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ああ オンボロ車/我が愛しのボイジャー 1998年6月記 私たちもヒロに来て、まず最初の週末から車探しを始めました。でもカーディーラー巡りをするためにも車が必要です。そこで友人の車を借り、その楽しいプロジェクトに着手しました。ここが東京ならカーディーラーは星の数ほどありますが、幸いヒロでは5カ所も回れば大きい店は押さえたことになります。引っ越し直後の物入りなときでしたし、高い新車はとても買えないと、私たちは中古車を、その5軒の店の中から探すことにしました。 さて、日本では「外車」と羨望の眼差しでみていたアメ車が、ここでは国産車というわけです。「日本の車が安心だよ」という友人からのアドバイスもありましたが、「せっかくアメリカにいるのに、何もわざわざ高い日本車に乗るより、アメ車がいい」という私の意見と、「また引っ越しもするだろうし、家具も購入するから、大きい車にしよう」という夫の意見で、私たちはミニバン(ワゴン車)に的を絞って車を選ぶことにしました。夫の心の中には、『エアロスターのバン』という具体的な憧れもあったようですが。 もうひとつ友人からのアドバイスは「そこにあるものをそのとき選ばないと、「また後で」と思ってももうない。それが島国ヒロである」というものでした。 東京にいると、商品は、あらゆる種類と色が揃っていて、その中から自分の1番好きなものを買いたいと思ったときに買える−というのが当たりまえでした。中古車においてでさえ、ある限界はありますが、中古車ショーにでも行けば新車同然の品揃えが望めます。ところがヒロでは、新車であっても、そこにない色を注文すれば恐ろしく時間が掛かるのです。納期まで1年ですといわれた友人もいます(Sさん、貴方のこと!)。「ああ、ここは太平洋のど真ん中の島なのだ」と、再認識させられるときです。 その日、3軒目の店でした。某大手のやり手のディーラーです。そこにエアロスターの中古のバンがあり、私たちはかなり熱心に見ましたが、値段が高すぎて、次の店に行こうとしました。すると担当していたハワイアンのセールスマンが、「ちょっと待って」と、彼のボスらしい白人の男を連れてきました。 半ば強引に部屋に入るようにいわれ、彼の机の前に2人ならんで座らされ、「じゃあ、いくらなら買う?」と、問いただします。私たちは日本語で相談し、思いっきり安い値段をいってみました。すると彼は、ぴらっと1枚の白い紙にその場でサラサラと、『私たちは○○○○ドルで、この車を買います』と書き、その下に横棒を引っぱって、×をつけ、「よし、ここにサインしろ。この値段になるようトップに交渉してくる。そのかわり、この値段になったら必ず買うんだぞ」と、青い目で睨み付けていうのです。 壁には、『貴方が、今日気に入った車を明日買おうと思っても、それは、昨日来た客がいいと思って、今日買っていく車かもしれない』と書いてあります。2人とも「この店の売り方はいやだ」と思いました。 サインをしない私たちに、彼は機関銃のようにしゃべり続けます。私はその英語が全く聞き取れず、彼の大きく見開かれている青い目を見ているうちに、そこに吸い込まれるような気がしました。現実感がなくなり、目の前の、大きなスクリーンに映し出されている、外国映画を観ているような気分でした。やがて彼が静かに机の引き出しを開けそこに手を突っ込んだとき、「ピストルを取り出すぞ」と私が思ったのは本気でした。たんに電卓を出したのですが。 どうにか断って、やっとの思いでその店を後にしました。でも、電卓の横には本当にピストルもあったに違いない。ボギーの奴め、覚えていろよ! 次の店で爽やかなスカイブルーのボイジャーを見つけました。つい先日、ホノルルのオークションで買ってきたばかりという車で、中古車とは思えないほどピカピカです。車のことは全くわからない私ですが、「何となくこれがいい気がする」といって、感覚でものを選ぶのは大のお得意です。この青いボイジャーは値段の割に、不思議なくらい走行距離数が少なく、車体がきれいで、私はこの車がすっかり気に入ってしまいました。 その後、もう1軒の店を見てから、2人で一致して「あのボイジャーに決めよう」ということになり、その店に戻りました。「少し手続きすれば今日のうちにお渡しできます」といわれ、お金も納め、もう1度、夕方に車を引き取りに、その店に行きました。 車が手に入ってすっかり嬉しくなった私たちは、薄暗くなったヒロの街中を早速ドライブしました。私は有頂天です。「車内が広いね。車高が高くて眺めがいいね。ちょっと後ろの席にいってくるね」と、大はしゃぎでした。でも夫は、難しい顔をして運転しています。夜になって「あの車、変な音と振動がする」といい出したのです。そして、「明日、ディーラーへ行って聞いてみる」というのです。「中古車はやっぱりだめなのかな。さい先悪いな」と、私はがっかりでした。 そして朝、店に電話すると、「ちょうどこちらからも電話をしようと思ったところだった。とても大事な話しがあるので、あの車を持って店まで来て欲しい」というのです。 そして、ディーラーに行くと、「昨日、貴方達に車を売った後、ホノルルから連絡があり、あの車が事故車だったということがわかった。車が事故車だった場合、店は売る前にそのことをいわなければいけない。でも私たちもオークションのときには、あの車が事故車だということは知らなかったし、昨日の夜まで知らなかった。それで貴方達は、手数料を取らずにあの車の購入をキャンセルすることができる。どうするか?」と、いわれたのです。 私はますます憂鬱な気分になりました。日本では、あえて事故車とわかっている中古車を購入するとは考えらません。事故車であることはひた隠し、そういう車を買った人は、まんまと騙されたということになります。私はすぐに、「やめよう」といいました。でも慎重な夫は、「少し考えさせて欲しい。昨日、あの車に乗ったとき、妙な振動と音がした。それを修理できるか?」と、聞きました。ディーラー側は、「もちろん、こちらの経費でできる限りやってみる。それでもう1度乗ってみて、それから返事をしてくれ」と言いました。 その日私たちは、できるだけたくさんの人に、この件について相談しました。すると、アメリカでは、事故車を売買することは普通のことだといわれました。目利きの立つカーサービスの人を紹介され、第3者であるその人に車を見てもらって判断することに決めました。 さて数日後、連絡が入り私たちは、再び店へ向かいました。できる限り直したというボイジャーに乗り、2人でまたドライブに出かけました。「音と振動が消えた」と、夫はいいます。そのまま紹介されたカーサービスのところに行き、彼にも運転してもらいました。「これは大丈夫だよ。車体もきれいだしいい車だ」と、彼が太鼓判を押してくれました。 そこで、ディーラーに戻り、私は1番に「これは事故車だったのだから何かサービスをしてほしいんだけど、その錆止めのコーティングを無料でやってもらえない?」と、約500ドルかかるといわれていた工賃のサービスを切り出してみました。 マネージャーと会計担当者が顔を見合わせ、「OK、事故車だったことを告げなかったのは私たちのフォルトだ。それはうちで負担するよ」と、ニッコリ手を差し出しました。「何て粋な計らい!」と、すっかり気をよくした私は、事の成り行きを相談した人々に話して回りました。1人の日系人の友人がいいました。「2人は、まだまだアメリカを知らないね。それはディーラーが最初から全部知っていて一芝居打ったのさ!」 購入してから半年くらい過ぎたころ、また妙な音がするようになったと夫がいいました。いろいろな場所をみても、どこが悪いのかわかりません。振動もないし、このまま乗ろうということになりました。 そして、午前中の英語学校が終わって家に帰ろうとした私は、路肩にオンボロの車が止まっていたので車をやや左車線にはみ出してそこを通り過ぎようとしました。いきなりドッシャン、ガッシャンと鼓膜が裂けるかと思うようなけたたましい音がして、私は、「この止まっているボロ車の中に頭の変な人がいて、人を驚かすためにヘビメタロックをボリュームいっぱいあげてかけたに違いない」と思いましたが、ふとバックミラーをみると、30メートルほど後ろの道のど真ん中に、タイヤが1個転がっています。後方の車がそれを避けるように走っています。確かさっきまであんな物は落ちていなかったはず。 そういえば以前、日本で読んだ本の中に、「首都高を結構なスピードで走っていたら、いきなり黒い犬が自分の車を追い抜いて行ったのでびっくりしたら、自分のタイヤが1個外れて飛んでいくところだった」という、ウソのような本当の話しを読んだことがありました。ついに私もそれかと、慌てて車から降りてみましたが、ボイジャーのタイヤは4つともあります。 炎天下の中、私は何回も車の周りを回り、遠くにあるタイヤと見比べながら何が起きたのか理解しようと努力しました。 そこへ偶然、クラスメートの男性が通りかかりました。彼は不思議そうに車を止め、「どうしたの?」と聞きます。そこで起きたことを説明すると、彼は道に腹這いになり車の下をのぞき込み、「あのタイヤやっぱり君のだよ」と、タイヤのところまで走っていって、タイヤをころころ上手に転がして持ってきてくれました。「スペアータイヤが落ちたのさ。こりゃ修理だね」と、彼は私のミニバンの後ろを開け、ひょいとタイヤを積んで颯爽と行ってしまいました。スーパーマンのように機敏に。 夕方、タイヤ落下現場を見たいという母のリクエストで、その現場の道路に再び行ってみたら、スペアータイヤを車体に取り付けるための部品の一部が、まだそこに落ちたままになっていました。そして哀れにも、次々と通る車に引かれていました。慌てて路肩に車を止め、こそこそ、それらを拾って家に帰りました。とても惨めな気分でした。 この車の事故というのが、どうもお腹を激しく擦ったようで、車の下に潜ったカーサービスの人が、「車体の下がすごい傷だ」といっていました。スペアータイヤ取り付けのために、250ドルも掛かりました。 つい先日、車を学校の駐車場に止めようとして、前方のバンパーを車止めに思いっきりぶつけてしまいました。よっぽど大きな音がしたのでしょう。遠くを歩いていた人も止まって振り返って見ています。私は初めてボイジャーをぶつけたショックに打ちひしがれながら運転席から降りて車の前を見に行くと、そこに白い石膏の固まりがいくつも落ちています。 このボイジャー、あまりに愛しいので、ひとつ日本では考えられないくらいボロボロになるまで乗ってみようと思っています。
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