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私はシチイ・ガール/ヒロに来てよかったと思う日 1998年4月記 ハワイに引っ越してからいいことばかりあったように書いてきましたけれど、実はヒロに住み初めて最初の数週間、生まれて初めて「このままだと私はノイローゼになる」と思ったことがありました。今やヒロには、日本から来たすばる望遠鏡スタッフの奥様が十数人もいます。けれど、96年9月の時点では私たちが、夫婦一緒に赴任してきた第一号だったのです。 最初の一週間ほど、私は仕事から帰って来た夫としか話しをしませんでした。車もなく、日本語の本もなく、テレビの内容もわからず、英語を話す自信もなく、私は日がな1日、1人でコンピュータに向かっていました。日本の友達へ電子メール(Eメール)を送っては返事を読み、嫌いだったコンピュータゲームに興じていました。 昔、スペースシャトルで宇宙に行った毛利衛さんがインタビューでいっていました。チャレンジャー号の事故によって自分のミッションの出発予定が立たなくなり、いつ宇宙へ行かれるか目処が立たず落ち込んだとき、ひたすらコンピュータゲームをして自分を奮い立たせていた、と。「そんな単純なもの?」と当時は呆れたはずの私でしたけれど、その一週間で、私は彼の気持ちがよくわかりました。現実から逃げ出したいとき、こんなにコンピュータゲームがよき助け手となるとは思いもしませんでした。 もしもあのとき、私にコンピュータさえもなかったらと考えると恐くなります。本当にノイローゼになったかもしれません。Eメールとゲームに救われたのです。Eメールを使えば、高い国際電話料金は掛かりませんし、日本との時差も気にせずにメールを送れるのでとても便利です。これからは、海外に住んだらEメールは欠かせないと思います。 さて、思い出すのもおぞましい退屈な数週間の後、私は夫の出張についてバージニア州に行きました。そこで日本から来ていた天文学者の奥様たちと話しをしたり、買い物をしたり、また偶然、4歳からの幼なじみがご主人の転勤でワシントンDCにいたので彼女のところにも寄りました。 そして私はすっかり元の元気を取り戻すことができました。とくにその幼なじみは、アメリカで駐在員の妻として既に2年間過ごしていたので、海外生活のノウハウをいろいろ教えてくれました。彼女は、「私も最初はノイローゼになるかと思ったよ。前に日本で見たドラマで、オーストラリアの片田舎に転勤になった宮崎美子演じる駐在員の妻がノイローゼになって、毎日毎日、黙々と富士山のジグソーパズルを作っていたの。虚ろな顔をして、パズルを作っては壊し作っては壊すっていう不気味なドラマだったよ」といっていました。その後、彼女とは「富士山のジグソーパズルを作り始めたらおしまいだからね」と励まし合ったものです。 そうして元気にヒロに戻ってきてからは、免許を取ったり、地元の友達もできたり、日本からの引っ越し荷物が届いたりの忙しい日々が始まりました。英語学校へも行き始め、ひさしぶりに学生生活を送る充実感もありました。こうしてヒロでの生活は軌道に乗ったのですが、ひとつだけ不満が残りました。 それは東京のような刺激がないことです。見応えのある展覧会がない、感動を覚えるコンサートがない、お洒落なレストランがない。今ひとつ物足りないのです。 日本にいたとき、私は東京が好きで仕方ありませんでした。いやなことがあったときは自分で車を運転して首都高を走りました。溢れんばかりのネオンの中を走り抜け、オフィスの中で働く人影を追い、ライトアップされて輝く東京タワーを横切ると、いつもすっきりしました。一生この大都会の側に住んでいたい、人生に於いて東京を離れることはできないと思っていたのです。その割には、あっさりハワイに移ったのですが。 「のんびり生活できる喜びを知りました」と友人にEメールを打ちながら、心の中では「東京が恋しい」と思っていました。とくにジャズが好きな私は、ジャズライブに行きたくて悶々としていました。 ところがある日、気が向いてダウンタウンのカルチャーセンターに行くと、そこに「The Second Annual Jazz Jam Session」というチラシが置いてあったのです。「ヒロでもジャズの演奏が聴ける。でもあまり期待しない方がいいだろう」と思いつつ、友人や夫を誘ってみましたけれど、結局一緒に行ってくれたのはヒロに滞在中だった母でした。 久しぶりに「ジャズ」というイメージでドレスを選んでおしゃれをしました。演奏会場であるカルチャーセンタの建物は、大きさこそは小さいのですが石造りの古い建物で、それ自身が歴史を感じさせます。夫に車で送ってもらって、母と二人で建物の回りをぐるぐる回りましたが、どこが入り口かわかりません。2階に人がたくさんいる様子です。よく探すと、普通の家の2階に上がるような狭い階段がみつかりました。そこを登っていくと、勉強机のようなものの脇に人が座って切符を売っていました。少しいやな予感がしました。 部屋に入ると、百人座れるくらいの小さな会場でした。全員といってもいいほど白人ばかりです。このヒロで、白人だけがこんなに集まっているのを見たのは初めてでした。普段着にぞうりという人が多くて、少しがっかりしました。「やはりヒロのジャスは演奏者の知り合いしか聴きにこないのかな」と、コンサート前の胸の高鳴りなど感じませんでした。 私たちは遅く行ったにも関わらず1番前の席になりました。やがて7〜8人ぞろぞろと、演奏者のおじいさんたちが出てきました。楽器もみなさんに負けないくらい古そうです。予感は的中したと思いました。 「年1度とはこういうことだったか。リタイアしたおじいさんたちが集まって、懐かしいから演奏してみよう」というものだったのかと。ちょうどホノルルの老人ホームを訪問して帰ってきたばかりだった母も「老人ホームに舞い戻った錯覚がする」と、私に囁きます。サックスを吹くおじいさんが椅子に座り、おもむろに入れ歯を上顎に押し込みました。私は完全に諦めました。 演奏が始まりました。デキシージャズです。蓋を開けてびっくり、素晴らしく力強い演奏なのです!私の心の琴線が共鳴しました。体がしびれるみたいでした。おじいさんたちは本当に楽しそうに演奏をしています。ジャズのいいところはそこです。演奏者が楽しんで演奏することです。私の体の中をジャズのリズムが流れていきます。 こういう感覚は久しぶりです。乾ききったスポンジにたっぷりと水が染みてくるようでした。おじいさんは相変わらず、どきどき入れ歯を上顎に押し込んでいますがそんなこと構いません。なかなかどうしていい吹きっぷりです。 さて、三曲ほどして次のグループになりました。今度はアルトサックスのトリオ。ピアニストはタキシード姿です。ああ、ヒロでタキシードを着ている人がみられるなんて!ネクタイを締めた男の人でさえ殆どみかけなくて出会うとドキッとするのに。余談ですが、男性のネクタイを締めている姿はとても素敵だと思います。もちろん似合っている場合に限りますが。この意見に賛成してくださる女性は多いのではないでしょうか? それから夜11時半までの4時間あまり、リレー式に8つのバンドが演奏を続けました。大感激でした。みんな3曲で終わるので「もっと聴かせて。終わらせないで」と思うのですが、次に演奏するグループがよりうまくなっていくのです。心憎い演出です。 私は、東京の某高級ジャズライブハウスで、わざとらしく古そうに作った部屋にぎゅうぎゅう詰めに座らされて、充満するたばこの煙に耐えながら、たった1グループの演奏を短い時間聴いて、一万円も払っていたのです。私は興奮して母に「これが東京なら8万円は取られるよ」と何回もいいました。それが今晩はたった8ドルなのです。信じられません。それも演奏はスピーカも通さず目の前で、お腹にずんずん響いてきます。部屋の古さだって本物です。 美しいボーカルの女性も登場しました。金髪だってカツラじゃない、英語の発音だってパーフェクトです。全く当たり前ですが。 最後は、全ての吹奏演奏者が登場し演奏しました。圧巻でした。入れ歯のおじいさんは、吹き終わると首を傾げて、「どうも今日はいかんな」という風にしますが、若い者に負けない、いい味を出しています。とてもことばには書き尽くせないほど、感動的なコンサートでした。体の奥から「ヒロに来てよかった!」と、熱いものがこみ上げてきました。 迎えに来てくれた夫に興奮して、「つくづくヒロに来てよかったと思った。もうこれで東京に行く必要もなくなったよ」と、いいました。それからしばらく、東京に帰りたいという気持が私の中からすっかり消えてしまったのです。 えっ、今ですか?それはまた少し、東京に行きたいなと思っています。 |
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