパンダが200頭いるとほらを吹いたり、何だか憎めないおやじたち。夜8時過ぎに攀枝花という駅に着いたとき、ホームを見ると人でいっぱい。そうやって、 各駅でますます三等車には人民が乗り込んで来ていたので、この人たちもかと思ったら、実はこのおやじ一行の出向かいの人々だった。おやじたちは、最高の笑顔で私たちにバイバイといいホームに降りていくと、これらの人々の万歳のような声援に包まれ、雪崩のように外に消えていった。おやじたち、いったい何者!?
●その後私たちはほっとして着替えを済まし、顔を拭いてみると、自分がいやになるくらい真っ黒。こ・これは人間の顔の汚れではない。この鉄道の、昆明〜成都間のトンネル数が10,008個。暖房が暑いからと窓を開けていると、トンネルに入るたび、青い煤が入ってくる(閉めていても隙間から入ってくる)。私、もともと鉄道は興味ないし、この鉄道経験は、人生で一回きりでいい。
2月11日(水) 【憧れの成都に到着。街に軽くご挨拶】 成都
●22時間列車に揺られ、昼11時過ぎに成都に到着。駅前にいたおばさんから地図を買うと、友達のリックを指差し、前向きに掛けなさいと親切に教えてくれる。成都は、人口1000万人の街だし、そうだいろいろ気をつけなくてはと思ったけれど、おばさんは地図を定価の2倍で売ってくれてた。タクシーは料金を聞くと、あまりにまちまちでまた胡散臭いので、警官に聞いて駅からホテルまでバスで移動する。街の中心に、巨大な毛沢東の像がある。ランドマークタワーである。ワイルド・スワンを読んだ後だけに、多少抵抗感あり。
●成都で泊まる岷山(みんしゃん)ホテルは四つ星で、英語も通じる立派なホテル。トイレットペーパーもあり(昆明のホテルはなかった)、シャンプー他までちゃんとある。やっと近代的世界に戻れた気がしてほっとする。ホテルでシャワーに入った後、少し街を散歩する。相変わらず人も自転車も車も多いが、昆明よりずっと落ち着いた街。どことなく歴史を感じさせる街。川沿いの狭い公園の木には、いくつもの鳥かごがぶら下げられている。
●昼は、辛いスープに入った銀糸麺というしらたきのような麺料理を食べる。四川料理はさすがに辛い。昆明も充分に辛いと思ったけれど、もっと辛く、そして辛いだけではなく複雑なうまみが後から出てきて実に美味しい。
2月12日(木) 【成都の中心街の主なる観光スポットを訪ねる】 成都
●一番は、もちろん武侯祠(ぶこうし)へ。三国志の英雄、諸葛孔明の祠堂であり、他にも41体もの蜀の勇士たちの像があり、劉備元徳の本物の墓もあるという観光名所。中は鳥のさえずりが響き、外の雑踏を忘れさせる静かさで、しばし1800年前に心が飛んでいった。人生に於いて、三国志という歴史書に出逢えてよかったと改めて思うひととき。
●昼食に、すごいものを食べる。唐辛子が100個くらい浮いてるぐらぐらした鍋に、串に刺した肉、野菜、豆腐などをいれて煮て食べる料理。それをペースト状の辛子と油の入ったたれに入れて食べる。何が辛くて辛くないのか、口の中はすっかり麻痺してもう何もわからない。生まれてこの方、こんな辛いもの食べたことないよ。うぇ〜ん。でも不思議と美味しい。友達のお腹はこの後壊れた。
●青羊宮(せいようきゅう)は、道教のお寺。別に青くない。それよりその真赤っかさと色のけばけばしさにしばし呆然。しかし中国の人々は信仰熱心。像の前にの地べたに置いてある座布団に膝を付き、頭を地面に擦りつけるようにして無心に拝んでいる。現世御利益の宗教とか。そう、中国の小さな子供のズボン及びパンツは、股の部分が割れている。それはどこでもトイレができるようになのだが、小さな男の子がそのズボンで像を拝んでいてびっくり。お尻が全開になりながら、その幼さで熱心に拝んでいる姿に・・・
●青洋宮の中の茶館でお茶をする。お茶を何杯飲んでも1元(14円)で、地元の人々は、ここでのんびりしゃべったりトランプしたり、また鉄の棒を叩きながらやってくる耳掻き屋に気持ちよさそうに耳掃除をしてもらっている。
●杜甫草堂(とほそうどう)は、唐の大詩人・杜甫が、成都に4年あまり住んでいた住居跡に作られた公園。静かで美しい。ちょうど梅の咲く季節で、心安まる場所。
●移動のときバスに乗ったら、カゴから首だけ出した鶏が乗っていた。たぶん、今晩の食料だろう。中国では、鶏はもちろんのこと、兎、鳩などもかわいがって飼っているのかと思ったら、食べるために檻に入れてある。そのためか動物が、何かを悟ったような冷めた顔付きをしている。あの動物特有の無邪気な表情がない。バスの中の鶏も、生まれて始めて見るだろうバスの窓の外の景色をじっと眺めている。急ブレーキが掛かり、カゴごと鶏がひっくり返る。鳴き声ひとつあげない。持ち主がカゴを起こすと、鶏は静かな表情のまま首ひとつ動かすことなく、カゴと一緒に起きあがってきた。鶏に駆け寄り、「びっくりしたら叫んでいいんだよ」といってみたかったが、私よりずっと賢そうな鶏に何もいえなかった。
●その晩は、薬膳料理を食べる。中国に来てからの緊張で生まれて始めて肩が凝ていた私は、その薬膳料理を食べ始めたとたん、凍り付いていた肩にピキピキピキと亀裂が入り、何かが割れ始め、次にジーンと痺れたように熱くなり、やがて肩こりが解けていくのを感じた。何だか中国5000年の秘伝を感じた。
2月13日(土) 【申し込んだツアーで、1日観光】 成都
●ホテルで180元(2520円)のツアーに申し込み、10人ほどの中国人と都江堰(とこうえん)、青城山(せいじょうざん)に行く。ガイドはすべて中国語。バスに長く乗る。運転は相変わらず恐いが、すっかり慣れてしまった私。結局、一般人はまだあまり運転しないため、プロの運転手ばかりだから、乱暴に運転する割にお互いの動きをすごく読んでおり、私には理解できないルールがあるようだ。しかし交差点で、高級車がバックして、後ろのタクシーに思いっきりぶつかったのを見た。高級車は全く後ろを見ていなかった。
●都江堰は、紀元前3世紀に岷江川の洪水を防ぐために作られたダム。またまた中国の歴史の長さを感じる。ダム建設を提案し、工事の総指揮を取った郡守の親子は、道教の神様となりお寺に祀られていた。
●青城山、道教ゆかりの地で、標高1600m前後の数十の峰からなる聖なる山。いったいお寺がいくつあるかわからない。今や、値段の高いリフトを使えば簡単に山頂まで行けるが、昔は大変な思いをして巡礼をしたらしい。道士という修行をしているらしい髪をてっぺんで結わき、質素な服を着た男たちが、昼真っから酒を飲み真っ赤になり、他の道士の背中にトイレットペーパーをひっかけて笑っていたり、知らなさそうな観光客に高額を吹っかけてガイドとケンカしてみたり、俗っぽいったらありゃしない。柄の悪いカラス天狗を見ているみたいだった。
●このツアーに参加していた中国人を観察。たぶん若い男性2人。ハルピンから遊びに来たという。道教の縁結びの寺で、一番でかいロウソクを立てて熱心に祈っていたところを見ると、独身であろう。しかし、中国の男性は若々しさ、爽やかさがないのはなぜだろう?私の洞察によると、まず若者なのに鼻毛がぼさぼさ出ている。この空気の汚さじゃ伸びてしまうのだろう。すぐに唾を吐く。これも習慣の違いなのだが、おやじっぽい。でも、純粋さを感じさせるいい人たちだった。このツアーは中国人に取っては、破格の高さだけに、みんなすごくお金持ちそうな人たちだった。みんな親切だった。
●観光地につきものの、物売りのおばさんがたくさんいる。バスが止まったとたん、回りを取り囲み、ネックレスやら数珠やら笛など買わそうとする。ツアー客の中に1人、「一元(14円)だったら買うよ」といつもいうお兄さんがいた。すると、20元で売られていた水晶かと思ったネックレスが一元になってしまう。何なんだ、その値段の付け方は!私も一回取り囲まれたので、もう日本語でいらない、いらない、いらないといったところ、それが中国語の来てという意味のらい・らい・らいと聞こえるらしく、私が、「いらないいらない」といって逃げ回ると、みんなが「え?らいらい、らいらい?」とカゴを持って追いかけてきて、私もおばさんたちも笑いながらそこらを歩き回った。
●その晩は疲れ果て、ホテルで四川名物坦々麺を食べようということになる。どうもそこは高級レストランらしく、どの料理も一品20元以上する。ぎょ。今日は、既にツアーで散財した私たちは安く上げたかった。現金もあまりない。幸い、坦々麺は、スナックというところにあり、たった6.5元だった。ラッキー。友達と一個づつ頼む。が、出てきたら、コーヒーカップほど大きさの入れ物に申し訳程度だけ麺が入っていた。円卓にそれだけとはすごく惨め。確かにこれじゃスナックだ。値段を気にしながら、他に餃子と野菜炒めとデザートだけ頼む。全部で106元(1408円)で済んだ。ほっ。デザートの揚げバナナがボリュームたっぷりで、どうにかそれがお腹を満たしてくれて助かった。
2月14日(日) 【覇気のない動物たちがいる動物園】 成都
●成都動物園にはパンダが200頭いるとかいった奴もいたが、3頭だけしかも寝ていて背中の一部しか見えなかった。後は日本の田舎の動物園と変わりなく、がっかり。 熊が一番面白かった。しかし、犬の展示が充実していてびっくり。つまり中国では犬が珍しい(食べちゃうから?)。街で見かけるのは、ことごとく狆(ちん)ばかり。しかし動物園の檻の中に犬とはかわいそうな。みんな散歩不足で生気がなかった。足輪の鎖に絡まったオウムを助けてやる。手に乗せて、絡まった鎖をはずしてやったのに、手袋に穴が開くほど噛みついた。恩知らずのオウムめ。しかし動物園で一番楽しかったのが、このオウムを助けたこと。
●動物園の中に、薄汚い格好をしたいかにも乞食という子供が2人いた。信じられないことに、爆竹に火をつけては動物の檻に投げ込む。だれも、動物園の人ですら注意しない。2人は、猿、熊、と次々と動物を怯えさせ、歪んだ笑いを残しては次のターゲットに移っていく。彼らの心、どれほど荒んでいるのだろうか。
●街に出てぶらぶらしていたら伊藤洋華堂を見つける。大変な賑わい。他の中国の店より高めだが、中国人に大人気だった。ダイエーも出店すると成功すると思う。
2月15日(月) 【私、疲れ果て寝てる】 成都
●私も旅に出て、今日で17日目。疲れてのんびりしたくなる。友人も1人で行動してみたいといったので、別行動をとることにする。私はホテルで朝寝坊して、しばらくテレビを観る。しかし、中国の女優はみんな同じ顔に見える。日本でいえば、将棋士の羽生氏と結婚した畠ナントカいう女優の顔。丸顔で目がぱっちりしていて、典型的な童顔美人。18億人の中からの選りすぐりの美人だからそりゃレベルは高いけど、見分けがつかないぞ。これが中国人の好みなんだなあ。
●中国語に吹き替えの、みつ目が通る、ちびマルコ、クレヨンしんちゃん、宮沢りえのエレベータガールの話し(タイトルは知りません)などやっていたが、一番驚いたのは、ねるとん紅鯨団をやっていたこと。それも92年のお正月版。そのころねるとんに出ていた人、まさか8年後に中国語に吹き替えられ、数億の人民のさらし者になっているとは思わなかったでしょう。そして当然のごとく、中国版出会い番組もやっていた。30組の男女の趣味のところがことごとく、音楽鑑賞とスポーツ(卓球)というのが、中国を感じさせた。それから中国の歌番組のステージ装置は、殆どが人間。つまり踊ったり、揺れていたり、装置を作るより人間が安上がりなのだと思う。あと単純なCG処理もよく使う。おっ舞台装置が凝っていると思うと、台湾の番組。テレビでも人民の数に物言わす中国。私、今日一日は俄中国テレビ評論家である。
●夕方6時に友達が帰ってくる。一緒に夕食を食べに出かけるが、明日は中国の正月、つまり今晩は大晦日ということで、ことごとく店が閉まっている。しまった!やっとの思いで、マルコポーロとかいうファーストフード店を見つけ食事するが、妙に甘くてどろっとしたミネストローネが本当に不味い。中国で初めて口にした不味いもの。なのに44元(748円)という高さ。私たちを同じ状態の外国人が何人かいたのに笑う。
●ハワイでは、中国からの習慣で、年越しは街が煙るほどの爆竹。本場中国はどれほどすごいかと期待していたら、なんと爆竹は禁止とのこと。あの悪習慣が残っているのはハワイだけか?テレビのカウントダウンで年越しの雰囲気を味わう。中国の各家庭では、年越し餃子を作って食べるらしい。私たちも食べたい。
2月16日(火) 【中国の新年を味わう】 成都
●春節には道教のお寺に行ってみようということで、再び青洋宮を訪れる。4日前とは違いすごい人出。日本の正月の明治神宮のよう。押し合いへし合い中へ入る。みんなが赤いロウソクと線香と黄色い紙を燃やすため、たびたび大きな火が起き、それを特別に待機させている消防ポンプで消すという作業を繰り返している。どんどんお供え→やがて燃え上がり→鎮火→忘れたようにお供え→燃え上がる→慌てて消火→(最初に戻る)。お気に入りの茶館にやっとの思いで席を確保し、ぼーっと中国の人々の新年の様子を眺める。中国の新年にいることがとても不思議だけど、何だか自然。
●茶館では、まず奥のカウンターのようなところでお金を払い、蓋、カップ、茶托(これも陶器)の3点セットを自分で籠の中から取りだし、カップにお茶葉だけを入れてもらい(欲しければ、そこで袋売りのお茶菓子も購入し)、席を見つけて座ってからお湯を持ってるお兄さんが来るのを待つ−というシステム。今日はとても混んでいるため、この3点セットの蓋が籠の中に殆どなかった。数個置いてある大きな籠のひとつの、それも底の方にだけ蓋が入っていた。私もやっとそれを見つけたが、次に来た中国人も蓋が見つからず困っている。彼らにとっては、蓋、カップ、茶托の3点を揃えないとお茶にならないようで、絶対に諦めない。私は黙って籠の底から蓋を取り出し、その中国人に渡す。おばさんは笑顔で顔をほころばせ、長いお礼をいう。たった蓋を渡しただけで何でこんなに喜んでくれるのだろう。次に来たおじいさんにも、さっそく蓋を渡す。またまたニッコリしてお礼をいわれる。こんな素敵な笑顔、どうして中国人はできるの?次の中国人にも・・・笑顔・・・私はとても豊かな気持ちなり、一生ここで蓋を渡して中国人の笑顔を見る人生もいいなあと一瞬思う。
●茶館のテーブルに私たちと相席していた中国人の家族と、新しくやって来た人とが、席を取った取らないと口論を始める。新しく来た人が勝ち、椅子を二つ取られる。お互い険悪な雰囲気−と私は思っていたら、最初からいた家族が持っていた関羽の槍を見て、「それどこで買ったの?」「さっきそこで売っていたよ」と急に普通の会話を始める。中国のことに詳しい友人によると、中国のような民族の入り交じった大陸で、いちいち本気になっていたら上手くやっていくことなどできない。中国人は喧嘩しない術を心得ているそうな。目くじら立てて喧嘩するのは島国の単一民族とのこと、おおわれわれ日本人のことか。
●お別れに孔明に会いに、もう一回武侯祠へ行く。友達は、別行動の日にも来て、4年前、成都に初めて来たときも来たというから、これで4回目。そう、彼女は、孔明に恋してる。今日はここも賑わっている。入場料が通常の半分、15元(210円)という粋な計らい。さようなら、孔明さん。劉備さん。貴方達が治めた成都の街は、1800年経っても魅力的な街のままですよ。もし貴方達が滅びなかったら、もっと素敵になったのですか?
●幸いにも美味しくて有名な陳麻婆豆腐店が開いていたので、最後の夕食はここで食べる。本場、四川省マーボー豆腐の美味しいこと。たっぷり入った山椒がきいてて、こんな味が自分で作れたらいいのに。
2月17日(水) 【友達と、成都と、お別れ】 成都→上海
●早朝に日本へ旅だった友達とホテルで別れ、私も1人上海へと向かう。西南航空は、席と席の隙間が実に狭い。辛い飛行だった。上海のホテルに4時頃到着。飛行機とホテルへ向かうシャトルの中から見る上海の街並は、昆明や成都と同じ中国とは思えない。西洋風建物や、近代的ビルが目立つ。こりゃホノルルより都会的だ、ひえ〜。中国全土が上海になる日、世界の中心は中国だろう。
●今までの中国のホテルはチップがいらなかった。しかし上海は外資系ウエスティン・ホテルだ。今、一番小さくて10元札しかないぞ。上海も中国なんだし、よしチップを忘れたふりしよう。そう思ったのに、部屋までトランクを運んだボーイは挨拶をした後、鍵を私に渡してくれない。一瞬睨みあってしまう。チップの要求だな。仕方ない。アメリカだと思えば10元(140円)のチップくらい。わざとらしく、あ、忘れてたという感じで、財布から10元札を出しさり気なくボーイに渡す。今まで無表情だったくせに急に輝く顔になって、「オー!ハッピーニューイヤー、ミセス・ノウマル!」だって。全く現金な奴め、くやし〜。
2月18日(木) 【ハワイへ向かう、長い1日】 上海→成田→ホノルル→ハワイ
●お昼近い出発のゆっくりした便で中国を後にする。長い中国の滞在だった。またまた成田で6時間の乗り継ぎ。入国手続きをして、空港までわざわざ来てくれた知り合いと食事をする。何とありがたい友人か。どうして空港でこんなに美味しいの?というお寿司を食べる。ご馳走様でした。いざ日本を離れ、ハワイへ。
●ホノルルに降り立ったとたん思いっきり暑くなる。ウールの服を全て脱ぎ捨て、コットンのワンピース一枚に着替える。ああすっきり。しかし、両手に冬服を入れたでかいかばんを抱えている自分にうんざり。コートって嵩張るう。
●ヒロに戻ると、人の少なさに愕然。でも、空気が美味しいことをすぐ感じる。中国の埃っぽさにだけは、本当に参りました。20日間離れていた家は、留守番してくれていた母のお陰で、何も変わらず静かで心安まる場所でした。でも、アメリカでの大問題。食べ物が不味いぞ!
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以前は、ヨーロッパやアメリカにばかり目がいって、お隣の国なのに、中国に興味を持つことは終ぞありませんでした。
けれど、4年程前、今回一緒に旅した中村京子さんから三国志の漫画版を薦められて読み、初めて中国という国に興味が沸きました。
三国志は、三国志演義、吉川英治版三国志、他の関係書物と読み進み、彼女の影響もあってすっかり孔明ファンになりました。
そんな歴史の中の遠い国だった中国に、こうして実際行き、中国の人たちとも接し、私まで歴史の中に入り込んだみたいでした。
決して一回だけではその大きささえもわからない国だけれど、他人じゃないと感じさせる、自分が自分らしく振る舞える不思議な国。
ワイルド・スワンや、毛沢東の私生活など、その後も中国関係の本が面白くて仕方ありません。もっともっと中国のことが知りたい。
そして中国から帰ってから、中国料理ばかり作っています。世界一の料理といわれる意味が深く理解できました。
さあ、これからの発展も楽しみな中国。また行けたらいいな。