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我が友、動物くん 1998年3月

最近、1日2回、家にいれば欠かさず観るというお気に入りのテレビ番組ができました。それはチャンネル・アニマルプラネットで放映されている「ペット・ライン」というペットに関する「お悩み相談番組」です。飼い主は手を焼いているペットの様子をビデオに撮って、それを番組に送ります。そして回答者の男女二人がそれを見ながら電話でアドバイスするというものです。
女主人だけ馬鹿にする犬、台所を我が物顔で荒らす猫、なんでもボロボロにするオウム、太り過ぎで歩行困難の豚。いろいろな動物のいろいろな悩みが寄せられます。でも私には、どの飼い主も本当に困っているわけでなく、本心は「是非うちの可愛いペットの姿を見てください」と、自分のペットをテレビ出演させたいだけなのではないと思えます。ビデオの中のペットたちは飼い主の降り注ぐ愛情を一身に受けて、単にわがままいっぱいという感じです。いたずらする動物たちの顔はまるで笑っています。一見怒っているような顔の飼い主も実に嬉しそうです。飼い主に愛されていることを確信しているペットたちは、なんていい表情をするのでしょう。私はその番組を「羨ましい!私も動物か飼いたい」と、画面に食い入るように毎回観ています。
現在、夫婦揃って長く日本へ帰ったり、研究会にも私がよく同行する我が家では、ペットを飼うことは諦めています。小さい頃は、犬、猫、鳥などと共に成長してきた私にとって、動物は大切な友達です。
−ということで、今日はヒロでできた私の大切な動物フレンズをご紹介したいと思います。
名前・うまこ/野原に繋がれている馬
ヒロに越してきて間もなく、いつも住宅地のそばの野原に一頭だけで草を食んでいる馬がいることに気が付きました。「さすがアメリカ。自分の敷地内に馬を飼って、週末には鞍を付けて颯爽と乗馬をするに違いない」と感心していました。そしてその馬の姿がいつも見たくて、心がけてその通りを車で走るようになりました。「うまこ」という名前も勝手に付けました。
でも、そうしていつも見ていると、週末さえもずっとそこで草を食べています。あまり運動をしていない証拠に、お腹もまんまるです。きっと人が乗ったら、太った馬のお腹の形に足が開いて痛そうです。
あるとき、ヒロに三十六エーカーの土地を買ったハワイアンの友人がいいました。「広い土地を持っている人は、税金対策のためにそこで家畜を一匹飼うんだよ。そうすれば牧草地ということで税金が安くなるんだ。牛とか豚とかなら大きくして、友人、親戚で分けて食べられる。馬は運動させなきゃいけないから一番面倒なんだけれど、とにかく一匹だけぽつんといるそれらの動物は、税金対策さ」と。
私はそれで納得しました。確かにうまこは、ずっとその草原に繋がれたままなのです。首に長さ15メートルくらいのロープを結び付けられ、その範囲内の草をずっと食べ続けているので、そのブッシュは直径30メートルの円形に草が短くなっています。馬を飼っているのは、乗馬のためではなく税金対策のためだったのです。
うまこともっとお近づきになりたいと思うようになりました。ある日人参を買って、それを持って出かけることにしました。道端に車を寄せて車から降りても、うまこは遠くの方に立ったまま近づいてこようとしません。「人にはなついていないのかも」と思いましたが、「どんな馬でも人参が大好き」という、知り合いの話しを思い出して、人参をかざして見せてみました。「あれ、私にくれるの?」という様子でうまこが私の方に走ってきました。
公道から三歩踏み込めば、ロープに繋がったうまこの口に人参が届きます。近づいてくると、馬とは本当に大きくてびっくりしました。恐る恐る人参を差し出すと、ポリポリカリカリと実に美味しそうな音をさせて食べます。馬のあまりの顔の大きさに、人参をやっているときには鼻と口しか視界に入りません。その大きな二つの鼻の穴の間を撫でてみると、つるつるしたビロードのような感覚でたまらなく気持ちいいのです。今まで触った動物の中で、馬の鼻ほど気持ちのいい手触りはないと思います。人参を上げては、鼻の頭を撫でました。やがて人参がなくなり、うまこもそれに気がつき「あれもうないの?」という様子でまた草を食べ始めました。
私は車に戻り、「手が臭くなったかな」と臭いをかいだところ、発酵した牧草のような甘い香りがしました。それは、馬が食べていた草が口の回りについていたのではなく、草しか食べていない馬の汗、体臭なのだと思います。大発見、馬って本当にいい香りがするんですね。
さて、その後のうまこの賢いこと。数日して、私が道端に同じ車を止めると、顔をあげこっちをみて一目散に駆けてきました。走り過ぎで一瞬ロープがピーンと張って、首が後ろにぐっとなるくらいに。もう覚えているのです。最近は人参を食べ終わった後、私のスカートでオレンジ色になった口をちょっと拭いたりします。全く憎らしくて可愛いうまこです。
名前・めじこ/メジロの雛
ある日、我が家の玄関のすぐ外に、うす緑色の小さな鳥がいるのに気がつきました。「珍しい、メジロだ」と思いしばらく見ていましたが一向に飛ぶ気配もなく、変だと思って近づいてみると、それはまだ小さなメジロの雛でした。すでに目をつぶって体を膨らませ弱っている様子です。きっと巣から落ちて、偶然ここに辿り着いたのでしょう。急いで箱の中にたくさんの布を入れ、できるだけ暖かいようにしてそこに入れました。まずは日本でメジロがよく飲みにきていたオレンジジュースを飲ませ、名前は「めじこ」と付けました。
そして母に国際電話をし、何を食べさせたらいいか聞くと「小さな芋虫」との答えでした。虫は苦手です。それに小さな芋虫なんてどこを探せばいいのだろうとほとほと困り果てたとき、以前に庭のローズアップルを食べてみようと思って実を割ったところ、中に小さな芋虫がたくさんいて「ギャッ」と放り出したことを思い出しました。
早速、それから二度と触ったことのないローズアップルを拾って割ると、ぎゃっ、相変わらず、中に小さな虫がいっぱいいます。何も考えないようにして爪楊枝で紙コップの中に芋虫を落とし、めじこのところに持っていきました。
爪楊枝の先に芋虫をひっかけ目の前に持っていっても食べてくれません。くちばしをこじあけ、虫を一匹、口に入れました。一匹食べたとたんこれはおいしいと思ったらしく、それからはパクパク何十匹も食べました。「これだけ食べられれば大丈夫」と安心しました。
これで暖かくして休まそうと思いましたが、日本で使っていたような暖房器具がここにはありません。まさかハワイでそんなものがいるとは思わず、電気あんかも、使い捨てカイロも持って来ませんでした。「餌もたくさん食べたし、ここは暖かいから大丈夫かな」と、箱の蓋を少しだけずらしてたくさんのボロ布の中にめじこを寝させました。
明日からの、めじことの楽しい生活を想像しました。苦手な芋虫だけど毎日たくさん集めてきてあげよう。大きくなって一緒に外を歩いたら、肩に止まっためじこがちょっと花の蜜を吸いに飛んでいって、また肩に戻ってくるかなと、想像は止まるところを知りません。
でも2時間後、様子をみようと箱の中をみると、めじこはもう死んでいました。病気だったのでしょうか?やっぱり寒かったのでしょうか?本当に可哀想でした。泣きながら、ローズアップルの木の下に花と一緒に埋めました。せっかくできたヒロの友達との、これは短い悲しい別れでした。
名前・ミルクティー、顔ぐちゃ、パンダ、ラッパ 他大勢/ラグーンに住む水鳥たち
昨年の3月まで、「ヒロ・ラグーン」という名前マンションに住んでいました。そこはその名の通り、目の前に大きな塩水湖が広がっています。そこに、たくさんの鳥が放し飼い(野放し)されています。ハワイでは、水のあるところに大きなガチョウやアヒルや水鳥がいることは珍しいことではありません。でも日本ではあまりそういうことがないので、私はガチョウやアヒルは白いものと思っていたのです。部屋から双眼鏡で湖の端をみると、やたらいろいろな色の鳥がいます。
ある日、それが何かを確認するために、パンを持って水辺まで行ってみることにしました。すると、いるわいるわいろいろな模様の200羽近い数のガチョウ、アヒルの類。そして人間からパンを貰うこともすっかり心得ているのです。「パホーパホー」と、まるでラッパを吹いているかと思うような大きな鳴き声で近づいてきます。大きいのは恐いくらいです。1袋のパンなどあっという間になくなってしまいました。でも鳥に取り囲まれて餌をやるのが面白くて、それから何回もパンをあげに行きました。そして、一通り、その容姿、特徴にぴったりのニックネームがついていきました。
去年の始め、ヒロにひどい嵐が来ました。海は激しい高波となり海辺の家は道路まで流されたり、家の屋根が飛んだりしました。目の前で木が折れたり、ガラスも今にも割れそうで、私たちは外出できず家の中ではらはらしていました。湖も大きな波が立ち、まるで海のようです。鳥達のことがとても心配でした。双眼鏡で対岸をみると、みんな陸にあがって踏ん張っているのが見えました。羽根が強風で逆立っています。そんな嵐が2日も続き、3日目の朝、ようやく風がおさまりました。外は、折れた枝、葉っぱ、トタンなどが至る所に落ちていて悲惨な状況です。
朝一番、遊びに来ていた母と私は、多めにパンを買い込んで、鳥達がたくさんいる対岸の駐車場まで車で行きました。いつもは湖のいろいろなところに小さな群で散らばっている鳥たちが、その嵐の後は、人間が来て車を止めて、最初に降り立つその場所に、間違いなく全部集結していました。
私たちが車から降りたとたん、それはいつもの「餌をくれるなら食べてもいいよ」という様子とは違い、鳥たちは空腹のあまり殺気立っていました。普段なら自分たちで草も食べるし、公園に遊びに来た他の人たちもよくパンをもらっています。でもこの嵐の2日間、ほとんど何も食べられなかったのでしょう。すごい勢いで鳥たちが押し寄せてきました。いつもは手から食べない鳥まで、今日は迫ってきます。
勢い余った鳥に噛まれて、母の指からは血が出ています。それはまるでヒッチコックの「鳥」という映画の1シーンのようでした。この鳥たち、この元気なら大丈夫。午後にはもっと大勢の人がパンを持ってきてくれることでしょう。持っていったパンは本当にあっという間になくなってしまい、私たちは駐車場から逃げ帰りました。今は引っ越して、以前のようにラグーンの鳥たちにすぐに会いに行けなくなり、少し淋しい今日この頃です。
私はどうも動物のこととなると熱くなっていけません。また最近、新しい動物の恋人も増えたのですが、それはいずれまた。ヒロにいる大勢の動物の友達は、私のここでの生活をより楽しく幸せにしてくれます。彼らがここいてくれることに多大な感謝をしています。
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