クーポンと望遠鏡

望遠鏡の名前の由来とクーポン初体験 1997年1月
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ハワイ島の標高4200mのマウナケア山頂には、世界最先端の望遠鏡が、まるで行進でもしているかのように並んでいます。その中でドームも一通りの完成をみせ、一際雄大な姿を現したのが日本の大型光学赤外線望遠鏡「すばる」です(写真の円柱型ドーム)。1枚鏡の望遠鏡としては、世界最大8メートル級の鏡をもつ反射望遠鏡です。私の夫は、そのすばる望遠鏡の完成、観測準備を担う天文学者の一人として、96年の9月に、ヒロに赴任しました。そして私もこのハワイで、初めての海外生活を経験することになりました。

さて、この望遠鏡がなぜ「すばる」と呼ばれているか、ときどき某自動車会社が資本を出したのかと勘違いされる方もいらっしゃいますので、どういった由来でこの名前に決まったかをお話しします。私も東京にいたときに5年間、三鷹市にある国立(こくりつ)天文台で秘書をしていました。私が天文台で働き始めた1991年の4月には、大型望遠鏡準備室と呼ばれる部屋があるだけで、望遠鏡は図面の上にしか存在しませんでした。

そのころハワイ島ではドーム建設のための基礎工事、日本国内では望遠鏡本体の製作、アメリカ本土では鏡の製作が始まり、それを期してJNLT(Japan National Large Telescope)と味気ない呼ばれ方をしていた望遠鏡のニックネームを、広く一般に募集しようということになりました。新聞にニックネーム募集を掲載したところ約3300通のはがきが届き、その名前ひとつひとつをパソコンに入力し、データベースを作ることが私の最初の大きな仕事となりました。

望遠鏡の名前で「すばる」の他に数が多かったものは「ビッグ・アイ」「銀河」「ビッグバン」「さくら」などでした。少数派では「カメハメハ」「大目玉」「ハロー」「アインシュタイン」「湯川秀樹」など数かぎりなくユニークな名前がありました。
そして、55名もの人が応募した「すばる」という名前は、おうし座にある青く輝く若い星々の集まりであるプレアデス星団の日本名でもあり、日本古来の「集まる」という意味もあり、星に関するよいデータが集まるようにという願いも込めて、選考委員満場一致で、この名前にしようということになりました。また有名な「昴」という歌があり、「スバル」という自動車会社もあり、望遠鏡は「すばる」とひらがなを使うことも決まりました。

研究室の電話を受けていた私は、その日から突然使い慣れない「すばるプロジェクト室です」といって電話に出ることになり、しばらくは吹き出す人や間違えたと思って切る人がいたのは今は懐かしい思い出です。 ある日、同じ三鷹市にある富士重工から大きな封筒が届きました。中には「我社に天文台『すばる室』宛の郵便物がよく紛れ込みます。まとめてお返しいたします」と、ていねいにスバル自動車のカタログまで同封されていました。日本でさえ、SUBARU=車です。お返しに(いえお礼に)望遠鏡のカタログを送ろうと思ってもまだ外部に送る整った資料がなく、残念な思いをしたことを覚えています。

     telescope2.gif (9341 バイト) 【有に二車線塞ぐ大きな荷物】

現在の「すばる」望遠鏡は、山頂ではドームの内装部分の工事が急ピッチで進められています。望遠鏡本体は日本の工場で完成し一度仮組され、高さ28mの堂々とした姿を私たちの脳裏に残し、再び解体され、大阪の港から船に積まれたものが続々カワイハエ港に到着しています。ときどき地元の新聞にハワイ島の道路一部閉鎖のお知らせが出ているのは、優に二車線は塞いでしまう望遠鏡の大きなパーツを運ぶためです。先日も運搬用のドーリーに詰まれた62tもあるバキュームチェンバーを大型トラック3台で引っ張ったり押したりし、二日掛かりで山の上まで運びました。

そのときトラックの荷台には、重いドーリー部分とのバランスをとるため放置されていたサトウキビ工場の巨大な歯車が積まれ、それをみた私は過去と現在の日本の接点をみたようで胸が熱くなりました。

そして来春には、ピッツバークで完成した望遠鏡の大切な瞳である8メートルの鏡もカワイハエ港に到着する予定です。
ホノルル−ヒロ間を行き来する飛行機の中からは、天気のいい日にマウナケア山頂に小さな望遠鏡のドームの群がみえるはずです。他のドームはお椀をふせたような従来の球形型ですが、すばる望遠鏡のドームは、どちらかというと缶詰を置いたような円柱形型です。マウナケア上空を通過するとき、目を凝らしてそれを見分けていただけると幸せです。

     telescope3.gif (5886 バイト) 【マウナケア山頂の夕日】


さて話しは変わって、私はハワイに来て4ヶ月あまり。新参者の目からみての毎日の小さな驚きをお話しします。

ヒロにきて最初にスーパーマーケットに入ったとき、みんなが大きなカートを押す手に新聞の切れ端のようなものを握りしめているのに気が付きました。それは遠目にみると、品物の絵が印刷されていて、手書きの買い物リストとは違うようにみえました。ときに棚に置かれっぱなしになっていることもあり、みると値引きらしい金額がかかれてはいるけれど、正規の値段でも日本と比較すれば安かったため、私はその紙にあまり興味がわきませんでした。いえ、それよりも何となく嫌悪感さえもったのです。ある人などは、品物の棚の前でおもむろに、昔バスの車掌さんが持っていたような大きながま口をあけ、札束のようにまとめて入れてあるクーポンの中から、目の前の品物と一致したものを取り出してカートにポーンと放り込んでいきました。残された私は「いったいクーポンって何なんだろう? まさか買いものをしに来てくれたお客様に紙切れ一枚で、そんな不公平なことをするわけもないし」と思いつつも、損をしているのかもしれないという気持ちが頭をもたげてきました。

そんなとき、夫がオフィスから三日遅れの新聞をもって帰ってきました。その中に、ヒロの主要4スーパーのクーポンが印刷されたものが一緒に入っていました。「いやだ。クーポンだ」といいつつ、開いて目を通し始めたとたん、はさみに手が伸び、次にはチョキチョキと欲しいものを切り始めていました。その後、スーパーに飛んでいき、どきどきしながらクーポンを初めて出したその日から、私はもう正規の値段では買い物をする気がしなくなってしまいました。

今では、火曜日の新聞が来ると前の週の広告とよく見比べながら必要なクーポンを切り取って、お店ごとにクリップでとめ、「早く次のクーポンがこないかな」と考えている私です。「クーポンって人を虜にするから、そういう映画を作ると面白くない?最初はクーポンに嫌悪感をもっていた一主婦が、だんだんクーポンで買い物することに快感を覚え、やがて不必要な物で家が溢れかえって家庭崩壊にまでなってしまうというのはどお?」と私がいうと、横で真面目に新聞をみていた夫が「それなら喜劇の方がいいよ。結末は、データをコンピューターに入力して比較分析までするようになって、その主婦はクーポンコンサルタントとして大金持ちになるっていうのはどお?」といいました。夫の答えに笑いつつ、「そうか、私もコンピューターに入力すればよかったんだ」と、ますますクーポンに夢中になっていく私でした。